これが土屋家の日常   作:らじさ

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第7話

「アキ、いいかげんに目をさましなさい」

 

頬を叩かれる衝撃で目をさました。ここは・・・・・ああ、そうだ僕たちはおにぎりを

食べて気絶したんだ。秀吉は?と周囲を見渡すと、秀吉の肩を姫路さんが優しくゆすって起している。いいなあ、ああいうやり方で起こされてみたかった。そうだもう一度気絶すると姫路さんが起こしてくれるかもしれない。

 

「まったくもうアキったら。これで起きなかったら関節極めて激痛で起こしてやるところだったわよ」

 

これ以上ないくらいにハッキリ目が覚めた。すると「ビターン、ビターン」と景気のいい音が聞こえてきた。振り返えると霧島さんが、雄二の頬を力一杯往復ビンタしている。起こそうとしているようだけど、あれじゃまた気絶するんじゃないだろうか。

 

「痛え、何しやがる翔子」

「・・・・・よかった雄二目が覚めた」

「危うくまた気絶するところだったがな」

「どうしたのよ三人揃って気絶なんかして」

 

どうしたのって聞かれても、まさか姫路さんの料理で気絶していたとは言えない。

 

「いや、ちょっと暖かかったんで、眠気を催してな。それより二人はどこへ行った」

 

気が付いたらムッツリーニも工藤さんも消えていた。気絶している僕たちを平気で置いていけるなんて、これじゃまるでFクラスじゃないか。悪いことは言わないから工藤さんは一刻も早くムッツリーニと縁を切った方がいいと思うんだ。

 

「あの二人は、バイキングのところに歩いていったわよ」

「翔子、工藤は振り物系は?」

「・・・・・愛子は基本的に乗り物系は苦手」

「遊園地に何しに来てるんだ?やれやれ、いくぞ」

 

バイキングに着いたら案の定、座席は血で染まりムッツリーニが突っ伏して倒れていた。知らない人がみたらどんな惨劇が起こったのかと思うだろう。柱の陰から家政婦が見ていてもおかしくない状況だ。

 

「・・・・・こうなるのがわかっていて、なぜ乗る。秀吉頼む」

 

秀吉はクーラーボックスから輸血パックを取り出すと手慣れた様子で輸血を始めた。

もはや熟練の域に達している。いつでも看護師にクラスチェンジできるくらいに経験値が貯まっているに違いない。

 

雄二が周囲に大声で説明をした。

 

「ああ、ご迷惑をお掛けしました。何でもありません。この男は突発性鼻粘膜出血症という病気を患ってまして、時々大量に鼻血が出るのです。どうぞ気にしないでお楽しみ下さい」

 

お楽しみ下さいって言ったって座席はたった今ここで殺人事件がありましたと言わんばかりに血まみれになっている。これで楽しめる奴はサイコパスだ。輸血が終わると、例によってムッツリーニが復活した。

 

「・・・・・ふっ、昼食を食べすぎてしまった」

 

もう、ツッコむ気にもならなかった。

 

その後はもう悲惨の一言だった。

 

おばけ屋敷・・・・・・・・・・・・怖がった工藤さんに抱きつかれて出血

メリーゴーランド・・・・・・馬に乗る時の工藤さんのパンチラで出血

スワンボート・・・・・・・・・・風で船体が煽られた時に工藤さんに倒れかかられて出血

ジェットコースター・・・・怖がった工藤さんに抱きつかれて出血

 

それはもう、遊園地のありとあらゆるところで出血輸血を繰り返し、如月ハイランドは楽しいファミリー遊園地から一転して恐怖の血だらけスプラッタ遊園地と化してしまった。

 

「いい加減にしやがれ、犬が縄張りの電柱にマーキングしてんじゃねぇぞ」

 

雄二が怒るのも無理はない。遊園地中のあらゆる乗り物を血で染めてしまったのだから、損害賠償を請求されないうちに逃げた方がいいんじゃないだろうか。

 

「いや、雄二それよりもじゃな」

「まだ何かあるのか?」

「もう輸血パックがないのじゃ。次に鼻血を出してももう輸血できん」

「そうか。うーん、今何時だ」

「はい、6時です」

「よし、ちょっと時間は早いがゴールまで連れていこう」

 

雄二はそう言うと二人に向かって歩いていった。一応、僕たちの設定は蔭から見守ってフォローするということになっていたはずなのだが。

 

「おい、ムッツリーニと工藤。もう時間だ」

「ええ、時間って何のこと?」

「メインイベントの時間ってことだ。いいからついてこい」

 

そして、踵を返すと今日のメインイベント、怪しげな伝説のある観覧車へと向かって歩きだした。

 

「ねぇ、代表これどういうこと」工藤さんが心細げに霧島さんに尋ねる。

「・・・・・愛子、この遊園地の観覧車の伝説知ってる?」

「きっ、聞いたことはあるよ」

「・・・・・そう、だからデートにこの遊園地を選んだの?」

「そんな・・そっそういう訳でもないけど」

「・・・・・私と雄二、世界中が認めて親も公認のカップルでさえ、この観覧車には乗ったことがない」

「・・・・・代表」

「・・・・・だから、愛子たちが成功すると文月学園で初めてのカップルになる」

「・・・・・でっ、でもボクは・・・・・」

「・・・・・だから私は愛子を応援する」

「・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・」

 

僕たちはやがて観覧車についた。

 

「じゃあな。後は勝手にしろ。あ、もう輸血パックはないからな。気をつけろよ」

「愛子ちゃん・・・・・ファイトです」

「ムッツリーニ、とりあえず今日のところはFFF団への・・・・・ムギュ」

美波のチョークスリーパが決まった。

「いい場面でなに言ってんのよ、あんたは。あの連中に言っちゃあだめよ」

 

「・・・・・愛子」霧島さんが工藤さんの手を取って言った。

「・・・・・頑張って。私はいつでもあなたの味方。・・・・・でも雄二は譲らない」

「うん、全然いらない」工藤さんが即答した。

 

ムッツリーニと工藤さんは並んで観覧車へと歩いていった。

 

「さて帰るか」

「そうだね。お腹もすいちゃったし」

「そうね。ウチもお腹ペコペコ」

「何か食べていくかのう」

「うう、この時間に食べちゃうと体重が」

 

霧島さんがそっと雄二の後ろに忍び寄り、口と鼻をハンカチで押さえた。

 

「わっ、翔子なにを・・・・・」

 

静かになった。見事な手際だ。

 

「・・・・・雄二は疲れているみたい。私が連れて帰る」

 

もちろん誰も反対する、いや反対できる者はいなかった。

霧島さんは雄二をずるずるとゴンドラの方へ引きずりながら闇の中へ消えていった。

手にさっきの手錠が光っていたような気がしたが見なかったことにしよう。


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