これが土屋家の日常   作:らじさ

79 / 267
第17話

時間が経つにつれボクの鼓動も激しくなっていった。アンナちゃんは無表情だからよく分からないけど多分同じ気持ちだろう。

「これはあれだね。県大会の決勝の時と同じだね」

 

やがてAtsushiがやってきて「二人とも次が出番だから舞台袖にスタンバイして」と告げた。ボクは手に持っていた三板をギュッと握りしめた。

 

最後の曲のMCを颯太君がやっている間に、ボクは自分のポジション、ドラムのGon君とキーボードの由美子さんの間に立った。

約束通りにボクの前にマイクはセットされてない。Atsushiのことだから知らんふりしてセットしているのではないかと疑っていたのだけど、あの人もそこまで鬼ではなかったようだ。

 

「それでは最後の曲は、少し趣向を変えてスペシャルゲスト、ロシアの歌姫アンナ・カリーニンとのタコ&ライスのコラボでお別れを。アンナ、カモン」

そういうとアンナちゃんが舞台の中央へ進み出た。観客からどよめきがあがった。

無理もない、アンナちゃんは絶世の美少女なんだから。

 

颯太君がセンターの位置をアンナちゃん譲った。バンドが緊張してアンナちゃんが歌いだすのを待っている。

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」アンナちゃんが全く動かない。

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」やがて観客席がざわめき始めた。

 

その時、颯太君がアンナちゃんに近寄り後ろから軽く抱きしめながら耳元で何かささやいた。

「お前、あがっているのか?」

「ダー、恐いデス」

「俺の嫁になるっていったプロポーズは恐くなかったのか?」

「とても恐かったデスけど、今を逃したらもうチャンスはないと思って必死で頑張りまシタ」

「その恐さに比べりゃこの程度の客の前で歌うのなんざ楽勝だろ。歌えるな?」

「分かりまシタ。歌いマス」

「とりあえずしばらくこうしててやる・・・・・それと、おまじないだ」

颯太君は後ろからアンナちゃんの頬に軽くキスをした。

きっとアンナちゃんは真っ赤になっていたに違いない。

 

前と同じようにアンナちゃんは、手をお祈りのように組むと目を閉じて頭をたれ、

しばらくしてから頭を上げて静かに歌い始めた。

 

「Amazing Grace, how sweet the sound. That saved a wretch like me.

I once was lost but now am found. Was blind but now I see.

'Twas Grace that taught my heart to fear. And Grace, My fears relieved

How precious did that Grace appear. The hour I first believed」

 

「One, Two, Oen two three four」スティックがカウントを刻む音がした。それを合図に一斉に楽器が鳴りだし、リズムが速くなる。

 

「Through many dangers, toils and snares. We have already come.

'Twas Grace that brought us safe thus far. And Grace will lead us home.

When we've been here ten thousand years. Bright shining as the sun

We've no less days to sing God's praise. Than when we've first begun」

 

やがて中盤に差し掛かってそれぞれのソロパートになる。

 

舞台の照明が消え、天井のピンスポットだけがソロ演奏者を照らす。

Gon君がシンバルを刻む音のほかはソロ楽器がそれぞれのメロディを奏でるまさに独壇場だ。

最初はギターのYou君。歪ませた独特の釅の音でゴスペルのようなそうじゃないような不思議なメロディを奏でた。

次がベースのGuu君。この人もチョッパー奏法という奴なんだろうか、ファンキーな音色でゴスペルを奏でるという合ってるんだか合ってないんだかわからないソロをやってくれた。

次は由美ちゃんだね。はっきり言って一番安心して聞いていられる。教会での伴奏をリズミカルにした感じ。

最後はドラムのGon君だ。好き勝手に叩いてください。これが終われば、アンナちゃんが歌って終わりだ。

 

これでボクたちヨメーズ、いやちがうWivesの仕事も終わりだ。はー疲れた。

 

あれ?颯太君がニヤニヤしながらマイクを持ってボクのところに近づいてきた。

ピンスポットがいつの間にかボクだけを照らしている。颯太君のマイクがボクの三板に向けられた。

「ダメ。これじゃソロになっちゃうよ」

「そうだよ、だからテクニックを披露して」

「ヤダ、マイク近づけちゃ音拾っちゃう」

「ソロだから当たり前でしょ。演奏止めちゃだめだよ」颯太君が小声で言った。

 

Gonさんがシンバルをチャカチャカと小刻みに叩き、由美ちゃんが小さくバックでメロディを奏でてくれている。

ボクは必死にリズムを途切らさないようにしながら頭の中でAtsushiに対する懲罰プランを考えていた。どうしてくれようあの男。

 

やがて舞台のライトが点灯し、またアンナちゃんと颯太君のデュエットが始まった。

 

「'Twas Grace that taught my heart to fear. And Grace, My fears relieved.

How precious did that Grace appear. The hour I first believed.

Through many dangers, toils and snares. We have already come.

'Twas Grace that brought us safe thus far. And Grace will lead us home」

 

そして全ての楽器が止まり、エンディングのアンナちゃんのソロだ。クリスタルボイスが疲れた様子もなく澄んだ歌声を響かせる。

 

「When we've been here ten thousand years. Bright shining as the sun.

We've no less days to sing God's praise. Than when we've first begun.」

 

よし、最後のフレーズだ。これでアンナちゃんの声が消えれば楽器が一斉になって終了だ。

 

「Than when we've first begun~~」

 

「begun ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~」

 

あれ?アンナちゃんの様子が変だ。練習ではこの辺で切れていたのに、音を伸ばしながら楽しそうに歌っている。

ボクたちは互いに目配せをしながら戸惑っていた。

 

颯太君がアンナちゃんに近寄り、アンナちゃんの声に合わせて自分の声を重ねた。

高く低く絡みついてはまた離れる。2人だけで声で遊んでいるみたいだ。

 

「おい」後ろ側からAtsushi君の声がする。

「締めの楽器連打は無しだ。何もしなくていい。その代わり由美ちゃん、あいつらの音をよく聞いていてくれ。最後の音のコードをアルペジオにしてリタルダンドでポロロンと締めてくれ」

「わかりました」

たぶん日本語だったと思うんだよね。

 

舞台の上のアンナちゃんと颯太君はいつの間にか向き合ったまま歌っていた。

そして声がだんだんと小さくなって行きやがて消えていった・・・・・

 

由美ちゃんのキーボードが名残惜しそうな音色で「ポロロロロン」と音階を奏でた。

その時、颯太君が「よくやった」と言ってアンナちゃんを抱き寄せ。唇を重ねた。

歓声をあげるお客さんはいなかった。まるでそうすることが、本当に自然な感じだったから。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。