逃がさないスズカと逃げるマヤと逃げられないトレーナー   作:エアジャガーる

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スプリングステークスに跳ぶわよ!ガォンッ!


タイキシャトル、セットアップ!

「今回は誰が来るかなぁ」

 

「やっぱバクシンオーだろ!朝日杯はスズカ相手に沈んだけど、共同通信杯はぶっちぎりだったからな!今回もバクシンがやってくれるさ!」

 

「ヒシアケボノが中京に行っちまったから直接対決が見られないのが残念だなぁ。あとはタイキシャトルくらいか?」

 

「1800までならスズカも捕まえられるとかトレーナーがフカシてたウマ娘だっけ?シンザン記念は確かに圧倒的だったけど、あんなゲート難じゃGⅡまで同じレースは出来ねぇよ」

 

「バクシンオー相手に出遅れなんてしたら間に合いっこねぇよ!ムリムリ!バクシンオーの圧勝で決まりさ!」

 

 スプリングステークス当日、中山レース場には続々と観客が入ってくる。

さすがに月刊トゥインクルが煽りに煽った弥生賞の時よりは少ないが、それでも盛況と言うべきだろう。

皐月賞のトライアルレースなだけはある。

事前投票での今回の一番人気はサクラバクシンオーになっていた。

共同通信杯で、2枠2番での出走で開幕から先頭に飛び出してそのまま加速したままゴール板を抜ける力任せで豪快な逃げと、そのあとのウィナーズサークルでの大きな高笑いで声援に応える姿は「全生徒の模範として!次もバクシンしましょう!ハーッハッハッ!!!」と言っているだけある、と専スレが立つなどにわかに注目を集めつつある。

ついでにサクラバクシンオーのウマッターでの『明日はスプリングステークスです!バクシンするために今日は速く寝ます!おやすみなさい!井バクシン!』という夜7時の呟きもバズった。

 

 対するチームアルコルのウマッターは『今週末のスプリングステークスにタイキシャトル選手が出走予定です。よろしくお願いします。詳細はURA公式を御確認ください。』という月曜日の呟きをリツイートしただけである。

そしてチームアルコルの控え室も、いつも通りである。

 

「それじゃ、脚を出して」

 

「ハイ、トレーナーさん!お願いシマス!」

 

 サイレンススズカとマヤノトップガンは、しばらく阪神でチーム合宿することを申請したら、阪神に行く前に宣材写真を撮りたいという広報の要請に捕まり、府中で足止めされてしまったために中山にはおらず、スプリングステークスにはタイキシャトルと2人で来ることになった。

 

 部屋にタイキシャトルと2人きりでいるのは、初めてのことかもしれない。

そんなことを思いながら、椅子に座る体操服姿のタイキシャトルがそっと差し出してきた素足を、膝をついて下からタイキシャトルの顔を見上げながらフユミは手に取る。

踵を持った時の重さが、やはり少し重い。

少し厚みのある足の裏を手のひらでなぞっていく。

すべすべとした肌の下のしっかりとした強さの筋肉を確かめていく。

土踏まずの内の張りはしっかりしているし、足の甲や指先にもむくみはない。

ただ、ぴくぴくと震えているのを堪えているのが気がかりだ。

 

「ぷっ、くふっ!ティクリッシュ!デスネ!」

 

「嫌だったら言ってくれ。止めるから」

 

「あっ!だっ、大丈夫デス!続けてクダサイ!」

 

 足先を少し回させて足首の様子を見て、足の甲に手を置いた辺りで確かめると、タイキシャトルが続けろというので、フユミはくるぶしから手首を返してふくらはぎを確かめる。

足首を支えていた手を膝裏まで滑らせたあとに、ふくらはぎの両側から手のひらでぐっと挟んで足首に向かってゆっくりと滑らせるように撫で、そしてまた膝へと昇らせていく。

膝を丸く撫でたあと、太ももに手を触れ、両手で包むように太ももを挟んで撫でていく。

手のひらに伝わってくる限り、しっかりと張りと手応えのある筋肉の反発力を感じる。

触る限りに部分的な火照りとかはなく、すべすべとした肌の下の筋肉はちゃんと整っている。

スプリント寄りの筋肉が、きっちりと仕上がってきている。

あとは、実際のレースでの勘をどれだけ早く掴めるかどうかだ。

 

 そのためにも、走りに集中出来るように脚周りをとことんフィットさせてやりたい。

 

「ソックス、履かせるからな」

 

「お、オーケー」

 

 口元を手で隠してそっぽを向きながら、タイキシャトルは答える。

やっぱり嫌だったのだろうか?

手で触れて脚を撫でていると、それを拒みたがるように脚を震えさせていた。

レース前のコンディションを確かめているのに、コンディションを落とすようなことになっていないだろうか。

 

「すまない、やはり嫌だったか?」

 

「いえ、続けてクダサイ……」

 

 タイキシャトルの声がいつもより小さい。

やはり、嫌がられているのだろう。

急いでやりたいが、見落としがあっても困るので神経を尖らせてひとつひとつ確認していく。

 

「我慢させてすまないな。すぐに履かせる」

 

 側に置いていた箱の蓋を開け、未開封の袋に入ったソックスの中からソックスを選び、袋を破いて中身のオーバーニーソを出す。

オーバーニーソの口を手で広げて、爪先から足首の上まで入れて、ソックスの足先まで引っ張って上げる。

爪先にピッタリとソックスの先端をフィットさせて、足裏と甲の布地を引っ張り、踵まで皺なくフィットさせて、膝を踏み台にさせて脚を伸ばさせて、膝の上まで引っ張り上げる。

あとはどこかで皺になったりしていないか、足首から膝までふくらはぎと脛を上に向かって撫でて伸ばし、膝上で口をぴたりと合わせて、もう片方の脚も同じようにオーバーニーソを履かせていく。

 

「っ……んっ……っ……ン……」

 

 時たま、タイキシャトルが息を殺すように短く呻くのが聴こえるので、靴も出来るだけ速く、丁寧に履かせていく。

一度、新品の靴を履かせたあとに足首の上と靴底を掴んで前後左右に靴をずらしてみて、インソールをどれにするか考える。

 

 箱から踵が厚めのインソールを選んで、一度脱がせた靴の中に入れてから改めて履かせる。

中山のマイル距離とタイキシャトルの走りなら、この調整がハマると思う。

 

「タイキ、ごめんな。お待たせ。少し歩いてみてくれ」

 

「ハイ…………オッ?ホォ……?」

 

 口元を手で隠して、眉をハの字にして目尻に涙まで浮かべていたタイキシャトルがよたよたと立ち上がり、何歩か右に左にと少し跳ねて足を運ぶと、一歩踏む度に困惑の反応を声に出す。

どうやら、慣れない足裏の感覚に困惑しているようだ。

 

「ホワット、コレは……?」

 

「今日のコースは良バ場でもかなりパワーを問われるのに、稍重だからターフをしっかり掴めたほうがいいと思って脚周りを前のめりに走りやすいようにしてある。いつもより強いくらい思いっきり前のめりに踏んで走れ」

 

 タイキシャトルは何歩か前のめりに歩いて、感覚を確かめている。

こればっかりは、実際にターフを走らないとわからないだろう。

 

「ンー……わからないデス……けど!パワフルな走りをしてきマース!ソレでオーケー?」

 

「ま、それでいい。スタートから思いっきりターフをザクザク踏んでみろ。二歩目には脚で今日の走り方がわかるハズだ」




今週、ちょっと忙しくなりそう……

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