「一体何を騒いでいるのかしら。ご近所様にご迷惑よ。あら?」
母が部屋に入ってきた。見慣れぬ銀髪の外国人少女が息子に迫っているのを見て目を丸くしている。
「あ、裕ちゃん、実はですね・・・・・」
「ふむふむ、あらまあ颯太のお嫁さんになるために、わざわざロシアから。それは大変だったわねぇ」
「ちょっと待てババア。一番肝心なことスルーしといて、なんでどうでもいいことにフォーカス当てていやがる・・・グワ」
母が投げたスリッパが、狙いたがわず眉間に命中した。
「あらあら、床が滑っちゃったわ」
「なんで床が滑って手に持ったスリッパが飛んでくる・・・グェ」
もう一つのスリッパが炸裂した。
「そろそろ掃除しないと転んじゃうわねえ」母は涼しい顔で言った。
「(颯太君もなかなか学習しないね・・・)」
「(・・・・・お蔭で一番痛い目にあっているんだが)」
「まあ、それはそれとしてとりあえずアンナちゃんは帰国するまで家に泊まりなさい。
遠慮はいらないわ。お嫁さんになる方ですもの」
「ババア、何を勝手に決めてやがる。少しは息子の意見も聞け」
「あら、サイドボードの花瓶にもほこりが溜まっているわね。滑っちゃいそうだわ・・・」
「いやだなあ、ちょっと意見を言っただけじゃないですか。お母様」
「颯ちゃん、いいこと教えてあげるわ」母親は兄に近づくと胸ぐらをつかみ上げた。
「あんたたち5馬鹿が、高校中退してバンドするって言った時、私たち「お母様会」が反対しなかったのはなぜだと思う?」
「ねえ、陽太君。5馬鹿って誰のこと」
「ああ、タコ&ライスのメンバーのことです。兄貴を含めてあいつら5人は幼稚園から高校まで同級生の幼馴染でした。
頭のレベルから女性に弱いところまでそっくりです」
「じゃ「お母様会」ってのは?」
「メンバーの母親達です。5人とも仲が良くて、連絡網作って始終電話しています。
昔から兄貴たちが悪さすると連絡網で全母親に連絡が行き、全ての家で全員がぶっ飛ばされてました。
1回の悪さで5回殴られるんだから、割に合いません。おかげであいつらは品行方正でした。
我が家を含めた全家庭の最高意思決定機関です。親父達といえど逆らえない」
「さっさあ、なぜでしょう?お母様・・・・・」
「人一倍スケベなくせに女の子が苦手で声もかけきれないヘタレなアンタたち5人じゃこのまま高校卒業しても事情は変わらない、ならばいっそのことバンドでもやらせて当たれば女の子にモテるようになるんじゃないかと思ったのよ。
大穴だったけどバンドが人気になって、やっと彼女を連れてくるか孫が見られるかとお母様方はみんな喜んでたというのに、今にいたるも5馬鹿の誰一人として恋人・彼女はおろか茶飲み友達の一人も連れてこないというのは一体どういう了見かしら?
いいかげん私たちの忍耐力にも限界というのがあるのよ」
「(伝説のインディーズバンド誕生の裏にはこんな秘話があったんだね)」
「(・・・・・ある意味秘話だが、情なさすぎて公開もできん)」
「ということであなたが何と言おうと、私はアンナちゃんの味方です。もし、アンナちゃんを邪険にしたら・・・・・・ふふふ」
「どっどうなるんでしょうか、お母様」
「まあ、関東には身の置き所はなくなると思っておいてね」そういうとニッコリと微笑んだ。
「お兄さん随分弱気になっちゃったね、陽太君」
「うーん、小さい頃からお母様会の5人にメンバー全員ボテクリ回されていたから、トラウマになって逆らえないんだろうね」
母は兄から手を離してロシアン少女に言った。
「アンナちゃん、お部屋に案内するから荷物を持ってついてらっしゃい。あ、愛ちゃんも一緒にね」
「ハイ、ありがとうございマス」
「えっ?ボクもですか?」
3人が客間に着くと「アンナちゃん、このお部屋を遠慮なく使ってちょうだい。あ、そうそう。外国で一人では不安だろうから愛ちゃんも今日は一緒に泊まってあげなさいな」
「え、ボクもですか?」
「そう、康太の家に泊まるのなんかイヤというんじゃなければ」と言って軽くウインクしてみせた。
「いえ、でもボク着替え持って来てないし」
「あら、そんなの愛ちゃんが初めて家に来た日の翌日には買っておいたわ。どうせ必要になると思って」
彼氏の家で着替えが必要となる状況というのはどういう状況なんだろうかと少女は悩んだ。
なし崩しに泊まることになってしまったので、家に電話すると裕ちゃんが代わってというので、
代わったらしばらく笑って話したあとで「了承がとれたわ」と言って電話を返してくれた。