これが土屋家の日常   作:らじさ

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第11話

夕食が終わるとボクたちは、また別な温泉に入りに行った。今度は男湯と女湯が少し離れていたので、4馬鹿の覗きを心配することなくゆっくり温泉を堪能することができた。

湯上りに機嫌よく3人でキャアキャアと笑いながら部屋に戻ってくると・・・・・男部屋との間の襖が全部外されていた。

 

「よお、偶然だね。愛ちゃん。君たちもこの温泉に来てたのかい」

男部屋に敷かれた布団の上に胡坐をかいて悠々と座っていた4馬鹿の一人Atsushiが白々しく言った。風呂場であれだけ大騒ぎしておいて、ボクたちに気づかれていないと思える神経の太さだけは認めてあげよう。

「ええ、皆さんも「偶然」この温泉に来てたんだね。奇跡的だなぁ」思いっきり皮肉を込めてボクは答えた。

「うむ、急に温泉に入りたくなってな。みんなで来たのだ」Gonが言った。 

「(ああ、このバカ共に皮肉など通じないと分っていたのに・・・・・)」ボクは頭をかきむしった。

 

「そうですか。ところで気のせいかも知れないけど、ボクたちの部屋の襖が外されているような気がするんだけど」だんだんと言葉にトゲが生えてくる。

「うん、愛ちゃんの視力は正常なようだ。これで襖が見えていたら眼科に行かなきゃならんところだ」とYouが平然と言った。

なんでこの連中は、人の神経を逆なでするのがこんなにも上手いのだろうか。

 

「一体、どんな偶然があれば部屋の襖が勝手に外れるのさ?」言葉に生えたトゲの数が増えていくのが自分でもわかる。

「ふふふ、せっかく温泉にきたアンナちゃんに、日本の伝統の枕投げを経験させてやろうと思ってな」Atsushiが笑って言った。

「あんた10秒前に会った時に、「偶然だね」って言ってたでしょうが」ボクはこの連中のバカさ加減に頭が痛くなってきた。

「うむ、夕方ロビーで君たちを見かけてな。その時は挨拶できなかったからさっき挨拶をした。

だからアンナちゃんが来てるのも知っていた」Atsushiはドヤ顔で言った。

「くっ悔しい。こんなバカに言い負かされた・・・・」ボクは拳を握りしめてプルプル震えた。

「愛ちゃん心の声がダダ漏れになっているよ」Atsushiが親切げに言った。

「聞こえるように言ってるんです」なんだかなきたくなってきたのはどうしてだろう。

 

その時、颯太君たちが湯から戻ってきた。

「わっ、何だこれ」

「兄さん達、人の部屋でなにくつろいでるんですか?」

「・・・・・愛子、何だかよくわからんが、その拳をゆるめろ」

 

ボクは3人にこれまでの事情を説明した。

 

「ロクなこと考えねぇな。ところでお前ら、部屋には鍵がかかっていたはずだが一体どこから入ったんだ?」

「洋介の鳶のバイト経験を活かして、窓からだ」

「窓って、ここは3階だぞ」

「ふっ、舐めるな。親方にバンドなんか辞めて鳶になれとスカウトされた俺だぜ」Youが胸を張って言った。

「いや、洋介兄さん。それ立派な犯罪ですから。部屋間違ってたらどうするつもりだったんですか?」

「一応、荷物を開けて確認はした」

「康太、警察に通報しろ」

 

「あの~、ソータ」アンナちゃんがおずおずと言った。

「ん、どうしたアンナ。用ならこいつらを警察に引き渡した後でゆっくり聞いてやるぞ」

「私、枕投げやってみたいデス」

「はぁ、こんな連中かばわなくていいんだぞ」

「いえ、やはり修学旅行では枕投げをしナイと。私が読んだマンガでも必ず・・・」

「また、そのパターンか。修学旅行じゃねぇと言いたいとこだが、せっかく日本に来たんだ。楽しんでいけ」

 

「・・・・・で、何で俺まで参加せにゃならんのだ?お前らで勝手にやれ」

「何を言う颯太。タコ&ライスvsヨメーズ&ムコーズの5対5の勝負だ」とAtsushiが言った。

「篤兄さん、そのムコーズって何なんですか?」

「ん?お前と康太のユニット名だが」

「ムコーズじゃないし、大体何のユニットなんですか」

「なに?婿の複数形はムコーズでいいはずだが」

「またそれなの。本当にセンス無さすぎ。それでどうやって作詞担当してるのさ」

恐ろしいことに、Atsushiはこのセンスの無さでタコ&ライスのほとんどの曲の詞を書いているのだ。

 

「ふふふ、愛ちゃん。作詞には秘訣があるのだよ」

「ロクでもないことしか言わない気がするけど、一応聞いてあげるよ。どんな秘訣なのさ」

「心にも無いことを書く!」どうだと言わんばかりに胸を張って答えるAtsushi。

「ああ、何でボクこんな連中のファンだったんだろう?」ボクは過去の自分を思い切りグーパンチしてやりたくなった。

 

「ファンだったってことは、今はファンじゃないってことか?」Guu君が不思議そうに聞いた。

「何でそこで不思議に思うのか、ボク全然わかんないんだけど」

「馬鹿だな、剛二。今はうちの二代目カスタネッターにしてバンドメンバー009だからファンじゃないと愛ちゃんは言いたいんだよ」

「Atsushi、全然違う。ボクわかったんだよ」

「ん、なにがわかったんだい、愛ちゃん」

「ボクの好きなタコ&ライスは、CDの中にだけ存在するバーチャルバンドだって」

「じゃ、俺たちは何ものなんだ」

「あんた達は、タコ&ライスのパチ物コミックバンド」

「そっそうだったのか」

「なに納得してんだ、お前は」颯太君が呆れたように言った。

「いや、否定しようと思ったんだが、その根拠が見つからなくてな」

 

こいつらのファンだったことは、ボクの黒歴史として心の奥底に封印しておこう。

 

 


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