逃がさないスズカと逃げるマヤと逃げられないトレーナー 作:エアジャガーる
「しくじったな!」
ジョバンニスコールがそのまま内からやや膨らみ気味にコーナーを抜けてストレートに飛び込む。
クロノステイシスはスピードを上げて内を空けてラインを外に大きく膨らませた。
明らかなオーバースピードだ。
内を空けたのをエアグルーヴは見逃すハズがない。
エアグルーヴはクロノステイシスの内から進出した。
あとは先頭のジョバンニスコールだけ。
そのハズだった。
「くっ……ふぅ……ぅっ……」
エアグルーヴの脚が伸びない。
クロノステイシスを隣にしたまま、それ以上のスピードが出ない。
下り坂で、勢い以上にバランスの維持に体幹が持っていかれる。
ジョバンニスコールが外にずれる。
エアグルーヴもその外から抜きにかかろうとしたところで、隣のクロノステイシスが粘る。
外に出られない。
前にも進めない。
こんなところで、身体がうまく動かないとは。
登り坂はすぐそこ。
そこに来れば踏ん張って加速出来るか?
エアグルーヴは隣のクロノステイシスよりも前に出続けることを選んだ。
ジョバンニスコールを抜くのは登り坂で内から、と決め打ちした。
『後ろから外を回ってウオッカが迫る!バジュラファングが内を並んで鍔迫り合いだ!リシャーデンポートはクロノステイシスの後ろに付ける!仁川の舞台最後の登り坂に入った!リシャーデンポート、ここでエアグルーヴの内から差しに行く!』
ジョバンニスコールが登り坂で外によれて、開いた内を差しに行こうとした瞬間、エアグルーヴの内側にリシャーデンポートが入り込む。
外側のクロノステイシスはジリジリ下がりつつも、エアグルーヴの隣を粘る。
外から行くしかないか。
エアグルーヴが登り坂を踏み込んだ瞬間に、脚がよれた。
力が、入らない。
脚がもつれる。
バランスが崩れる。
なんとか踏ん張り、前に転がるように進む。
しかし、減速は避けられない。
リシャーデンポートが前に出た瞬間、クロノステイシスが外から内に一歩入り込んだ。
前を塞がれた。
外からウオッカが差しに来る。
エアグルーヴが内に目を向けた瞬間、人影が抜ける。
「ここだぁああああああっ!!!」
『ダイワスカーレット!?ダイワスカーレットが内から!?空いた内からダイワスカーレットが貫いてきた!気付いたリシャーデンポートもかわして!内をダイワスカーレットが抜いた!ジョバンニスコールまであとわずか!爆発的な末脚だ!このまま差し貫くのか!?大外からはウオッカだ!』
行かせるか!
リシャーデンポートがダイワスカーレットに気を取られ、わずかに空いた隙間にエアグルーヴはネジ込みにかかる。
しかし、クロノステイシスがそれに気付いて内を閉めにかかり、リシャーデンポートの後ろに引っ掛けられる。
クロノステイシスの外を、ウオッカが抜けていく。
ダイワスカーレットの姿が、見えなくなる。
その瞬間、口から息が出て、入ってこない。
息が出来ない。
脚が動かない。
自分のスピードで投げ出された慣性のまま進んで、そしてゴール板に届かないまま、脚が動かなくなる。
エアグルーヴはほとんど歩くような状態でゴール板を抜けた。
後方から数多のウマ娘に抜かれながら。
「私、行きますね……」
「ああ、待ってくれ。俺達も行く」
ホオヅキが立ち上がったのに併せて、ハルヤマとサンジョーも立ち上がる。
ウオッカは外に広がり過ぎた先頭集団を差し切れずに3着、ダイワスカーレットは最終コーナーからの直線を一人分だけ空いた内を一気に貫いて全員を差しきっての1着。
ダイワスカーレットを追走しても、リシャーデンポートに塞がれていただろうことは間違いなく、サンジョーとしては今回のウオッカの3着に問題はないだろう。
問題はエアグルーヴだ。
最後の最後に完全に大失速して、走るのをやめてしまった。
ハルヤマは敵ながら同情する。
今回、1番立場がない負け方をした。
掲示板を本当に外すとは思わなかった。
「なぁ、ホオヅキ。このレース展開を読んでたのか?」
「……いえ、彼女は私の予想よりずっと強くて……想像よりずっと好走しました……確かに、新人トレーナーの出る幕はなさそうです……」
ホオヅキは控えめに、にこりと笑う。
ホオヅキはエアグルーヴとの賭けには勝ったハズだ。
「次は自分の手で勝たせるとか、思わないのかよ」
「あの体調でもなんとか走りきれた……普段の彼女なら、きっとあそこから勝ってます……私に何かする余地なんて、きっと何処にもありませんよ……」
ホオヅキの口振り、それでハルヤマはようやく思い出した。
あの野郎とまるっきり同じじゃねぇか。
なんでこんな新人が出てくるんだ、クソッタレ。
わざわざ構いたくはねぇけど、気付いたからには仕方ねぇ。
これが三女神とやらの思し召しだと言うなら、かなりの悪趣味だ。
ホオヅキの細い撫で肩を掴んで振り向かせる。
振り向かせた勢いでメガネがずれて、鼻先までずり落ちる。
「あるに決まってんだろ。やれること!お前しかいねぇんだよ!女帝の不調に気付いて心配してやれるのも、女帝が素直に言うことを聞く人間も、お前しかいないだろ!」
「彼女は自分で気が付くハズです……エアグルーヴは、ここで気付かないような愚才ではありません!」
「そうだとしてもだ!自分の欠点やら落ち度なんてのは、人から言われなきゃ心からは納得出来ねぇんだよ!エアグルーヴの頬を張ってでも彼女を軌道に戻せるのは、お前しかいないんだよ!」
安田ハッピー!おおっ!(^ω^ ≡ ^ω^)おっ!