逃がさないスズカと逃げるマヤと逃げられないトレーナー 作:エアジャガーる
「別に。君に何か説こうとかは思わない。僕はそういうことが出来る大層な人間じゃないからね」
こちらを睨み付けて一歩踏み出したゴールドシチーを止めるように押さえるたづなさんのほうを見る。
こうなるのをわかっていて厄介な話を放り込んできたんだろうに。
面倒事を増やしたくないとあれほど言った相手に、こうやって済し崩しで仕事を増やすのはよくないと思うんだが。
そんな感じの気持ちを込めた視線をたづなさんにぶつけると、たづなさんもむすりとしている。
ダメだ、たづなさんがゴールドシチーをわざと離しかねない。
これ以上忙しくなるのはどうしようもなくなるからあまり便利扱いされたくない、というこちらの願望は通りそうにない。
「学園にいる職員として、僕はいちおうでも君が自棄を起こすのは止めなくてはならない。なんでか、わかるか?」
「知らないわよ、そんなの」
「君に引退を言い渡せるのは、君のトレーナーだけだからだ。君のトレーナーがターフを走らせてやりたいと思った君の今後を、余所の人間が勝手に絶つわけにはいかないんだ。君がどれだけ喚こうが、君のトレーナーがまだ諦めていないのに、勝手に辞めさせられるものか。君が走るのを辞めたいなら、まずは君のトレーナーに諦めさせるか、辞めさせてくれるトレーナーのとこに移って辞めればいい。それが出来ない内は「んじゃ、辞めれば?」って、外野が言うわけにいかないんだ」
正直に言えば、こんな提案はあまりしたくない。
これ以上忙しくなるのは勘弁してほしいし、ほんの数分間のやりとりの時点でも絶対に面倒なタイプなのがわかるから、そもそも関り合いになりたくない。
しかし、完全に切り捨てるとたづなさんの手がゴールドシチーから離れかねない。
「君が本当はどうしたいかなんて、僕はハッキリ言えば知らないし興味もない。前任のトレーナーがなんで君を無理矢理にでも走らせていたのかも知らないし、興味も湧かない。物凄く運が良くてダービーを取っていたとしても「綺麗で脚も速い」とか言われてキレてそうだし」
ゴールドシチーがこちらを視線だけで殺してきそうなほど睨み付けてくる。
たづなさんが押さえてなければ、とっくに殴られてるだろうな。
ウマ娘に殴られるの、凄く痛いから嫌なんだけどなぁ。
今度は流石に、歯の何本かは飛ぶかもしれない。
「本当に無理矢理、嫌々で走らされていたなら、それを理由にターフを去ればいい。僕は、君が走るのをやめても誰も喜ばないとか、君が走るのを願ってる人がいるとか、そんな聖人ぶったことを言ったらこっちの歯が浮きそうになるから言わない。そういうのを聞きたいならシンボリルドルフのとこで泣いてきたらいい」
「トレーナーさん!」
無言で踏み出そうとしたゴールドシチーを押さえながら、たづなさんが睨む。
単にゴールドシチーを慰めてやりたいだけならそっちのほうが適任だろうに、僕に振ったのが悪いと思う。
僕に出来ることなんて、限られているのだから。
「ただ、そうだな……大阪杯当日に気が向いたなら阪神に来たらいい。当日の手続きはしてやる」
「……それ、アンタになんのメリットがあんの?」
大阪杯のタイミングで阪神にいるメリットは、ないわけではない。
むしろ大有りだ。
かなり最低な理由ではあるが。
「君の大阪杯を理由に前入りでチーム合宿ってことにすれば、阪神を他より長い期間でサイレンススズカに走らせられる。タイキシャトルのスプリングステークスからそのまま移動すれば、間に大阪杯を挟んで桜花賞までざっくりと二週間。それだけあれば芝目や地面の凹みまで全部わかるほど阪神レース場のコースを把握出来るだろう。そのついでで、現役GⅠウマ娘の惜しむべき引退を止めた立役者ってことになるなら、僕としては丸儲けというわけだ。当日、君が阪神に来なくても、君を止めてるたづなさんや君のトレーナーには最低限の義理は果たしているから、君がどうしようと構わないよ」
「…………ホント、サイテー……」
「メリットを言えと言ったのはそっちだろうに。僕は君が走ろうと走るまいと、大阪杯の日に阪神にいるメリットはある。だからあとは、自分のことだけ考えたらいい。最終出走確認までに君が来なくても、僕は出走取り消しをしたあとに当日券で歌劇鑑賞に行くだけだから、気にせず好きにドタキャンすればいい」
心底ゲンナリした顔で、こちらを見下すような目で見ながらゴールドシチーは肩を竦めながら吐き捨てるように言う。
「…………アンタに宝塚って、死ぬほど似合わなそー……」
「そうか。シューズメーカーか……」
『それっきりブルーマイカが店に顔を出したことはないらしいっす。シューズも無しに走ってる訳がないし、おそらくそこでシューズメーカーのツテを手に入れた可能性はあると思うっす』
若手からの電話で、編集長は改めて経歴不詳のウマ娘“スカイズプレアデス”のことを調べる。
大々的な宣伝をしていないが、表彰式の写真で表彰台でトロフィーをまるで興味無さげに受け取っているスカイズプレアデスの勝負服である蒼いジャケットの袖にある6個の星のエンブレムから、スポンサーは明らかだ。
スポンサーはスポーツ用品メーカーのフジテックスポーツ。
親玉であり本業の重工業こそは昔からあるだけあってそれなりに大きいものの、フジテックスポーツそのものは一応は黒字収支はしているがグループ全体の利益で言えば4%もない程度の小さな会社だ。
その中でもウマ娘向けのシューズに関しては中央を含めたトレセンにはまったく卸してない、民間向けの販売を細々とやっているらしい。
その民間向けのシェアでもそれほど大きくない、このメーカーがスカイズプレアデスのスポンサーというのは、よくよく考えてみたら妙なものだと思う。
ウマ娘向けの用具開発にあまり乗り気に見えない業態で、ロードレースやラリーに次々と出走するスカイズプレアデスのスポンサーになるだろうか?
それとも、これから本腰を入れての業界参入か?
その線をなぞると、それを考えるきっかけが、ブルーマイカが大量の壊れたシューズを持ち込んで乗り込んだ企業がフジテックスポーツだったとしたら?
どちらかと言えばトラックレース、それも芝に偏重気味な国内のレースではなく、国外のダートやロードをメインとしたシェアを最初に狙うとしたら、国内のトレセンには関わりが薄くても問題はない。
ロードレースを“スカイズプレアデス”に走らせて実績とデータを集めて、そこから完成に漕ぎ着けた商品を発表するという可能性はある。
しかし、そうなるとブルーマイカと行動を共にしていたハズのフユミはなぜフジテックスポーツではなく、トレセン学園にいるのか?
そもそも、ここまでもなんら証拠もない妄想に過ぎない。
今は、ブルーマイカの壊したシューズがフジテックスポーツに持ち込まれたかどうかを確認する必要がある。
編集長は髪に差しているペグシルで頭を掻いたあと、電話を掛け直す。
「フジテックスポーツだ。まずは、そこを当たってみてくれ。スカイズプレアデスのスポンサーだ」
『りょーかいっす。こっちも何かあるならそこじゃねーかな、って思ってました』
チャンミ、3敗した時点でリタイアかレースフルスキップのどっちかは実装してくれませんかね……石30の労力じゃないわ……