これが土屋家の日常   作:らじさ

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第10話

「おい、いいかげんに練習するぞ。陽太と康太は舞台から降りろ」

颯太が何事もなかったかのようにメンバーに声をかけた。先ほど蹴られまくったことなど気にもしていないところをみると、このバンドではあの程度のことは日常茶飯事なのだろう。

 

「・・・・・一体何をするんだお前は」

「なにさ。康太がボクのことをちゃんと彼女だって言わないのが悪いんじゃない」

「・・・・・あの状況でそんなことを言ってたら、俺は確実に殺されてた」

「それくらいなにさ。男だったら愛に殉じなよ」

「・・・・・こんなアホなことに命かけられるか」

 

その時いきなり音楽が鳴り響き、颯太の歌声が聞こえてきた。

 

「あいつらの曲なんて初めて聞くけど結構いい曲だな」

「えっ、陽太君。タコ&ライスの曲聞いたことないの?こんなに売れているのに」

「・・・・・どんなにカッコイイ曲をやっても、ガキの頃からさっきみたいなアホなことをやっているのを見てきた連中の曲だと思うと、バカバカしくなるのだ」

 

2曲目が始まった。一転してバラード調の曲だ。

「これも結構いい曲だな。なんて曲だ?」

「さっきのは「Rise」で、今やってるのは「For Your Voice Only」です・・・・・だけど」

由美子が首を傾げながら言った。

「ん、どうしたの由美ちゃん。何か気に入らないの?」

「いえ、多分気のせいだと思うんですけど」そういうと、キーボードのAtsushiをジッと見つめた。

 

それから3曲ほど演奏すると小休憩に入った。

「どうだ陽太と康太。俺たちの演奏は」とGonが得意げに聞いた。

「いやぁ、良かったですよ。でもタイトルがみんな英語だったのはビックリしましたけど」

「ん?俺たちが高校中退だと思ってバカにしてるのか?」

「高校中退はどうでもいいんですけど、兄さんたち中学時代から英語が苦手で「日本から出なきゃ英語は必要ない」とか言って5人で英語の補習からも逃げ回っていたでしょうが」

「そういやそんなこともあったな。だがな陽太、時代がやっと俺たちに追いついてきたのだよ」

「どういう意味ですか?」

「世の中にはエキサイト先生という偉い先生がいらっしゃってな。無料でたちまち翻訳してくれるのだ」

「胸張ってイバれることじゃないです。プロなんだから、せめてタイトルくらい自分でつけて下さい」

 

その時、由美子が声をあげた。

「あの、お邪魔してすいません。ちょっとAtsushiさんにお話があるんですけど、よろしいですか」

「ん、えーっと君は陽太の彼女だったね」

「はい、由美子っていいます。気になったことがあるので、ちょっといいですか」

「ああ、別にいいけど?」

由美子は舞台に上がってAtsushiの側にいくと、左腕を取って親指で手首を押した。

 

「イテ、イテテ・・・・・」Atsushiは大きな叫び声をあげた。

「由美ちゃん、どうしたの?」颯太が不思議そうに聞いた。

「演奏を聞いててキーボードの左手のベースラインが不安定だったので、もしやと思ったんですけれど」

「どういう意味?」Youが聞いた。

「たぶんこれ腱鞘炎です。しかも今程度の力で押して、あれだけ痛いっていうことは結構炎症が進んでいると思います。早く病院に行った方がいいと思います」

 

「でも、2日後にライブだからね」とAtsushiが言った。

「ヘタしたら一生キーボード弾けなくなっちゃいますよ」

「由美ちゃん、俺はプロだよ。舞台で倒れられたら本望さ」

「でもキーボード弾けなくなったら、バンドにいられないから女の子にモテなくなっちゃうよね」と少女がつぶやいた。

「よし、すぐに医者に行ってくる。体調管理もプロの仕事だからな」Atsushiはそう言うと、あっというまに入口から飛び出て行ってしまった。

誰一人反応することができないほどの素早い動きだった。

 

「しょうがねぇ、篤の奴が病院から戻ってくるまで休憩にしよう。今のうちに昼飯喰いにいこうぜ」

「あの~皆さん」少女が言った。

「ん、どうした愛ちゃん。何か食べたいものがあるんだったら遠慮なく・・・・・」

「いえ、そうじゃなくてボクお昼におにぎり作ってきたんです」

 

「「「えええええ~」」」と驚愕の声をあげる3兄弟。

「「「うおぉぉぉ~」」」と歓喜の声をあげるメンバーたち。

 

「・・・・・いや、愛子。気持ちはありがたいんだが、ライブも近いしあまり食べられ、

いや食べ慣れないものを出すのはどうかと思うんだが」

「そうだよ、愛ちゃん、おにぎりは今度体調の言い時にでも食べてもらおうよ」

「なんだ康太。愛する彼女の手料理は独り占めしたいってか?」

「(・・・・・俺には自殺願望などない)」

「ほら、腹減ってるんださっさと喰わせろ」

「(どうする兄貴?)」

「(仕方ない。いくら愛ちゃん料理とはいえ、所詮はおにぎりだ。そんなに大事にはならんだろう)。

よし、じゃあ愛ちゃんの好意をいただこうぜ。ただし、手に取ったものは必ず全部食べること」

「どこの闇鍋ルールだ、おい」とメンバーは笑って言った。

「「「(・・・・・笑っていられるのも今のうちだ)」」」

 

全員で舞台の上で輪になって食事が始まった。

「「「「「「「「いただきま~す」」」」」」」」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・ッ」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・ッ」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・ッ」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・ッ」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・ッ」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・ッ」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・ッ」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・ッ」

 

「ど、どうですか?」少女は憧れのバンドのメンバーに自分の手料理を食べてもらえて緊張している様子だった。

 

「かっ変わった味だね。愛ちゃん、これ何が入っているのかな?」

「えーっと、それはブルーチーズですね。ボク、チーズが好きなんです」

「ブッ、ブルーチーズかぁ・・・・・」

「愛ちゃん、おにぎりの中から仮面ライダーみたいのが睨んでるんだけどこれは何?」

「ああ、それはイナゴの佃煮です。母が長野出身だからお婆ちゃんが送ってくるんです」

「イナゴ・・・・・」

「(・・・・・具に何が入っているのかこれ以上聞くのが怖いんだが)」

「アンナちゃん、おにぎりどうかな?」

「おいしくないデス」

「そっかあ、やっぱり日本人じゃないから口にあわないのかな?」

 

「(マズいと即答したぞ、おい)」

「(今ほど、外人に生まれたいと思ったことはなかった)」

「(・・・・・しかし、愛子は日本人なら口にあうはずと絶対の自信をもっているんだが、あの自信はどこからくるんだ?)」


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