これが土屋家の日常   作:らじさ

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第12話

買い物から戻ってきても練習は続いていた。時々、颯太君や他のメンバーから由美ちゃんに指示が飛んでいたけど、

由美ちゃんは「ハイ」と答えただけできちんと一度で対応できているようだ。

 

「あの~、飲み物買ってきたんですけど休憩しませんか?」と声をかけた。

「うん?ありがとう愛ちゃん。よし休憩しようぜ」と颯太君がみんなに言った。

 

一人一人に飲み物を渡す。

「いや~、由美ちゃん、スゴイね。最初はぎこちなかったけどきっちり適応してきたもんな」

「そりゃそうですよ。由美ちゃんは全日本コンクール2位で、ラフマニノフだって弾けるんですよ」

「・・・・・なんでお前が威張っているのだ?あとラフマニノフと言いたいだけだろうがお前は」

「ラフマニノフ・・・。そりゃ俺たちの曲なんて幼稚園のお遊戯みたいなもんだな」

「いえ、そんなことないです。バンドにはバンドの難しさがありますから。でもピタッとあった時は、最高ですね」由美ちゃんは楽しそうだった。

「そうそう、それがバンドの良さなんだよ」

 

「それはそうと颯太。ライブの目玉曲決まったのかよ」Guuが言った。

「うーん、それがこれと言ったのがないんだよな」

「お前の好きな曲でいいじゃねぇか」Atsushiが言う。

「本当にいいのか」颯太君が目を輝かせる。

「ダメだダメだ。こいつの好きな曲っていったら演歌になるに決まってる。ライブがカラオケ大会になっちまう」Youが却下した。

 

「ネェ、Shu」アンナちゃんが言った。

「んっ何だ?ロシア娘」

「チョっとマイクで歌っていいでスカ?」

「構わんが、アニソンか?」

 

アンナちゃんはマイクスタンドの前に立ち、お祈りするように手を組んでしばらく目を閉じると静かに歌いだした。

 

「Amazing Grace, how sweet the sound. That saved a wretch like me.・・・・・」

 

「ほう、アメイジング・グレイスか。なかなか上手いな」

 

「I once was lost but now am found.Was blind but now I see

'Twas Grace that taught my heart to fear. And Grace, My fears relieved.

How precious did that Grace appear. The hour I first believed.」

 

アンナちゃんの声はクリスタルボイスとでもいうんだろうか。そのまま天まで伸びて行きそうな透明な歌声だった。

メンバーたちも雑談を止めじっとアンナちゃんを見つめていた。

 

「おい颯太、これ行けんじゃないか?」Gonが言った。

「何が行けんだよ?」

「目玉曲だよ、目玉曲」

「アホ、ラストの目玉曲にアンナのソロなんて持ってったら暴動おきるぞ」

「いや、アンナちゃんだけに歌わせるんじゃねえよ。1番はさっきのようにソロで歌ってもらって、その後はゴスペル調でバック入れて、キーボードはそうだな、ゴスペル調のラグタイムみたいな感じにする。

ボーカルはメインをアンナちゃんにして、お前が高音部でバックアップする感じだ。これだと間奏にそれぞれのソロも入れられるから一石二鳥だ」

 

「アホ、アンナは素人だ」

「ワタシ、教会の聖歌隊でずっと歌ってまシタ。モスクワのコーラス大会で優勝したこともありマス」

「よし、とりあえずやってみよう。由美ちゃん今の説明でわかったかな?」

「あ、はい何となく。ラグタイムよりもブルース調の方がいいと思うんですけど」

「ああ、そのへんは任せる。フィーリングで弾いてくれ」

 

マイクスタンドの前で颯太君がアンナちゃんに注意を与えている。

「まあ、遊びだと思ってあまり緊張するな。ソロパートが終わったら高音で俺がバックボーカルに入る、こっちで合わせるから気にするな。

演奏が始まるとリズムが速くなるが適当にあわせろ。歌い方は変えんでいい。」

「ハイ、ワカリまシタ」

 

「Amazing Grace, how sweet the sound. ・・・・・」

 

再び、アンナちゃんの透き通った声が会場に響く。

 

「・・・・・The hour I first believed.」

 

少し間をおいてGonの「One、Two・・・」の声と共にスティックが打ち鳴らされ演奏が始まった。

 

「Through many (Many many) dangers (dangers), toils and snares(toils~ and snares).

We have(We we we we) already come(already come)」

 

アンナちゃんの声に絡みつくようにして颯太君の声が高音で被せられる。楽器もゴスペルの哀愁のあるがリズミカルな演奏でドラマティックに盛り上げる。

「よし、最後のフレーズはロシア娘のアカペラソロだ。楽器を止めろ。そしてロシア娘の歌が終わったらフィナーレでチャカチャカチャンで終了だ」

 

「・・・・・Than when we've first begun~~~・・・・・」

 

アンナちゃんの歌が終わった。そして楽器が一斉に打ち鳴らされて曲が終了した。

 


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