これが土屋家の日常   作:らじさ

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第8話

その晩の土屋家は大賑わいだった。両親に3兄弟、由美子に愛子にアンナの8人だ。

アンナは台所でボルシチを作っている。

他のメンバーはガヤガヤと楽しそうに談笑していた。ふと少女が言った。

 

「アンナちゃん大変そうだね。ボク手伝ってきます」

 

リビングが一瞬にして「シン・・・」となった次の瞬間。

 

「なっ何を言うんだ愛ちゃん。アンナのお礼の気持ちなんだから、アンナだけで作らせてあげなきゃ」

「そういえば愛ちゃん。新しいゲームを買ったんだ。対戦しようよ」

「・・・・・食事前に宿題をすまそう。愛子教えてくれ」

「愛ちゃん、オジさん晩酌したいなあ。ビール注いでくれないかなぁ」

「愛ちゃん。そういえば飲み物が切れていたの。悪いんだけど買ってきてくれないかしら」

 

という怒涛の声が家族中から浴びせられた。

 

「えーっと、よくわからないけどアンナちゃんの手伝いをしない方がいいってことですかね。

そうですよね。お礼の気持ちなんだから人の手を借りちゃ意味ないですものね」

 

しばらくして陽太が言った「それにしても遅いなあ。勝手が違って戸惑っているのかも

知れないから、悪いけど由美ちゃんちょっと手伝ってあげてくれる?」

「はい」と言って由美子が台所に向かった。

 

「あれっ?」

周囲を見ても誰も反応していない。自分に対する嵐のような反応とは大違いだ?

少女の胸に何か納得できない気持ちが残った。

 

「できまシタ」アンナが皿を運んできて、それぞれの前に置いた。

由美子が首をひねりながら台所から出てきた。

「由美ちゃん、どうしたの?」

「あ、愛ちゃん。いえ、別になんでもないの」由美子は言葉を濁した。

 

圭ちゃんが「いやぁ、これはおいし・そう・・だ・・・なぁ・・・・・・・」と言った。

後半は声が小さくて聞こえなかったけど。

「(おい、陽太。俺はボルシチなんて食うのは初めてだが、本当にこんなもんなのか?)」

 

アンナちゃんのボルシチは、黒に近いこげ茶色をしていた。

「(いや、普通赤っぽいはずなんだが・・・何でこんな色してるんだろう?)」

「(・・・・・とてつもなく嫌な予感がするんだが)」

そういうとみんながボクの方を見た。

 

「なんでみんなボクを見るのかな?」

 

「(・・・・・まさか愛子の同類か?)」

「(こんな狭い範囲にあんな特殊能力の持ち主が二人も現れるか?)」

「(見た目は悪いが、意外と味はいいかもしれんぞ。可能性は限りなく低いが)」

 

「じゃ、とりあえずいただきましょう。アンナちゃん、本当にありがとうね」

と母が意を決したように言った。

 

「「「「「「うっ・・・」」」」」

 

「どうでショウか」アンナが恐る恐る尋ねた。

 

「うーん、これまでに食べたことのない味だね・・・」

「なかなか刺激的ね・・・・・」

「やっぱり和食とは違うなぁ・・・・・」

「ロシア人がウォッカばかり飲んでる理由がわかったよ・・・・」

「・・・・・愛子といい友人になれそうだ」

後半は料理の感想ですらなかった。

 

「ほんと美味しいよこれ、アンナちゃん」とボクは言ってパクパク食べた。

「あの、愛ちゃん。あんまり無理しない方が・・・・」

「え、裕ちゃん。無理ってなんですか。なんかこれ、どこか懐かしい味するじゃないですか」

アンナはそれぞれの感想を聞いて、ホッとしたようだった。

 

その時、由美子がおずおずと尋ねた。

「あの、アンナちゃん。このボルシチって一般的なものとちょっと違うように見えるの。

ロシアのどこかの地方のものかしら?」

「イエ、これは母のレシピデス」

「ああ、お母様から教わったのね」

「イエ、母は私が小さい時に死んで顔も覚えてまセン」

「じゃあ、これは?」

「父から教わりまシタ。私に取っての母の味デス」

「あら、そうだったの」

 

「父はスペツナズという学校で教員をしていマス」

「スッ、スペツナズ?・・・・・」

「・・・・・学校?」

「(おい、スペツナズってソ連軍の特殊部隊のことだろ?)」

「(・・・・・確かそうだ。それを学校って無茶な嘘つく親父さんだ。信じる方もどうかと思うが)」

「ある時、アフガニスタンに転勤になって、単身赴任になってしまいまシタ」

「(単身赴任って、そりゃ当たり前だろうが)」

「なかなか家に帰ってこれないノデ、いつも母とケンカしてたそうデス。でも夕食は母がこのボルシチをいつも出してクレタと。

父が美味しいと言って食べてると、母が目を丸くして驚いて「本当に美味しいの?」と言って喜んでクレタと」

「そうだったの」

「母が死んでから、いろんなお店でボルシチを食べたけどどこにもなかったので、

父は自分でレシピを研究して同じ味を作るのに成功しまシタ」

「そうなの。何か特別なものが入ってたのかしら?」

「ハイ、ココアパウダーと味噌デス」

 

「「「「「ココアパウダーと味噌????」」」」」

 

「ハイ、それが秘訣デス。母が父に作ったように、私もいつか好きな人に作ってあげたくて一生懸命練習しまシタ」

 

「「「「「・・・・・・・・・・・」」」」」

 

その時、黙々と食べていた颯太が「アンナ、お代わりを頼む」と皿を差し出した。

アンナは嬉しそうに「ハイ、たくさん食べて下さい」と台所へ消えた。

 

「ねえ、由美ちゃん。ボルシチにココアパウダーと味噌なんて普通入れるの?」

「いえ・・・恐らくなんですけど、ケンカしたお父さんへの嫌がらせだったんじゃないかと」

「嫌がらせで作ったものを、美味しい美味しいと喜ばれた上に母の思い出の味にまでされちまったわけか・・・」

「でも、お父さんの気持ちわかるなあ。本当に美味しいですよ・・・・・どうしてみんなそんな目でボクを見るんですか?」

「アンナちゃんのお母さんの供養だと思ってみんないただきましょう」

全員が一斉にスプーンを取った。

 

遅くなったので帰ろうとして駅まで送ってくれる康太と玄関にむかった時に、颯太君に声をかけられた。

「愛ちゃん、明日からステージ練習なんだけど、よかったら見にこない?アンナがぜひ見たいっていうんだ」

「ええ、いいんですか?絶対行きます」

「ああ、構わないよ。よかったら由美ちゃんもくる?」

「本当ですか?感激です」

「うん、じゃ10時にライズハウスZでね。待ってるから」


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