逃がさないスズカと逃げるマヤと逃げられないトレーナー   作:エアジャガーる

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ありふれた理由/His Cause

「トレーナーさん。あの、ここってチームの部屋……ですよね?」

 

サイレンススズカは改めて尋ねる。

質問の内容としては、「1+1=2ですよね?」レベルのものだ。

ロッカーは並んでいるし、まっさらなホワイトボードもある。

トレーナーのデスクもある。

備え付けのパイプ椅子も数は少なめだが畳まれて壁に掛けてある。

そこまで広くはない、六畳ほどの間取り。

何より、この部屋がある建物は他のチームの部屋も並ぶチーム棟だ。

 

「どのチームも使っていないから、チームの部屋という用途は果たしてないね。間取りと本来の用途で言うなら、チームルームになるだろうけど」

 

「トレーナーさんがここにいる、ということはトレーナーさんのチームの部屋……ですよね?」

 

「そのようなチームは存在しないから、僕のチームの部屋では、ないね」

 

「……マヤちゃんがいますよね?」

 

「マヤはサボってここに遊びに来ているだけだ。正直に言えば、君が遊び相手になってくれて助かっている」

 

「え、だってあれだけ走れるのに、このチームの所属じゃない……待ってください!ならあの子はとっくに他でスカウトされているハズでは?」

 

「そのチームの練習もサボってここにいるんだ。所在地がわかるだけマシ、トレーニングを指導しようにも模擬レースでクラシック級すら二度もレースで走ればマヤが勝ってしまう以上は、実力不足も指摘出来ない。何故か僕に懐いているから、とりあえず現状維持。つまり僕の担当ではない」

 

サイレンススズカは頭がくらくらしてきた。

では、ここにいたハズのウマ娘はどこにいるのだ。

 

この部屋がある以上は、かつてはここにチームで在籍するウマ娘がいたハズなのだ。

 

「1人は模擬レースで二着で大敗して挫折した。1人は僕の知らぬところで無理にトレーニングをして故障した。1人はそれを見てこの世界に夢を見なくなった。残ったのは夢の世界の語り部として置き去りになった僕一人。なんてことはない、この府中ではいくらでもありふれた日常だ」

 

さ、トレーニングに行こうと言うトレーナーの前に、サイレンススズカは立つ。

 

「待ってください」

 

この胸に、引っ掛かるものを確かめなければ。

サイレンススズカは一歩、トレーナーの前に踏み込む。

 

「私の模擬レースのあと、トレーナーさんはどうするつもりですか?」

 

「仕事内容について訊いているなら、トレセン学園の職員として肩を叩かれるまでは現状維持だね。クラス単位でのトレーニングの指導かな」

 

「誰か、特定のウマ娘の担当として指導するつもりは?」

 

「スカウト、という意味ならたぶんしないし、したところでまともな優駿をスカウトすることは叶わないだろう。まとめて三人の未来を摘んだトレーナーにスカウトされるウマ娘など、変人か、現実逃避か、後がないか、そのどれかだろう。スカウトを受けても、僕ならお断りだ」

 

肩を竦めるトレーナーに、サイレンススズカはイライラしてきた。

握った手に、力が入る。

 

「トレーナーさん、あなたは自分がトレーナーとして実力不足だと思ってますか?」

 

「今のところ、客観的には」

 

「その実力不足なトレーナーが、私を指導している、と?」

 

「昨日も言ったハズだ。今更、君に指導するようなところは僕にはないんだ。君が最初から自分の走りで勝てると自信を持っていれば、メイクデビューどころか既に重賞のトロフィーでベンチアップが出来ていただろう実力が、既に君にはある。そこに僕があとから手を出すのは逆に牛の角をためて殺すようなことにしかならない」

 

何をわかりきったことを、と言いながらサイレンススズカの隣を抜けようとするトレーナーの腕を掴んだ。

 

「私を助けるようなことをしたのは、何故ですか?」

 

「前に見た顔のウマ娘が、暗い顔で家出しているのを放置出来なかった」

 

「トレーナーとして?トレセン学園の一職員として?」

 

「どっちか、ではないよ。たぶん。トレーナーとしても、どこに走っていくかわからない家出したウマ娘のことは気になるし、職員としても看過する訳にはいかない。君を捨て置いたら、僕はいよいよトレーナー見習いですらないし、職員としての仕事も放棄してしまっている」

 

「……違う」

 

彼の腕を握る力が強くなる。

そんなことが聞きたいんじゃない。

 

「ならあれが、私じゃなくても……助けてくれましたか?」

 

「助けていた。あれが助けた内に入るなら」

 

トレーナーの望まぬ即答に、苛立ちをぶつけるように、サイレンススズカは握っていた腕を振り離した。

なぜ望まないのか、それはわからない。

彼は実際、トレーナーという職業精神とトレセン学園の職員としての責務に則り、ウマ娘のサポートに邁進しているというのに。

模範解答をしている彼に、どうしてこんなに苛立つのかわからない。

 

「先に、グラウンドに行きます」

 

サイレンススズカは出口に振り向き、部屋から飛び出した。

この苛立ちが、どうしてこんなに沸き立つのかわからない。

走っていれば、これも振り切れると思う。

とにもかくにも、あの部屋にあのままいたくなかった。

 

 

 

 

 

「……痛いなぁ」

 

トレーナーはぼやいた。

腕の掴まれていたところが、青アザになっている。

指を開いたり握ったりして、腕に痛みがないのを確かめる。

まぁ、あったとして病院に行けるわけもないのだが。

 

「……やっぱりトレーナーって、難しいな」

 

またウマ娘に泣かれた。

レースは多少わかる。

身体のことも多少わかる。

ダンス指導はまぁなんとかした。

所詮はその程度。

自分だけが出来ることなど、おそらくこの巨大な金のたい焼きほどもないだろう。

 

ひとまず、グラウンドに向かおう。

僕にだけ出来ることはないだろうが、僕でも出来ることをやらない理由はないから。

サイレンススズカを調子よく模擬レースに送り出すことくらいは、自分程度でもなんとか出来ると信じたい。




三人の名も無きモブ娘の話はしません!何故なら私は良バ場のほうがペンが走りやすいからです!あとがきは以上です!えっへん!
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