これが土屋家の日常   作:らじさ

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最終話

「ふ~」露天風呂に浸かって手足を伸ばし、大きく息をついた。大騒ぎだった枕投げは、愛ちゃんが篤を10分ほどボコって満足した後に終わった。

「あいつも昔から好意を持った相手に過剰にちょっかいを出して、嫌われて傷つくというパターンをずっと繰り返してきたんだから、いい加減に懲りればいいのに」とは思うのだが、メンバー全員似たり寄ったりの不器用な連中だから意見することもできない。

さすがに愛ちゃんほどストレートな行動に出た子はいなかったけど、あの娘は後を引く子じゃないので、いいケンカ相手になるだろう。

 

あの娘が家に来るようになってから、本当にいろいろと変わったなと今更ながらに思った。

 

空を見上げてみた。空いっぱいに広がっているんじゃないかと錯覚するくらいに大きな月が出ていた。

 

「月か・・・・・」そう言えば高校の国語の授業で先生から夏目漱石と月の話を習ったことをふいに思い出した。あの時は妙に感動して、自分がその立場になったら絶対に使ってみようとか思ってたなと思いだした。今のところ全然その予定はないんだけどなと自嘲して笑った。

 

しばらくして入口のドアが「ガラっ」と開く音がした。背中を向けて月を見ていたから分からないけど、こんな遅くに入る物好きな奴が自分以外にもいるんだなと思った。

 

「ソータ、一緒に入っていいデスか」

「Fa▲※w♪¥・>xpE・・・・・」

「落ち着いてくだサイ。日本語どころか人類の言葉じゃなくなってマス」

「なっなっ何でおっお前がここに・・・」

「眠れなくって散歩していたら、ソータがここに入るのを見かけたノデ、一緒に入ろうと思って準備してきまシタ」

「こっここは、男・・・」

「はい、男湯ですケド、遅い時間だから他に誰もこないと思いまシタ」

「ひっひっ人が、はっはっ入って・・・」

「他の人が入ってきたらその時は、その時デス。それにバスタオルも巻いてマスから大丈夫デス」

「それを先に言え」

「なんでそんなに態度が極端に違うんデスか」

「いや、裸かと思って色々と動揺したのだ。もう、入ってきたんだ、ゆっくり楽しめ。だが俺の方を見るなよ」

「わかりまシタ」

二人はしばらく静かに温泉の中に座っていた。

 

「なあ、アンナ。なんでお前日本に来んだ」

「日本が好きだからデス」

「漫画やアニメのためか」

「いえ、Shuのためです」

「Fa●※λ♪$c&<>:・・・・・」

「ダカラ地球語を喋ってくだサイ」

「くっ詳しい事情を聞こうか・・・」

 

アンナはしばらくためらってから言った。

「ソータ・・・」

「何だ」

「私、キレイでショ」

「凄い自信だな」

「そういう意味じゃありまセン。私、小さい頃からずっとそう言われてきまシタ。でも私は自分の顔が大嫌いデス」

「なぜだ。美人はいいことじゃないか」

 

「無表情なのと合わせて冷たく見えるといって、私、小学校中学校と友達いませんでシタ。パパは出張が多くて、私は家でずっと一人でシタ。高校の時にネットで偶然にタコ&ライスの「Heaven, place you are」の動画を見つけまシタ。ロシア語の歌詞もついていて、「君がいるところが天国だと気づけ」という歌詞に衝撃を受けまシタね。私、何回も何千回も聞きました」

「そっそうか、そんな感動秘話があったのか(・・・篤のバカが好物のお好み焼きをみんなで喰いに行った時にお好み焼きがうまかったので、感動の余りに書いた詩とはとても言えんな)」

 

「Shuの歌声が私に語りかけているように聞こえまシタ」

「美人には美人の苦労があるのだな」

「ある時に教室でHeaven, place you areを口ずさんでいたら、ユーリーという女の子が「それタコ&ライスだよね」と声をかけてきて私たちは友だちになりました。でも当時、ロシアではマイナーで私たちはSNSで仲間探して。友達いっぱいできました」

「ふむ」

「それから一生懸命に日本語を勉強して日本にきました」

 

「なるほどなあ」と空を見上げると大きな月が出ていた。これはチャンスか?

「アンナ」

「何デスか?」

「つっつっ月がとても、きっ綺麗ですね」

「・・・・・・・・」

(ふふふ、ロシア人には理解できまい。これを練習としていつか本番を・・・)

 

ポチャと湯の音がしてアンナが立ち上がった。そして颯太の横に座って、頭をちょこんと颯太の肩にのせた。

 

「こうしていてもいいデスか」

「ふっ、なっ何を言うのかね、アンナ君。僕は大人だよ。これくらいどうってことなっないさ」

「とても動揺してイルように見えマス」

「気のせいだ」

「モウ一度言って下サイ」

「もう一度、何を?」

「さっきの、月のことデス」

「ああ、「月がとても綺麗ですね」」

「そうデスね・・・・・」アンナは真っ赤になって答えた。

 

「じゃ今度は私がいいマス。「ソータ、月がとても綺麗デスね」」

「・・・・・」

「返事」

「あっああ、そうですね」

「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・」しばらく沈黙が続いた後で、アンナが嬉しそうに言った。

 

「・・・・・ソータ」

「何だ」

「私、今学校で夏目漱石を習っています」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・何だって(タラリ)?」

「いろいろな話を聞きました」

「そっそれはよかったな」

「私、とても嬉しいデス」

「・・・・・きっ君が何を言っているのか分からないよ、アンナ君」

 

温泉の中に二人並んで座っているのを月は静かに照らしていた。

 

 

・・・・・・翌日、帰りの車の中

 

「いや、さっきからお前が何を言っているのか全く分からないのだが」

「だから何時ロシアに行くのかと聞いていマス」

「何で俺がロシアくんだりに行かなきゃならんのだ」

「結婚前に親に挨拶するのは常識デス」

「なんで結婚という話になっているのだ」

「ソータ、昨日プロポーズしてくれまシタ」

「そんなもんした覚えはねぇ」

「嘘ついても私知ってマス。月の話は日本古来のプロポーズの言葉ダト」

「・・・・・そんな意味じゃねえ」

 

「それに私もう、パパにメールしまシタ」

「何だその無駄に豊富な行動力は、あのムチャクチャな親父に言ったのか」

「ハイ、パパも大喜びしてくれまシタ」

「そっそうなのか」

「その証拠に「ソータに伝えろ」とお祝いのメッセージを預かってマス」

「嫌な予感しかしないが、とりあえず言ってみろ」

「「俺の屍を乗り越えていけ」と伝えろと言われました」

「それはお祝いのメッセージじゃねえ。死亡フラッグだ」

 

結局帰り道も延々とこの調子で騒がしい2人なのであった。

 

 

 


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