逃がさないスズカと逃げるマヤと逃げられないトレーナー   作:エアジャガーる

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今回はショッキングなシーンがあります。


駆け付けた者達

「さて、今日の僕はどっちにも肩入れ出来ない立場だ。勝ってこい、と言い出せないのを許してほしい」

 

 パドックに送り出す直前の地下通路。

フユミは軽く頭を抱えながら、サイレンススズカとマヤノトップガンを見送る。

 

「うん、大丈夫だよ!」

 

「はい、勝ってきますから」

 

「あっ!マヤが勝つもん!」

 

「言っておくが、君達二人だけが相手じゃない。さ、どっちが勝っても言いっこ無しだ。いいレースをしてきなさい」

 

 フユミはパドックに向かうサイレンススズカとマヤノトップガンに手を振る。

隣でタイキシャトルがジト目でフユミを見る。

 

「なんだ、タイキ」

 

「スズカとマヤ、トレーナーさんはどっちが勝つと思ってマスカ?」

 

 サイレンススズカとマヤノトップガンがパドックに出たのを確かめて、観客席に向かってある程度歩いたところで、フユミは一言だけ言う。

 

「スズカ」

 

「なぜデスカ?」

 

「二人のシューズの靴底を見たから、かな」

 

「靴底?」

 

「タイキ、自分の普段履きのシューズの裏を見たことは?」

 

「hmm……タッチが違う感覚がした時にチョットダケ……」

 

 階段を登り、観客席への通路に出て席を取る。

タイキシャトルはフユミの右側に座る。

いつの間にか自然と決まった定位置らしく、フユミもそこには別に何も言わない。

 

「トレーナーってのは、靴底を見ればあらかた、日頃からどう走ってるかわかるものなんだ。想定通りの走り方なら、想定通りの削れ方や汚れ方をする。だからって靴底の状態を作るための走り方をしたらそれはそれで、他の要素でわかるけど」

 

「つまり靴底はショージキモノということデスカ?」

 

「本人の口より雄弁なことはいくらでもある。もちろんそれだけではないけど」

 

 座ったあとにフユミは、少し落ち着かない感じで足を揺する。

リズム感のない不定期な揺れ方に、タイキシャトルもさすがに気付く。

 

「トレーナーサン、膝がガタガタしてマス」

 

「ん、あぁ……そうだな。タイキ、おつかい頼まれてくれるか?ポップコーンのバケツが売店にあったハズだから、それ買ってきてくれ」

 

「オーケー、任せてクダサーイ!」

 

 タイキシャトルに小銭入れを渡しておつかいに行かせたあと、フユミは溜め息を吐く。

情けないところを見られたくない日だと言うのに。

まったく、こんな様子は外から見られたくないものだ。

乙名史記者とかが来る前に、しっかりといつもの自分に戻っておかねば。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし、レースには間に合ったわね!」

 

「まったく……レースの次の日に新幹線で東京に戻ったらそのまま中山まで来るとか、弾丸スケジュール過ぎるだろ……」

 

「アンタは別に来なくてもよかったのよ?これはアタシの用なんだから」

 

「俺だってお前のせいでスズカ先輩を相手にしなきゃならねぇんだから、用があるのは同じだろ!」

 

 ダイワスカーレットとウオッカが口喧嘩をしながら観客席を歩く。

その後ろには、肩を竦めたハルヤマとサンジョーが付き添っている。

チューリップ賞で走った翌日なので、本当なら府中にまっすぐ向かって休むほうがいいだろうに、ダイワスカーレットは中山に行くと言って聞かず、口論になったウオッカまでまんまと口車に乗って中山に行くことにしてしまったので、トレーナー二人は頭を抱えながら付き合うことにしたのだ。

ダイワスカーレットは勝利後のインタビュー会見などもあっただろうに、どこからそんなバイタリティーが出てくるんだろうか。

 

「あ、エアグルーヴ先輩……と、その前にいるのはホオヅキトレーナー?」

 

「よく知ってるな」

 

「あら、ホオヅキトレーナーは有名よ?見た目は気弱そうで守ってあげたくなる小動物なのに、中身は激辛毒舌怪獣冷血男で要注意って」

 

「激辛毒舌怪獣冷血男……男!?」

 

「そうよ?知らなかったの?」

 

「いや、あれ……男!?」

 

 遠巻きながらホオヅキのほうを見る。

小さくて撫で肩な線の細い背格好で、ジーンズ生地のジャケットにカチューシャで前髪全部まとめてデコ出し、どこに売ってるのかわからないようなコッテコテの縁まで太くてでかい丸メガネで、おどおどした態度で正論や暴論を少し掠れ気味なウィスパーボイスで畳み掛ける、ホオヅキトレーナーが男?

 

「どう見ても男じゃない。ボタンとか見ればわかるでしょ。着てる服、全部男物よ?肩幅足りてなくて更に撫で肩だけど……トレーナー、アンタまさか」

 

「いやいや、だってカチューシャ」

 

「あれ、最初は前髪下ろしてたんだけど、目が完全に隠れちゃって暗いからってどっかのクラスの生徒がふざけ半分でカチューシャにしたら思ったより似合ってたから、ってプレゼントしたらしいわよ。まさかアンタもデート誘ったとか……」

 

「してないしてない!」

 

 ハルヤマはうっかり口説いたりしなくてよかった、と心の底でヒヤヒヤしながら問い詰めるダイワスカーレットを懸命に宥める隣で、ウオッカとサンジョーは遠い目でホオヅキを見る。

 

「……あんなバリバリな格好してるのに、カチューシャ1つでかわいくなっちまう人って、いるんだな……」

 

「よかったな。お前は見た目までかわいい方に振りきれなくて」

 

「ああ、今まさに母ちゃんに感謝してる……おい、トレーナー!?」

 

「ウオッカにスカーレット?あとトレーナーサン2人?どうしてここに?」

 

 一瞬だけ納得したウオッカが、サンジョーの言ったことに気付いて問い詰めようとしたところで、ポップコーンのバケツを両手に抱えたタイキシャトルに後ろから話し掛けられる。

 

「あ、タイキ先輩!俺、カッコいいっすよね!?かわいいとかじゃないッスよね?」

 

「へ?hmm……」

 

 ウオッカに唐突に質問されて、首をかしげつつタイキシャトルは考え込む。

 

「悩まないでくれよ!タイキ先輩!」




※ほおずきの花言葉は「偽り」「まやかし」「欺瞞」です。

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