土屋君が観覧車に先に乗り込んで椅子に座ると外を眺めていた。
ボクは観覧車に乗り込んだ時から、胸の鼓動が大きくなっているのを感じて、それが土屋君にバレたらと思うと顔が赤くなるのがわかった。
観覧車が頂上に近づいて来るに従って、胸の鼓動がどんどん大きくなっていくのがわかる。
「(言わなきゃ、今言わなきゃ)」そうだ言わなきゃいけない、そうでなきゃなけなしの勇気を振り絞って土屋君を無理やりデートに誘った意味がなくなってしまう。
もうこんな勇気二度と出せない。鼓動が頂点に達した時にやっと言葉が口をついて出た。
「・・・・・ムッ、ムッツリーニ君、あのね。・・・・・あのね、すっ好きな女の子っているのかなぁ」
心臓が口から飛び出そうだ。顔が真っ赤になっているのがわかる。彼は相変わらず横を向いて外を眺めたまま黙っていた。沈黙がツラい。でもその次の言葉、とても大切な言葉が出てこない。これ以上はないくらいに空気が重くなった時に彼がボソッと口を開いた。
「・・・・・・・・・・・・・・・いる」
胸が張り裂けたかと思うくらいに痛くなった。口から火の玉を押し込まれたみたいに熱くなる。目の奥がジュンとして涙が出そうになったので慌てて俯いてこらえた。
「(泣いちゃダメ。涙をみせたらムッツリーニ君の負担になっちゃう)」
それだけはしたくなかった。告白するって決めた時にフラれても絶対に泣かないと誓った。泣かなければ今までどおり友達でいられるはず、でも泣いたらその関係も壊れるかもしれない。それだけは絶対にいやだった。
「そっ、そっか。そうだよね。男の子だもん好きな女の子くらいいるよね」
精一杯強がってみたけれど、自分でもわかるくらいに声が震えている。ムッツリーニ君もきっと気が付いているだろう。でも何も言わないのが彼の優しさなのかもしれない。
「(もういいかな。もうこれで十分じゃないかな)」
フラれちゃったという思いを噛みしめるとこらえきれずに涙がこぼれそうになった。
どれくらい沈黙していただろう。ボクも土屋君も次の言葉が見つからずに黙っていた。
その間、ボクはずっと抱き枕のことを考えていた。自分で写真を隠し撮りして、中学の友人に作ってもらった一番大事な宝物。部活の練習のツラさやいろいろな愚痴、そしていつかできることを夢見た告白まで黙って聞いてくれた抱き枕。
「(あれも処分しなきゃ・・・・・)」
そう思うとまた涙がこぼれそうになった。思わず顔を手でおおった時、ゴンドラに乗る時に握りしめてくれた代表の手の暖かさとかけてくれた言葉を思いだした。
「・・・・・私は愛子の味方だから」
「(そうだ、本当にこれでいいんだろうか。このまま終わってもボク後悔しないんだろうか)」
ムッツリーニ君に好きな子がいるのはわかった。でも、ボクの気持ちはムッツリーニ君に何一つ伝えていない。彼を好きという気持ちにケリをつけないと、ボクは前に進めない。ムッツリーニ君にありのままのボクの気持ちをちゃんと伝えなきゃ。そして気持ちよくフラれたら、きっといつか新しい恋が見つかるはず。
さあ、残った勇気をかき集めて最後の言葉を伝えよう。
「・・・・・土屋君、あのね・・・ボクね・・・ボクは土屋君のことが・・・・・」
「言うな。工藤愛子」
大きい声じゃなかったけれどハッキリとした口調で土屋君がボクの声をさえぎった。
「(どうして?どうして最後まで言わせてくれないの?)」
そんなに迷惑なんだろうか、それとも女の子をフルのが嫌なんだろうか。
「俺はエロ・・・・・いや、保健体育のことを考えると鼻血が出るという難病にかかっている。これがある限り女の子とは付き合えん」
外を眺めたまま土屋君が言った。
「・・・・・だが、俺はこの難病を必ず克服してみせる。その時には俺から言う。だから今は言うな・・・・・・・・・・(愛子)」
胸の鼓動がまた大きくなる。胸の痛みがいつの間にかなくなって、喜びであふれてくる。さっきとは違う涙が目にあふれる。最後の言葉はボクに聞こえないように小さな声で言ったつもりなんだろうけど、ちゃんと聞こえたよ。そうだよね。そういうことだよね。土屋君はそれ以上何も言わなかったけど、そう思っていいんだよね。
「・・・・・わかった。ボク待ってるから・・・・・・・・・・康太」
土屋君は外を見たまま、特に訂正も否定もしなかった。それが答えなんだよね。いいんだこれで。これで十分だ。こらえきれなくなった涙が頬を伝って流れてきた。でも構わない、泣かないって誓ったのはフラれた時のことだったんだから。
ゴンドラが下に着いて係員の人がドアを開けると、土屋君は黙って降りた。ボクもそれに続いて降りると、何となくそうしたくなったので土屋君のシャツの裾をつまんでみた。土屋君はちょっと振り返ってつままれたシャツを見たけれど、何も言わずに歩き出した。ボクはシャツをつまんだまま土屋君の後ろに従って歩いた。
「なんかドナドナみたいだね」
「・・・・・乳牛というには胸囲が足りない」
「それは美波ちゃんに失礼だと思うよ」
「・・・・・お前のことだ。工藤愛子」
「見たことないくせに。じゃ見せてあげようか?」
「うっ、・・・・・俺は難病と言ったはず」
「アハハ、それは病気じゃないと思うよ」
その状態のまま電車に乗ったけど、土屋君は何も言わなかった。やがてボクの家のある駅についた。
「じゃ、今日はどうもありがとう。とっても楽しかったよ」
「・・・・・何を言ってる。俺はこれから買い物にいかねばならないのだ」
「あ、そうなんだ?」
「・・・・・偶然だ」
そう言って一緒に降りた。嬉しい。もう少しニ人でいられる。改札を出てボクは尋ねた。
「お店は西口・東口どっち?」と尋ねた。
「・・・・・お前の家はどっちだ、工藤愛子」
「えっ?西口だけど」
「・・・・・奇遇だな。俺が用のある店も西口だ」
「そっか、ふふふふ・・・・・」
「・・・・・何がおかしい、工藤愛子」
「うふふ、何でもないよ。じゃ一緒に行こう」
ニ人で夜の道を並んで歩いていった。ムッツリーニ君は何も喋らない。ボクもその沈黙が心地よくて黙って歩いている。その方が言葉より彼の気持ちが伝わる気がしたから。
「ムッツリーニ君の用のある店って左の路でしょ」
「・・・・・そうだ」
「もしかしてこの角を曲がるんじゃない?」
「・・・・・よく知っている」
「で、この角から3番目の家だよね」
「・・・・・俺は店だと言ったはず」
「あ、間違えた。あそこはボクの家だった」
「・・・・・別に興味はない」
「・・・・・送ってくれてありがとう」
「・・・・・・・・・・勘違いするな、工藤愛子。俺は道を間違えただけだ」
ムッツリーニ君はそう言うと来た道を戻ろうとした。
「ねぇ・・・・・こっ康太」ボクは勇気を振り絞ってもう一度呼んでみた。
「・・・・・何だ」とムッツリーニ君が振り返った。
「ボク、まだ今日のお礼してなかったね」
「・・・・・お礼?」
「うん、これ。ほら、チラ」
「ばっ馬鹿、今日は・・・・」
ムッツリーニ君はそう言いながら鼻血を噴き出して倒れた。
「えっ?どっどうしたの?・・・・・キャア、ボク今日はミニスカートだからスパッツはいてなかったんだ。 見たの?ねぇ見えたの?」
ムッツリーニ君を揺さぶって問いただしてみたけど反応はなかった。真っ赤な血の海の中でムッツリーニ君は幸せそうな顔をしていた。この幸せそうな顔は相手がボクだったからって、ちょっとウヌボれてもいいよね。