逃がさないスズカと逃げるマヤと逃げられないトレーナー 作:エアジャガーる
「ブルーマイカ?ああ、マイのことか。このウマ娘だろ?ずいぶん懐かしい顔だなぁ。ウマ娘が走っても問題ない靴を売ってる店はこの辺りじゃ少なくてね。初めは当時のウチにある靴を片っ端からまとめ買いしたのを覚えてるよ」
三年ほど前に南関東を中心にあちこちの野良レースを荒らしていた“プレアデス”が主に走っていたのは千葉の山道。
ウマ娘の全力の走りに耐えられるシューズなど、そこらで買えるものではない。
ましてや蹄鉄入りとなれば、尚更だ。
ならば、と月刊トゥインクル編集部の若手は片っ端からスポーツ用品店を回って、当時を知ってそうな者を探し尽くした。
ようやくビンゴを引き当てたのは、リストの2/3を潰した頃。
個人経営の小さなスポーツ用品店の店長……ではなく当時のバイトで今は社員になったらしい男が知っていた。
その社員の男が立つのは、店の中程から階段を下りた半地下にある、壁にずらりとシューズを並べた奥のシューズコーナー。
ここだけが、この店内で雰囲気が違う。
少なくとも、入り口から入ってすぐのトレーニングウェアを売ってるコーナーや、階段を上った先のバットやラケットを売ってるコーナーとは緊張感が違う。
そのシューズコーナーの主らしい店員に、ブルーマイカの写真を見せた反応が、これだ。
「靴をまとめ買い、ってどういうことっすか?」
「マイが本気で走ったら、ほとんどの靴が一回で壊れるんだ。靴の縫い目がベリッと破れたり、靴底が跡形もなく削れてたり、蹄鉄が粉々に砕けたりして、本当にあっという間に使い物にならなくなるんだ。圧巻だったよ。次の週末に壊れた靴をゴミ袋にまとめて入れて持ってきたマイが怒鳴り込んできたんだ。『どれもこれもなんなんだこのゴミは!まるで使い物にならないじゃないか!』ってね」
表向きにはただの小さな個人経営のスポーツ用品店だが、野良レースをしてるウマ娘の中ではここでの争いを御法度とするほど、重要視されている店だ。
ここに来て買えない靴は、どこに行こうが買えやしないというほどの品揃えを誇るらしい。
実際、シューズコーナーに入った瞬間に空気感が変わった。
ここより表にある普通のスニーカーとかでは満足出来ない、走ることへの執念がある者だけが、ここに踏み入るのだろう。
「それで、どうしたんすか?」
「仕方ないから、メーカーから取り寄せられる靴はもちろん、取り寄せ出来なくても他のツテで集められるだけマイの足サイズに合う靴を集められるだけ多くの種類、集めたんだ。結局、マトモに1レース耐えられる靴すらごくわずか。2回も走ればもれなくゴミ箱送り。そんな有り様だったから、これはもうメーカーに行くしかないだろう?って話になってね」
当時のマイの走り、見る?
店員にそう言われて若手が頷くと、ポータブルプレーヤーを出して、ディスクを再生する。
「コーナーのここからなんだよ、マイがヤバイのは。こんな走りをされたら、どんな靴だって耐えられないさ」
下り坂のコーナーに進入する月明かりで紺色に輝いて見える髪色のウマ娘が、おもいっきり頭を下げて走っている。
コーナーを曲がるというのに、そのスピードはまっすぐそのまま走るつもりかと思うほど。
こんなの、曲がれっこない。
映像だと言うのに、まっすぐこちらに迫るウマ娘に怖気を感じて後ろに引いてしまう。
突然、そのウマ娘の身体が一瞬だけ宙に浮いたかと思うと、横を向きながらザーッ!と何かが削れるような音と共にコケて滑っているんじゃないかというほどの角度で身体を倒してスライディングしたかと思うとそのままコーナーを急旋回して抜けていった。
残るのは、舗装された道路に黒く残る焼けたゴムの残りカスだけ。
「普通にやったら足首が逝くか、身体が跳ねて道路から投げ出されるか、そもそもそんな速度を出せないか……それを靴底の面積にかかる路面との抵抗と重心を動かす荷重操作で自前のトップスピードを制御してコーナーを滑ってほとんどカウンターを当てずに足裏を流してクリアしてるんだ。これを見た当時はシビれたねぇ……靴を使い捨てにするのも納得だった。靴底のグリップと耐久力がそもそもマイの走りに追い付かないんだ。いろいろ八方手を尽くして解決しようとしたけど、そもそも靴が耐えられなければお手上げ。仕方なくゴミ袋パンパンな量になった靴の残骸をメーカーに持っていくことにしたらしくてそれっきり。この店がこんな感じになったのは、当時の名残というか……何をどう間違ったか、変な噂になって自分にピッタリの靴を探しに来るウマ娘が集まるようになっちゃってね。せっかくだからって店長もこんなコーナー作って、バイトだった俺も正規の店員になっちゃったって訳さ」
「ブルーマイカがその壊れた靴の山を持っていったメーカーって?」
「んー、もう何年も前のことだからなぁ……メーカーも生産時期もバラバラな集められるだけの種類をまるごと全部持っていったし、メーカーをハシゴしたかもしれないなぁ」
「あぁ、そうだ。ブルーマイカがここに来ていた時に、この男は一緒に来てませんでしたか?この、後ろの銀色の髪してる男っす」
最初に店員に見せたブルーマイカの写真の後ろに写る、フユミらしき青年を指差す。
店員はじっと見たあとに、思い出したように話す。
「ん?んー……あぁっ!マイの荷物持ちに来てた奴だね。名前は知らないけど、黙ってマイの付き添いをやっていたよ。確か名前は……あー、悪いね。マイが名前呼んでたの聞いたことがないからわからない。マイが顎で使うどころか先回りして全部の雑用やっていたのと、レース前にマイの脚に念入りに靴を履かせたりしてたのは覚えてるよ」
「あの、その男と……この男って同一人物じゃないっすか?」
そう言って、月刊トゥインクルのインタビュー企画でも使ったフユミの写真を店員に見せる。
前回の記事の時の写真なので、ろくろを回しながら不敵に笑っている写真だ。
ブルーマイカのことはあくまでもヒントだ。
本命は、その後ろにいる当時のフユミらしき青年。
今回の調査も、つまるところはフユミに昔話をさせるための証拠集めなのだ。
「似てるけど、こんな顔するような奴だったかなぁ……いつも無表情で黙々と作業してる男だったから、声すら思い出せないんだよね。そういや誰だったんだろ、アイツ」
どうやらヒントはブルーマイカしかないらしい。
まずはブルーマイカが今はロードレースを席巻してる経歴不詳のウマ娘“スカイズプレアデス”であることを突き止めなくてはならない。
そのためにはブルーマイカが大量に履き潰した靴を持ち込んだメーカーを探さなければなるまい。
若手が向かう場所は、とりあえず定まった。
「悪いね、大した話が出来なくて」
「いえ、参考になりました。ではここで」
遅れを取り戻しますよー!バクシンッ!バクシーンッ!!!