これが土屋家の日常   作:らじさ

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第10話

温泉から上がると既に食事の用意がされていた。鍋を中心にして、それぞれの席に天ぷらや刺身、鮎の塩焼きに茶碗蒸しなどが並んだ豪華なものであった。

だが兄弟3人は部屋の片隅に集まって、浮かない顔で何やら相談を始めた。

 

「鍋か、マズいな。愛ちゃんが手を出さなければいいが」

「・・・・・この状況であいつが張りきらないハズがない」

「いくら愛ちゃんでも、どうやったら鍋を不味く作れるんだ?」

「・・・・・甘いな。あいつの場合、隠し味と称してウスターソースを一壜くらいはブチこみかねん」

「目の前で入れて、隠し味もヘッタくれもないだろう」

「・・・・・そんな細かいことに頓着する奴じゃない」

「何とかしろ、康太」

「・・・・・何とかしろと言われても。そもそもあいつには、俺の話を聞くという機能が搭載されていないのだ」

 

女性陣はご馳走を前に盛り上がっていた。

「早く食べようよ。ボク、お鍋得意なんだよね」などと言う少女の不穏な発言が聞こえてきた。

 

「・・・・・鍋に得意も不得意もあるか」

「こうなったらしょうがない。康太、お前愛ちゃんに大事な話があると言って隣の女部屋に連れ出せ」

「・・・・・それでどうするのだ?」

「そして、「アンナのことが好きになったので別れて欲しい」と言え」

「・・・・・兄貴たちの「人を犠牲にしても自分だけは助かろう」という行動原理は、何とかならんのか?

それにそんなことしたら、愛子が修羅と化して全員鍋どころじゃなくなるぞ」

「ちっ、しかたねえな」颯太はそういうと、ご馳走を前に浮かれまくっている少女に声をかけた。

 

「愛ちゃんもうちに来るようになってから長いよなぁ」

「えっ?颯太君いきなり何の話ですか?それより早くお鍋しましょうよ、お鍋」

「まあまあ、そう慌てるな。愛ちゃんにはいままでに色々な料理を作ってもらったなぁ・・・・・」

思い出したくもなかった料理の数々が脳裏によみがえる。干物入りシーフードカレーやらアルデンテ野菜炒めやら。

「はあ、まあボク割と料理は得意ですから・・・・・」

「グッ、・・・・だが、我々としては、愛ちゃんに次のステージに進んでもらいたいと思っている」思わずツッコミたくなるのをこらえて颯太は続けた。

「次のステージって何ですか?」何を言いだすのやらこの男は、という訝しげな目で少女は見つめた。

「つまりキャプテン、司令塔になってもらいたいんだ」

「えーっと、その話は食後に聞くとして早くお鍋食べましょうよ、お鍋」

 

「そう、そのお鍋の話だよ」颯太は構わず続けた。

「お鍋のキャプテンって意味がわかんない」

「つまり、サッカーで言えば10番、ラグビーで言えばスタンドオフ、バドミントンで言えば後衛だ」

「最後は司令塔関係ないんじゃ?」

「つまり愛ちゃんには、試合、いやこの場合は調理全体を司令塔としてコントロールしてもらいたい」

「つまり・・・・・?」

「鍋の命は何か?それは火加減だ。考えなく煮たたせると素材の味を殺してしまう。

煮立たせず、しかしちゃんと熱が通るように火加減をコントロールして欲しい」

 

「そんな大役、ボクには無理です」

「何を言うんだ愛ちゃん、君なら、いや君にしか任せられない大役だよ」

「でも・・・・・」

「愛ちゃん・・・・・」颯太は愛子の肩を掴んで言った、

「諦めたらそこで試合終了だよ」

少女に取ってその言葉は座右の銘。そして殺し文句だった。

「わかりました、ボクやります。やり遂げてみせます」少女の瞳に使命感に燃え盛る炎が見えた気がした。

 

「(かなり壮大な話に聞こえたが、要するに手を出さずに火加減だけ見てろってことだろ、今のは?)」

「(・・・・・この短時間でよくあんなヨタ話が思いつくな、あの男は)」

「(まあ、あの5馬鹿同士で常に切磋琢磨してるからなあ)」

「(・・・・・だが、あの話で丸めこまれるのは愛子ぐらいだと思うのだが)」

 

大騒ぎでやっと食事が始まった。愛子はじっとカセットコンロを睨みながらつまみをひねったり戻したりしていた。

鍋も煮立ってみんながワイワイとやってる時に、スッとアンナが立ち上がった。

 

「どうしたアンナ、さっさと喰え。日本の鍋だぞ」颯太が言った。

「はい、美味しいですケド、一味足りまセン。ちょっとキッチンに行って調味料もらってきマス」とアンナは答えた。

「ちょっと待って、アンナちゃん。それってまさか・・・・・」陽太が恐る恐る尋ねた。

「ハイ、ココアパウダーとお味噌です」ロシアン少女はにっこり笑うと、入口に向かって歩き出した。

 

颯太が慌てて叫んだ。「陽太、アンナを止めろ。このままじゃせっかくの鍋が、ボルシチ風闇鍋になっちまう」

 

「ちょっと待つんだ、アンナちゃん」

「なんデスか?」

「鍋をもっと美味しくしようと言う君の気持ちは嬉しい。だが、あのレシピは君のお母さんが久しぶりに会えたお父さんのためだけに作った秘伝のレシピじゃなかったのかい?」

「そうデス。パパがアフガンから帰ってきた時に作ったそうデス」

「なら、こんなところで気軽に出すべきじゃない。君の愛する人「だけ」に食べさせてあげるべきだよ。それでこそ破壊力、いや愛情も示せると言うもんだよ」

「そうか、そうですヨネ」アンナは納得して席に戻った。

 

「(ねぇ、今の陽太君の言葉は、あれはお兄さんだけに食べさせろっていう意味に聞こえたんだけど)」由美子が康太にそっとささやいた。

「(・・・・・いや、まぎれもなくそう言ってたんです)」

 

しょせんは陽太も颯太の兄弟なのであった。

 

 

 


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