これが土屋家の日常   作:らじさ

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第6話

宿に戻る途中でかなり年季の入った射的屋を見つけた。

「ねぇ康太、こんなところに射的屋があるよ」

「・・・・・かなり古い店だな。やりたいのか?」

「こう見えても小中の頃は、デューク愛子と呼ばれて縁日の射的屋を泣かせたもんだよ」

「・・・・・もう、お前にどんな通り名がついていても驚かん。兄貴、愛子が射的やりたいそうだ」

 

それを聞いて肩を落として歩いていた颯太君が意気込んで言った。

「なに、射的をやりたいだと。よし、かつてはゴルゴ土屋と呼ばれた俺の腕をみせつけて、さっきの汚名挽回をしてやる」

「(・・・・・お前は、あのレベルのことを言ってたんだぞ、愛子)」

「(えー、やだなぁ。じゃぁもう二度と言わない)」

「それより兄貴、それをいうなら汚名返上だ。汚名を取り返してどうする」

「そんな細かいことはどうでもいい。みんな俺についてこい」

颯太君は意気揚々と射的屋に乗り込んだ。

 

「なんだか機嫌直ったみたいだね」

「・・・・・どれだけ単純なんだ、あの男は」

「ふふふ、複雑すぎるよりいいんじゃないかしら」

「由美ちゃん、それフォローになってないよ」

「分かりやすいのが、一番デス」

店の中から颯太君が「早く来い」と叫んでいたので、ボクたち急いで店に入った。

 

店の中には低いカウンターのような台があって、2mほど先の棚に景品がならんでいる。あれを当てて落とせばもらえるのだ。

「康太、ボクあの一番上の大きな熊のぬいぐるみが欲しい」

「・・・・・ムチャ言うな。どう見てもあれは、この店の創業以来ずっとあの場所から動いたことはありませんといった貫禄があるぞ」

 

「おばさん、全員分俺が払うから」

「はい、どうも。一人500円で全部で3000円ね」

「君たち、僕のオゴリだ。遠慮なく楽しんでくれたまえ」

「(随分安上がりに兄貴風吹かすな、あの男は)」

「(・・・・・他にそういう機会がないからな)」

 

最初は陽太君と由美ちゃんが挑戦した。店のオバちゃんから、一人10発のコルク弾を渡されて、景品を狙う。

二人とも何発か当たったんだけど、景品はビクともしなかった。

 

「セメダインで固定してあるんじゃないか?あの景品は」と陽太君がボヤいた。

 

次はボクと康太の番だった。

「勝負だよ、康太」

「・・・・・何でもかんでも勝負に持ち込むな。好きな景品を勝手に当てろ」

1発目。康太は下の段の小さな景品、ボクは最上段の大きな熊のぬいぐるみを狙って二人とも外した。

「ふふふ、康太は小さな景品狙いとは、器の小ささがわかるね」

「・・・・・お前こそ大きな熊狙いとは、無謀な性格がよく表れている。それよりもあんな大きな景品をどうやったら外せるんだ」

 

2発目、3発目と外していくうちに、ボクたちの罵り合いも段々エスカレートしていった。

おかしいなあ?こんなに楽しくないことを何でみんなお金を払ってやるんだろう。

5発目を外した時点で、見かねた陽太君が止めに入ってくれた。

「お前ら、いいかげんにしろ。それじゃ射的じゃなくて口ゲンカの間に銃を撃っているだけだ」

残りの5発もカスリもしなかった。まったく康太のせいで酷い目に会っちゃったよ。

 

最後は真打と言うか何と言うか、颯太君の番だ。これでもしまぐれでもアンナちゃんに負けたりしたら、

この旅行に暗雲が立ち込めてしまう。まあ、アンナちゃんは射的は初めてだって言っていたし、そんなことはないだろうけど。

 

「ふふふ、やっと俺の出番か。素人共と格の違いをみせてやるぜ」と颯太君が上機嫌で言った。

一方、アンナちゃんは・・・・・銃口を覗き込んでいた。

「ア、 アンナちゃん。何をしているのかな?」

「銃身を確認していマス。少しゆがんでいるみたいデスがなんとかなりマス」

「えと、何を言っているのかな?」ボクにはアンナちゃんの言ったことが全然理解できなかった。

 

それぞれ弾を込めて的を狙った、颯太君はたったまま、アンナちゃんは両肘をカウンターにつけて。

「なあ、おい。アンナちゃんの姿勢が妙に堂にいってないか?」

「・・・・・微動だにしないな」

「隙がないです」

 

2人同時に撃った。颯太君の弾は外れたけど、アンナちゃんの弾はボクの欲しがっていた熊のぬいぐるみに当たって見事落とした。

 

「すご~い、アンナちゃん」

「まだデス。続いて二射用意デス」アンナちゃんは、2発目を準備すると、また射撃姿勢をとった。

アンナちゃんはその後10発中7発を命中させ「やっぱり自分の銃じゃないと難しいデス」という謎の言葉を残した。

みんながアンナちゃんを称賛している中、颯太君は一人黙々と打ち続けていた、弾は残り一発。

事態の重要さに気が付いたメンバーが固唾を飲んで成り行きを見守っている。何しろここで負けると(いや、既に大負けなのだが)、颯太君が拗ねるのは火を見るより明らかなのだ。

みんなが見守るなか最後の一発が発射され、5cmくらいの人形に当たって落とした。

 

「やった!みたか、俺の勝ちだ」と颯太君は大喜びしている。

「(俺の勝ちって、野球で言えば20対0で負けてる試合で、9回裏に1点返したってレベルだろ)」

「(・・・・・パーフェクトペースで抑えられて9回裏2アウトで相手のエラーでパーフェクトを阻止したレベルかも知れん)」

 

「それにしてもすごいね。アンナちゃん。射的は初めてだって言っていたのに」とボクがアンナちゃんを称えた。

「ハイ、射的は初めてデスけど、スナイプ(狙撃)は護身のためにって5歳のころからパパに教わってまシタ」

「はぁ?護身に狙撃を教えるって、ロシア人は普段何と戦っているんだ」

「普通は500mの標的を使うのデスが、的が近すぎてかえってやりにくかったデス」

 

その時、オバちゃんが泣きそうな顔してアンナちゃんが取った7つの景品を持ってきた。

「私たちなんか人買いみたいね」

「ボク、やっぱりいらない」

「・・・・・熊のぬいぐるみ欲しかったのではないのか」

「そうなんだけど、よく見ると熊なんだかキツネなんだか狸なんだかわかんないもの。かわいくない」

「アンナちゃん、これいらないならお店に返しちゃっていい?」と陽太君が言った。

「いいデスよ。その代り私にコレくだサイ」と言って颯太君が落とした人形を手に取った。

 

「ソータ、私これ欲しいデス。いいデショ?」

「おお、もちろんかまわんぞ」颯太君のご機嫌は完全に治ったようだ。


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