これが土屋家の日常   作:らじさ

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第6話

「次はなんだ」

「このままだとコーヒーカップじゃな」

「ぐるぐる回るだけで怖いこともないし、対面に座るから抱きつかれる心配もない。よし、安全だな」

朝から走り通しだった僕たちはコーヒーカップに向かってのんびり歩いていた。

 

「きゃあー」と工藤さんの絹をさくような悲鳴が聞こえた。

 

「今度は何しやがった」

 

雄二がダッシュする。僕と秀吉も続く。現場についてみたらムッツリーニが例によって大量出血して床に倒れていた。

 

「おい、ムッツリーニ、何があった。高いとこでも抱きつかれたわけでもないだろ」

 

高いも何もコーヒーカップはまだ動いてすらいない。どうやら二人が乗ったと同時にムッツリーニが鼻血を吹き出したので係員が停めていたらしい。

 

「はっ反則・・・・・」

「何が反則なんじゃ?」

「工藤が向かいに座ったらスカートが短すぎて、パンチラが・・・・・」

「「何だって」」

 

僕と雄二が思わず振り返ろうとしたその瞬間。

 

「ダメです。明久君にはまだ早いです」

「ゴキっ」

 

姫路さんが僕の首を反対方向に思いっきり180度ネジった。姫路さん、人間の首はそこまで回る構造にはなってないと思うんだ。

 

「ぐおおぉぉぉ」

「・・・・・浮気は許さない」

 

隣りでは、雄二が霧島さんの目つぶしを受けて床を転げまわっていた。霧島さんの目つぶしは相変わらずキレがいいなあ。的確に雄二の両目をとらえている。そういった騒ぎに目もくれずに秀吉は黙々とムッツリーニに輸血作業を行っている。うん、秀吉はいい看護師さんになれると思うよ。だから、その優しさをちょっとでいいから僕の看病に費やしてもらえないだろうか。なんか首から危険な音が聞こえてくるんだけど。

 

工藤さんは、顔をイチゴのように真っ赤に染めて必死にスカートの裾を引っ張っていた。どうもこの人のこういうところがよく分からない。普段はあれだけ平気にスカートをまくっているのに、なぜ今日に限ってこんなに恥ずかしがるんだろう。

 

とりあえずムッツリーニの輸血が終わった。すっくと立ち上がったムッツリーニは言った。

 

「・・・・・スカートの中に興味はない」

 

この男には何を言っても無駄なような気がしてきた。どんな現場を押さえられても奴は徹底的にシラを切りとおすだろう。さすが「寡黙なる聖職者《ムッツリーニ》」の称号を捧げられた男である。

 

「そうか、大丈夫なら俺たちはまたデートに戻るから気をつけろよ」

 

冷静に考えれば、雄二もこれまでのことは全部偶然だと言い張っている。こいつも大概いい度胸をしている。もっとも工藤さんもムッツリーニも疑ってないというかハナから眼中にないというか、僕らの行動にはあまり興味がないらしいので、こういう言い訳もいらない気がする。

 

その後、僕たちはフードコートで休憩をしていた。時間的にそろそろお昼時間だ。ムッツリーニ達もやがてこちらへやってくるだろう。

 

「それにしても遅いなあいつら。飯食わないつもりなのかな」

「そんなことはないじゃろ。それに園内にはここしか食事できるところはないことじゃし」

「ああ、それはですね。愛子ちゃん今日はお弁当を作ってきてるんですよ」

「へえ、工藤さんって料理もできるんだ。でも何で姫路さんがそのこと知っているの?」

「はい、私が昨日電話でアドバイスしてあげたんです。デートには手作りのお弁当が一番だと・・・・・」

 

いやな汗が腋の下を流れていく。

 

「・・・・・へっへえ。それで姫路さん。アドバイスしただけだよね」

「いえ、それが愛子ちゃん自信がないっていうんで、私がちょっと手伝ったんですよ」姫路さんが少し自慢気に言った。

 

「「「なっなんだってぇ」」」

 

僕、雄二、秀吉が思わず椅子から立ち上がった。工藤さんの料理の腕前は知らないけど、姫路さんの料理の破壊力はよく知っている。まずい、このままでは本当の意味で最後のデートになってしまう。

 

「姫路、人二人の命かかっているんだ。正直に答えてくれ。お前は何を作ったんだ?」

 

雄二が勤めて冷静を装って姫路さんに話しかけたが、声は誰が聞いても震えていた。

 

「はい、6時に愛子ちゃんの家で待ち合わせだったんですけど、愛子ちゃんハリキッちゃって、5時に起きてオカズはほとんど作っちゃってたんですよ。それで、私はおにぎりを作ろうと思ったら、それも愛子ちゃんが2個作っちゃって。結局、おにぎり1個しかお手伝いできませんでした・・・・・」

 

姫路さんはショボンとしていたが、僕たちにとっては不幸中の幸いだ。これで被害を最小限に食い止めることができる。

 

「それで奴らはどこで昼飯を食うと言ってた?」

「ええっと、確か丘の上の桜の公園で・・・・・」

 

姫路さんが答え終える前に僕たちは丘の上の公園に向かってダッシュした。後ろから姫路さんや、美波や霧島さんの声が聞こえたけどそれどころじゃない。2人の命がかっているのだ

 

「いいか、おにぎりは3個。姫路製は1個だ」

「つまり、確率は1/3だね」

「かなり高確率のロシアンルーレットじゃのう」

「おにぎりを奴ら、特に工藤に食わせるわけにゃいかない。耐性がないからな」

「僕らが食べるしかないわけか」

「耐性があっても、あれは遠慮したいんじゃが」

「こうなったらしかたない。確率は1/3。1個ずつ選らんで、せえので食う。誰が当たっても恨みっこなしだ」

「よし、わかった」

「わかったのじゃ」

 

僕たちは走った。間にあえ僕の足。僕たちが公園に駆け込んだら、テーブルを挟んで工藤さんとムッツリーニが座っていた。即座にFFF団に通報したいところだが、人二人の命がかかっているのだ、僕も鬼じゃないのでそんなことはできない。あとで、ゆっくりと須川君に報告することにした。

 

僕たちはテーブルに駆け寄った。工藤さんはちょうど弁当箱の蓋をあけるところで、僕たちを見つけ、真っ赤な顔でフリーズしている。一方、ムッツリーニは「俺は関係ない」という顔でそっぽを向いている。

 

「どっどうしたのかな。三人とも・・・・・」

「よう、偶然だな工藤」雄二が言った。

 

偶然って真っすぐこのテーブルに駆け付けたのに偶然?

 

「あっああ、偶然だね。三人揃って今日はどうしたの」

 

正気だろうかこの人は?今まであったことの記憶が飛んでいる。

 

「いや、いろいろあってな。おや、それは弁当か。お前が作ったのか」

「うっうん、あ、よかったら君たちも食べない。いっぱいあるんだ」

 

冷や汗が流れる。いよいよだ。僕たちは目配せをした。

 

「(裏切るなよ)」

「(一人一個だね)」

「(確率は1/3。恨みっこなしじゃな)」

 

「おお、じゃこのおにぎりをいただくぞ」

 

僕たちは、それぞれおにぎりに手を伸ばした。確率は1/3。決して低いとは言えない確率だ。ここで僕の頭に何かが閃いた。待てよ?このおにぎりを誰かの口に突っ込めばどうなるだろうか?そいつの確率は2/3。僕の確率は0/3になる。我ながら名案だ。

 

「じゃあ、いくぞ。3、2、1」雄二がカウントダウンする。

「ゼロっ!」

「くらえぇぇ~」

「このクソがぁ~」

 

僕と雄二は互いの開いた口に、それぞれが持っていたおにぎりを突っ込んだ。雄二め、何て卑怯な奴なんだ。互いに一個ずつおにぎりを食べる約束だったのに。

 

「てめぇ明久何しやがる」

「雄二こそ僕におにぎり二個食べさせるつもりだったね」

 

「だいたいてめえは・・・・ウグ」

 

雄二が口から泡を吹いてひっくり返った。間違いない姫路さんの手料理の症状だ。よかった、僕が持っていたのが当たりだったのだ。雄二の口に突っ込んだおかげで助かったんだ。やっぱり正義は勝つん・・・・・あれ、体が痺れて動かなくなってきた。なぜだ当たりは雄二が食べたはずなのに。

 

「やれやれ、お主らはいつも騒がしいのお。どれ、ワシもおにぎりをいただくとするか。パク・・・・・なっなぜじゃ、体が痺れて・・・・・う・・うごけなく」

 

秀吉まで倒れてしまった。おかしい姫路さんは嘘をいう人じゃない。それならば姫路おにぎりは一個のはず。症状から言ってそれは雄二が食べたことは間違いがない。では僕と秀吉の症状は?

 

「くっ、工藤さん・・・・・」僕は、必死で意識をつなぎとめて工藤さんに声をかけた。

「うん、どうしたのかな?吉井君」

 

どうやら三人が倒れたことは全く気にならないらしい。明鏡止水の如しというのは、こういう心境を言うのだろうか。

 

「姫路さんが作ったおにぎりって一個だけだよね」

「うん、そうだよ。後のニ個はボクが握ったんだよ。美味しかった?」

 

よりによってこの状態の僕たちにおにぎりの感想を聞くだろうか?工藤さんがニ個握ったということは、もしかしたら工藤さんって姫路さんに匹敵するほどの料理の腕前の持ち主なのか?だとすればおにぎりを食べただけでは、ムッツリーニの命が危ない。おかずも処理しなければ。

 

でもよく考えてみたら何で僕たちは人のデートで命をかけるハメになっているんだろう。

 

「あ、でもね。ボク、オカズを作るのに忙しかったからご飯は瑞樹に炊いてもらったんだ」

 

なるほど。謎が解けた。雄二に比べて僕らの症状が軽いのは姫路さんが手を出したのはご飯だけだったからなんだ。でも、ご飯だけでこれだけの威力というのは、相変わらず姫路さんの料理の破壊力は凄まじい。というかご飯を炊くという過程のどこにこんな破壊力を潜ませることができるんだろうか。

 

だんだん薄れていく意識の中で僕はそう考えていた。

 


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