逃がさないスズカと逃げるマヤと逃げられないトレーナー   作:エアジャガーる

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コーナーワーク

「メイクデビュー戦での芝1800の目標タイム1:55……今の君には欠伸が出るようなタイムだろうから、もうひとつ目標を置く」

 

「はい」

 

トレーナーがグラウンドに着いた頃、すでにコースを何周か走ったのか、サイレンススズカは少しだけ息が早くなっていた。

それでも返事は短く、それでいてトレーナーの話を聞いていた。

 

「1500……コーナーを出て最後の直線に入るポイント。そこでのラップタイムを1:20以内で通過するんだ。それが出来なければ最終的な目標タイムが1:45を切ったとしてもメイクデビュー戦は負ける」

 

「わかりました」

 

静かに頷いて、スタート地点に向かうサイレンススズカの背中を見る。

長い尻尾はそのまま下がっている。

耳も上に立っている。

落ち着いてはいる、と思うが抱えがちなのはわかっている。

サイレンススズカに本来の走りを取り戻させるには、ハイペースでのタイムアタックをさせつつ走るのが大好きだったという頃の気持ちを取り戻させるのが一番早い。

あとは、その走りをトゥインクルシリーズでも通じるレベルで可能にするフィジカルを身に付けさせる。

このふたつを押さえればクラシック級を荒らすくらいの走りはするだろう。

そこから先のトロフィーに繋がるかは、レースに絶対はない以上、考えるだけ無駄だ。

細かい指導のあれこれが全くないわけではないが、サイレンススズカのモチベーションに寄与しないので今は切り捨てる。

彼女は間違いなく頭より足のほうが賢いので、そういったことは走りの中にそれとなく仕込むほうがいい。

頭を使って走ったほうが強いウマ娘も多いが、サイレンススズカは足に任せるほうが間違いなく速い。

 

走り出して、最終コーナー。

内ラチギリギリを抜けようとするが、無意識でも姿勢の制御にやはり気を取られているのがわかる。

マヤノトップガンに内を抜かれて危うく差し切られるところだったのが、よほどトラウマになったのだろう。

強引な内ラチ攻めをして、それでタイムロスがある。

一度目は1:24、二度目は足が滑って1:33、三度目は足下に意識が取られ過ぎて1:26と結局、タイムは縮まらない。

 

「足は大丈夫か?」

 

「大丈夫です。まだ、走れます」

 

そう言うサイレンススズカの表情は少しだけ眉間に皺が寄っている。

息の荒れ具合を本人は隠しているが、肩で息をしないように封じ込めているせいで、胸板が大きく動いている。

 

「いや、休憩にしよう」

 

「待ってください!私は」

 

「まだ、走れます?」

 

「っ……はい!」

 

サイレンススズカが言いそうなことを試しに言ってみたら、本当に言うつもりだったらしい。

一瞬、顔をしかめたあと、いつもの優等生顔で返事をした。

眉間の皺は、深いままだったが。

 

「君はさっきから最終コーナーの内ラチをかなり攻め込んでいるようだが、理由は?」

 

「内ラチの隙で、マヤちゃんに差されかけたのでそれを……」

 

実際には上手く行っていないことに、サイレンススズカは自己嫌悪で黙ってしまった。

やはり頭で走っている時のサイレンススズカの走りは脆い。

 

「休憩前にもう一本だ。今度はタイムを計らないから走りやすいところを走ってこい」

 

「……はい」

 

不服そうだが、渋々スタート地点に向かう。

本人は態度を隠しているつもりだが、不満が尻尾に出ている。

そもそも目付きが鋭い。

さて、これでどうなるか。

サイレンススズカが離れてから、ストップウォッチを握り直した。

 

 

 

 

 

「……負けない」

 

サイレンススズカは決意を口にした。

次はタイムは関係無しに走りやすいように走れ、と言われた。

タイムがよくならないだけならここまで憤りはない。

自分が今より更に速く走ればいいだけだ。

最終コーナーが甘いと判断されたのだろうことも、自己責任だ。

だが、自分の限界点を勝手に見切りを付けられたのは許せない。

これ以上になれそうにないから今日はおしまい、と遠巻きに言われたのは受け入れがたい。

 

腹が立つ。

 

ほとんど八つ当たりのようにターフを蹴り、走り出す。

スタート地点からやや曲がり、もう何度と抜けたストレート。

ストレートにある坂を越え、一瞬飛んだ身体を足で芝を捉え蹴り更に前に飛び出し、加速していく。

第二コーナーはまだ加速最中で身体の重心はいくらでも動かせる。

内ラチを駆けてクリアして、最終コーナー前の短いストレート。

ストレートを抜けるのがあまりに速い。

無意識でさっきより強い蹴り足で加速していたことに気付いた。

 

内ラチに迫れない。

 

コーナーで二歩分、外に出てしまった。

ここで無理に内ラチに入るのはかえって遅くなる。

コーナーをやや膨らみ気味に抜け、最後のストレートで全てのフラストレーションを爆発させて駆け抜ける。

コースの柵の向こうでトレーナーが立っている。

ちょうどゴール板の反対側。

 

サイレンススズカは一気にその前を突っ切った。

 

 

 

 

 

「お疲れ様、コーナーの外側は走りやすかっただろう」

 

サイレンススズカはトレーナーのところに戻ると、何かを差し出されたので手を出して受け取る。

受け取ったものを見ると、それはタイムが表示されたままのストップウォッチ。

 

「あの……トレーナーさん、これ……」

 

「息を整えたら柔軟して、そしてもう一回納得出来るように走ってきたら今日のトレーニングはおしまい。それで、いいな?」

 

「……はい!」

 

1:18.9

1:47.3

 

サイレンススズカは手にしたストップウォッチを握り締めて、カバンから出したタブレットを触るトレーナーに一番明るい返事をした。




雨だってダメだって本日ハ良バ場ナリ。
アプリのスズカさんに走らせろと催促されまくっているのでちょっと寄り道してついでに海の平和を守ってからバクシンします。

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