逃がさないスズカと逃げるマヤと逃げられないトレーナー 作:エアジャガーる
「ねぇ、フクキタル?1/100スケールじゃないの?」
「はいっ!100/1です!『超ビッグチャァアアアンスッ!!!ゴールデンたい焼きちゃんを確保せよッ!!!!100/1スケールッ!!!!!』(正式名称)です!」
1/100と言いたかった……わけではなく、どうやら本当に100倍の大きさになっているらしい。
どこにこんなものがあったのか、いや、おそらくごみや……もといマチカネフクキタルの寮の部屋から持ってきたのだろう。
同室のウマ娘がよく逃げ出さないな……と思う惨状のマチカネフクキタルの部屋なら、こんなトンチキなものがあってもおかしくない。
それよりも、今はこれをわざわざマチカネフクキタルが持っていることのほうが大事だ。
このマチカネフクキタル、ラッキーアイテムと称してよくわからないものを蒐集するのと平行して同じくらい困った癖がある。
「フクキタル、その金の鯛をなんで持ってるの……?」
「ふっふっふ……よくぞ!聞いてくれました!」
言うなり、金の鯛がジャンプした。
いや、重すぎてずり落ちかけたのを持ち上げ直しただけだ。
「私、次の模擬レースの出走リストでたまたまスズカさんの名前が見えた瞬間にズピィイイイイインッ!!!と頭に衝撃が走りましたッ!これはまさにッ!天啓ッ!!このマチカネフクキタルッ!!!スズカさんに天下無敵の超幸運を届けよッ!!!これがシラオキ様からのッ!!!使命であるッ!!!とッ!!!」
勢いが凄い。
そして金の鯛がゆらゆら迫ってきて、圧が強い。
マチカネフクキタルの悪癖から、この先の言動が予期できる。
「シラオキ様からの天啓で、急いで部屋に戻りましたところッ!扉を開けた瞬間にこの『超ビッグチャァアアアンスッ!!!ゴールデンたい焼きちゃんを確保せよッ!!!!100/1スケールッ!!!!!』が私の胸に飛び込んでくるではありませんかッ!心を打たれましたッ!!私の使命を共に受けたラッキーアイテムがッ!!!ここにあるとッ!!!!」
サイレンススズカの中で、ゲートが開いた!
「そ、そう……あ、私は用事が……」
サイレンススズカはそう言って椅子から立ち上がるも。
「待ってください!スズカさぁああんッ!不肖マチカネフクキタルッ!!この『超ビッグチャァアアアンスッ!!!ゴールデンたい焼きちゃんを確保せよッ!!!!100/1スケールッ!!!!!』を受け取って頂きたくぅううッ!」
マチカネフクキタルが言い切るより早く、サイレンススズカは走り出した。
モチコミゴミキタルと化したマチカネフクキタルからは逃げるに限る。
あんな粗大ご、もとい巨大な置物を受け取ったら部屋が大変なことになる。
いくら今は1人部屋とはいえ、あんなもので部屋を埋めたら寮長に怒られる!
どうせならランニングマシンとか置いた方がずっと嬉しい!
「お待ちをぉおおおおおおおっ!!!」
走り出したサイレンススズカの後ろを、虚ろな目をした金色の尾びれから足が二本生えた巨大な金ぴかのたい焼きが横向きに追い掛ける。
「む……おい、スズカ!廊下を全力で走るな!」
「ごめんエアグルーヴ!今は許して!あとそこから逃げて!」
廊下ですれ違ったエアグルーヴを避けて走り抜ける。
廊下にいる他の生徒を横に跳ねながら避けて、走り抜ける。
モチコミゴミキタルはその後ろから物凄い足音で走ってくる。
「お通しをぉおおおおおおッッッ!!!シラオキ様ァアアアアアッ!!!マチカネフクキタルはぁああああっ!!!今、託された使命をぉおおおおおおおッ!!!」
「なっ!うわっ!!!なんだ!?って、こらっ!!!マチカネフクキタルっ!」
「女帝殿ぉおおおおおおおッ!!!今の私はァアアアアアッ!!!止まれませんからぁああああっ!!!スズカさァアアアアアんッ!」
「ということがあって……」
「で、この部屋はさながら名古屋城の資料館みたいなことになった、と」
トレーナーは部屋の真ん中、長テーブルだったものの上に鎮座する金色の鯛……もといたい焼きのオブジェに溜め息を漏らす。
長テーブルだったもの、と過去形なのはこの粗大ごみを上に載せた瞬間にグシャアアッ!と足と天板が折れて潰れて使い物にならなくなったらしい。
ちなみに当のこれを持ち込んだモチコミゴミキタルもといマチカネフクキタルは別室でエアグルーヴにコッテリと絞られている最中とか。
「学園の中で、他に置く場所がなくて……帰る時に部屋に持って行くので……」
見るからにしょんぼりとしているサイレンススズカをさすがに放っておくわけにもいかないか。
トレーナーは助け船を出すことにした。
「寮の部屋に置いとく場所はないだろう」
「今は1人部屋であまり物がないので、とりあえず置いておくくらいなら……」
「どうせここは、物置にもなってない部屋だ。とりあえずここに置いとけばいい。わざわざこの部屋に出向いて来るのは僕と遊びに来るマヤと君くらいなものだ。僕のデスクの場所だけ開いてれば構わない」
「でも、他の人に……」
「他の人が来ないから別にいい」
「え?だってトレーナーさん、他のウマ娘のトレーニングとか……あれ?そういえば私とマヤちゃん以外のウマ娘は……?」
そういえば、トレーナーが他のウマ娘を指導しているのを、サイレンススズカは一度も見ていない。
「いないよ、誰も。そもそも僕は誰もスカウトしていないし、誰とも契約もしていない」
トレーナーはそう言いながら、ロッカーに脱いだジャケットをしまって靴を履き替える。
トレーナーにとっては今更な、サイレンススズカにとっては異常な状況を初めて共有した。
※マチカネフクキタルはこんなたい焼きちゃんを持ってる状態でサイレンススズカをガチで引き離されずに追い掛けています。