翌日、いつものように二人で下校した。
「陽太君、うまく行ったかなぁ」
「・・・・・なぜ、うまく行くと思えるのかが理解できん」
「だって昨日、2時間も「女心講座」をやったんだよ。きっとうまく行くよ」
「・・・・・お前のその自信がどこから湧いてくるのかわからん。
2時間のうち1時間半はケーキについて話してただけではないか」
少女は処置なしと言ったように頭を振った。
「は~あ、本当に康太はわかってないなぁ。陽太君がケーキを食べれないから教えてあげたんだよ。
毎日あんだけケーキ買ってるのに食べたことがないなんて不自然でしょ。
彼女に「ここの店のストロベリータルトは、甘さ控えめで本当に美味しいですね」
とか言って話かけるきっかけになるじゃん」
「・・・・・だが、そこから美味しいイタ飯屋だの日本全国の美味しいものだの日本の秘湯だのに話を広げる必要はあったのか?」
「うっうるさいなあ。上手くいったら初デートする時に使える情報だよ」
「・・・・・初デートを山形の山奥の混浴露天風呂に誘う男はいないと思うんだが」
「やったら記録に残るよね」
「・・・・・お前は、ヒトの兄貴を何に挑戦させるつもりなんだ?」
いつものよう微妙にかみ合わない会話をしながらもうすぐ家に着くという頃に、ふいに少年がツブやいた。
「・・・・・そういえば、この角を曲がったところだな。例のケーキ屋は」
「陽太君の好きな人が働いているケーキ屋さん?」
「・・・・・ああ、家のわりと近くなんだ・・・・・待て、愛子」
角を曲がるのとほぼ同時に少年が少女を引き留めて角に身を隠した。
「なに?どうしたの?」
「・・・・・顔だけ出してケーキ屋の道向かいの電柱の陰を見てみろ」
「何を言ってるの?・・・・・何か電柱に隠れている人がいるね。不審者?」
「・・・・・否定はできんがよく見てみろ」
「ボク、不審者に知り合いはいない・・・・・いたみたいだね。あれは陽太君?」
「・・・・・うむ、兄貴のようだ」
「何してるの?」
「・・・・・いや、俺に聞かれても困るんだが。どうやら隠れてるつもりらしい」
「何で隠れるの?」
「・・・・・いや、だから俺に聞かれても困ると言っている」
「兄弟なのにわからないの?」
「・・・・・お前は、兄弟をどんなもんだと思っているんだ?」
やがて兄は行動を起こした。電柱の陰から出てくるとケーキ屋へ入って行き、5分ほどしてケーキの箱を手にすると家の方へと歩いていった。
「行こう、康太」
「・・・・・どこへ行くのだ」
「あの行動の謎を解くんだよ」
「・・・・・解くって兄貴に問い詰めるのか?」
「違うの。とにかくついてきて」
「・・・・・ちょっと待て愛子。お前の行動は大概ロクなことにならないと・・・」
少年の発言に耳を傾けるという選択肢など初めから持っていない少女は速足で歩きだし、ケーキ屋へと飛び込んだ。
その店はピンクのパステルカラーを中心とした内装の店づくりで、店舗の半分が喫茶コーナーになっていた。
二人がテーブルの一つに向かいあって腰かけると、ウェイトレスが水とメニューを運んできた。
「・・・・・どうするつもりだ、愛子」
「陽太君の好きな人を突き止めるんだよ」
「・・・・・どうやって」
「大丈夫、作戦があるの」
「・・・・・念のために聞くが、どんな作戦だ?」
「あのね、お店の人に聞くの」
「・・・・・何て聞くんだ」
「えーっと、今ケーキ買っていった男の人が好きな人がこの店で働いているんですが、誰ですかって」
「・・・・・それは既に作戦でもなんでもない。ただの行き当たりばったりだ。お前は本当にAクラスなのか?」
どうもこの娘といい霧島といい、Aクラスの上位なのが信じられない。
文月学園はカリキュラムに「一般常識」という教科を取り入れるべきじゃないだろうか。
とりあえず、そのせいで兄の淡い恋が終わってしまっては目も当てられない。
「・・・・・いいか、愛子。ここは奢ってやるから何もせずに帰ろう」
「えー、どうしてさ」
「・・・・・お前の作戦が無謀すぎるからだ」
「前にも言ったと思うけど、ボクは、中学時代はタイタニッ・・・」
「・・・・・教えておいてやるが、それは誉め言葉じゃないぞ。頼む、ここは俺の言うことを聞いてくれ」
少年が必死に懇願している間、少女はメニュー選びに没頭していた。
「で、何にするの?ボクはアップルティーね」
「・・・・・・・・・・俺はアメリカンでいい」
二人ともケーキは食べ飽きていたので、飲み物だけにした。
少女はウェイトレスの方に手を振って、「すいませーん。アップルティーとアメリカンくださ~い」と言った。