逃がさないスズカと逃げるマヤと逃げられないトレーナー   作:エアジャガーる

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明暗分かつ

「はぁ……はぁ……マヤノ!」

 

 トウカイテイオーはターフの端で脚を投げ出して座り込み、後ろに手をついて空を見上げながら息を整え、隣でぺたんと座り込み、汗だくで息を荒げたまま俯くマヤノトップガンに話し掛ける。

マヤノトップガンにはリベンジしたが、ナイスネイチャには負けた。

何より、サイレンススズカにアッサリと振り切られた。

本当の意味で勝ったとは言えないが、それでもマヤノトップガンにはなんとか競り勝った。

ナイスネイチャにはまんまと出し抜かれたけど、まだ五分だ。

今度の皐月賞では一着で文句無しに勝ってやる。

そう言い出したいのに、マヤノトップガンがずっと俯いているから切り出せない。

そうこうしている内に、サイレンススズカがこちらに来た。

 

「マヤちゃん」

 

 サイレンススズカが呼ぶ声に、マヤノトップガンがぴくりと反応した。

マヤノトップガンがゆっくりと立ち上がる。

脚をヨタヨタとさせながら。

そして、立ち上がる直前にふらりと横に倒れる。

トウカイテイオーも、サイレンススズカも、伸ばした手が間に合わない。

とさり、とターフの上で横に倒れたマヤノトップガンは目が虚ろで、脚も痙攣して、息も乱れていて、走ったあとにしてもおかしいほど汗だくで体操服とゼッケンがビタビタに濡れて貼り付くほどの大汗を今もかいている。

どう見ても様子がおかしい。

 

「どうした!?」

 

 マヤノトップガンのトレーナーとタイキシャトルが慌てて走ってきた。

サイレンススズカが手招きして、マヤノトップガンのトレーナーが彼女を抱え上げる。

力なく手足をだらりとさせて、胸元を上下させて、聴こえてくるほど荒い息をして、脚を戦慄かせる様子は、トウカイテイオーが見たことのないボロッボロのマヤノトップガンの姿。

マヤノトップガンのことをトレーナーが何度か呼んだあと、手首を取って脈を取りながら、掠れて途切れ途切れに何か話すマヤノトップガンの言葉を、マヤノトップガンのトレーナーは苦しげな顔で聞いている。

ようやく来た救護の担架に、マヤノトップガンのトレーナーは彼女の身体を預ける。

救護の人にマヤノトップガンのトレーナーはいろいろ引き継いで、頭を下げていた。

 

「タイキ、悪いけど」

 

「オーケー、マヤノの付き添いネ!終わったら迎えに来てクダサイネ!」

 

 タイキシャトルがマヤノトップガンを乗せた担架に付き添っていく。

追走して最後に競り合いになっただけでも疲れたのに、最初からずっとアタマで走っていたマヤノトップガンはどれほどのダメージだったのか……

考えるほど青ざめる。

マヤノトップガンはサイレンススズカの前で逃げ続けるという極限状態を続けた上で、最後の登り坂で競り合っていたのだ。

今度は、文句無しに勝てるくらい強くならないと、マヤノトップガンのライバルにはならないだろう。

まだまだ鍛えないと、とトウカイテイオーは決心した。

 

 急がないと皐月賞は、すぐに来る。

 

 

 

 

 

 

 

 

「スズカ、お疲れ様」

 

「はい……あの、マヤちゃんは」

 

「だいぶ無理をしたからな。軽度のひきつけ、過呼吸、発作的な不整脈……正確な診断を待つ必要があるが、まぁ、そんなところだろう。あとは医者の仕事だ。無事ならタイキから連絡がある、と思う」

 

 フユミは少し不安そうに耳を垂らすサイレンススズカの頭を撫でる。

フユミは出来るだけ表情を取り繕う。

もちろん、フユミはマヤノトップガンの状態を楽観視していない。

しかし、今のフユミにここで出来ることはない。

それより、サイレンススズカに余計な不安を抱かせたくない。

 

「弥生賞は予定以上の結果になった。これで堂々と桜花賞に挑める」

 

「トレーナーさん、どうして弥生賞を叩くことにしたのか……私は結局、未だに聞いていません」

 

 フユミがサイレンススズカを弥生賞に出すと言ったのは、朝日杯が終わったあとのこと。

マヤノトップガンの今回のワガママはあくまでも、弥生賞にサイレンススズカを出すことを決めたあとのことだった。

そこまでをサイレンススズカは、フユミから聞いている。

しかし、その理由を聞いていないのだ。

 

「そうだな……スズカ、強いウマ娘とか速いウマ娘とか……人は何を物差しにして言うと思う?」

 

「……レースの結果、ですか?」

 

「半分くらい正解だ。このレースの意味は、君が桜花賞に行くことで成立する。君は桜花賞をおもいっきり気持ちよく走れ。あとのことは、僕の仕事だ」

 

「はい」

 

「それと……今日の君は本当に速かった。僕の思っていた以上に」

 

「……っ!トレーナーさん!」

 

「僕は、君をこれからどこまで今より速く走らせてやれるのかわからない。君は、本当に速くなった。間違いなく、君は僕の思い描く最速のサイレンススズカに迫っている。だから」

 

「トレーナーさん、私はまだひとつもワガママを言ってなかったですよね」

 

 サイレンススズカはフユミの言葉を遮るように、約束のワガママを切り出した。

朝日杯の時のワガママを聞く約束、そして今回の弥生賞で勝ったほうが聞く約束。

サイレンススズカはこのふたつを、思いっきり使うことにした。

 

「……ああ、そうだな」

 

「ワガママを言いますね。今よりも速い私を、夢見てくれませんか?そして、私が全力で逃げなければ勝てないようなウマ娘も、育ててくれませんか?」

 

「スズカ、それ……」

 

「まずはマヤちゃんのこと、ちゃんと慰めてくださいね。マヤちゃん、トレーナーさんに見てほしくてワガママ言っていたので」

 

「スズカ、君のワガママは重たいな」

 

「こうでも言わないと、またトレーナーさんがいなくなりそうで。トレーナーさんはもう、私一人のトレーナーじゃないんですから」

 

 行きましょう、とフユミの手を取ってサイレンススズカが歩き出す。

行く先には、観客が集まるウィナーズサークル。

 

「私、気付いたことがあるんです」

 

「気付いたって、何に?」

 

「今まで、私は一人で走っているつもりでした。でも、このターフは、一人じゃないんです。トレーナーさんが送り出してくれて、誰かを追って、誰かに追われて、そして」

 

 サイレンススズカが観客席に向かって、小さく手を振る。

観客席からの歓声が沸き立つ中で、サイレンススズカは微笑む。

 

「誰よりも速く走って、こうやって応援されるのって、すごく嬉しいことなんだって……」

 

「……そうか。よし、次の桜花賞も頑張ろうか」

 

「はい」

 

 マイクを受け取ったサイレンススズカは、観客席の歓声に応えるように、一言だけ言う。

長々とした挨拶は思い浮かばない。

だから、ハッキリと言えることを言う。

 

「サイレンススズカです。桜花賞も、頑張りますね」




育成でGⅡ以下のレースをスキップ出来ない病気にかかったので更新遅くなります。

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