逃がさないスズカと逃げるマヤと逃げられないトレーナー 作:エアジャガーる
『サクラバクシンオーが先頭!そのすぐ後ろセブンスナナ!レンアンドシックスが続く!そこから3バ身離れてセカンドサンライズとタイキシャトルが競り合う!先頭集団が慌ただしく競り合う荒れたレース展開か!?』
「…………ムゥー……」
3コーナーに入ってから、隣のウマ娘がずいぶんと寄せてくる。
10番のゼッケン、セカンドサンライズ。
少しスピードを上げると、セカンドサンライズも合わせて加速する。
スピードを落とせば、前から内に入らずに一緒に下がってくる。
外に膨らもうとすると、横にビタ寄せしてきて内ラチに押し込んでくる。
わざわざこちらをチラリと見てやっている辺り、外から一気に捲らせたくないんだと思う。
こういう時はどうしたらいいか?
タイキシャトルはチャーチルダウンズで見た、同じことをされてアッサリと切り返した、あの黒いウマ娘のやり口を思い出す。
たまたま一度、目の前で見ただけの技。
本当にこれで大丈夫なのか、自分がこれをやったらどうなるのか、タイキシャトルはイマイチわからない。
ただ、このまま横から押さえ付けられては何も仕掛けられない。
やるだけ、やってみるしかない。
4コーナー出口の少し前、仕掛けるならここしかない。
セカンドサンライズが徹底的にマークしてきているからこそ、この手が通るハズだ。
ほとんど見よう見まねだし、ぶっつけ本番だけど、それでもなんとかするしかない。
前を行くセブンスナナとレンアンドシックスが内ラチから少し膨らむ、この瞬間!
『おっと!タイキシャトル、カーブ半ばのここでペースを上げた!?隣のセカンドサンライズは並んで張り付く!先団は2バ身前だ!』
セカンドサンライズは隣にピタリと付けて、並走してくる。
よし、これなら行ける。
内ラチの柵の節目が曲がる。
普段ならカーブで集団が一番膨らむポイント。
4コーナー出口に先頭のサクラバクシンオーが立ち上がりに踏み込んだ瞬間。
セブンスナナがサクラバクシンオーに差しに行く、このタイミングで!
『4コーナー!サクラバクシンオーの立ち上がりに合わせてセブンスナナが仕掛けに行った!セブンスナナが外からサクラバクシンオーを抜きにかかる!後ろにレンアンドシックスが控える!内のサクラバクシンオー!セブンスナナと張り合っている!ハナは譲らないか!?セブンスナナがそのまま差すか!?』
その瞬間に、左肩を出しながら踏み込んでいる左脚を前に向かって踏み出さずに外に、そして少しだけ上に向かって跳ぶ。
右足が、外に向かって出る。
こちらの挙動に合わせようとしたのだろうセカンドサンライズのラインが、自分の前をクロスする。
ターフを踏み締めた右足を、思いっきり前へ蹴り出す。
『後方、セカンドサンライズが内ラチに入る後ろを!外からタイキシャトルが捲る!?セカンドサンライズの内にいたタイキシャトルが!?外にタイキシャトル!?タイキシャトルが!タイキシャトルが4コーナーを外から大捲りを仕掛けた!シンザン記念以来!タイキシャトルの大鉈の末脚が!ついに引き抜かれた!』
なっ!と狼狽える声が、タイキシャトルの耳に聞こえた気がする。
よろめいたセカンドサンライズの外から、タイキシャトルは一気にコーナーを捲って上がる。
レースは残り2ハロンを割っているが、勝負はむしろここからだ。
「なっ!何が起きた!?」
「タイキシャトルが一瞬止まったぞ!?」
「セカンドサンライズが内にいる!?」
タイキシャトルが3コーナー前から付いている隣のセカンドサンライズのマークを外すために、少しだけ強気の加速をさせてからほんの一瞬だけ宙に浮いて、外へとラインを変えながら内にタイキシャトルを封じ込めようと無理矢理に内に向かって肩を張るセカンドサンライズをかわして後ろを回り、4コーナー前でセカンドサンライズの外に出る。
あとはタイキシャトル自慢の立ち上がりの早さと加速力で、内を進むハズだったタイキシャトルを待ち構えるセブンスナナとレンアンドシックスをセカンドサンライズ共々、一気に外から捲ってぶち抜きに行くつもりか。
セブンスナナが4コーナーでのサクラバクシンオーの立ち上がりをぶれさせるために仕掛けに行っている、タイキシャトルをセカンドサンライズ以外がマークが出来ない絶好のタイミングで仕掛けに行った。
タイキシャトルに、あんな小技の仕掛けを教えた覚えはない。
自分で切り抜ける方法を思い付いた?
なんにせよ、セカンドサンライズを外からかわした。
これで少しだけ、チャンスが出来た。
「オイ見ろ!タイキシャトルが外から行くぞ!」
「セカンドサンライズがかわされた!?でもここから大外に捲りに行くのは厳しいぞ!」
それを確かめると、席から僅かに腰を浮かせて前のめりになっている自分に気付いて、席に腰を落とす。
トレーナーのクセに、自分は担当の勝利を確信して、落ち着いてレースを見守ってゴール板を抜けるのを待つことも出来ないのか。
トレーナーが観客席でこんなにガタガタしてどうする。
深く、溜め息を吐く。
セブンスナナとレンアンドシックスは、タイキシャトルが仕掛けに来ていることに気付いている。
実際のところ、セカンドサンライズをかわすのに脚を使っている以上、タイキシャトルの脚はあまり猶予のあるものではない。
このタイミングで4コーナーから大外から捲るのは、ロスが大きすぎて無謀だ。
4コーナーで大外を回されるタイキシャトルの不利もわかっているだろうから、レンアンドシックスは軽く外に出るだけでタイキシャトルが前に出るラインは無くなるだろう。
ただ、何かしらに祈れる程度には勝ちが見えてきた。
最後の直線で一瞬でもいいから、どこかに隙間が生まれれば、タイキシャトルが食い込める。
ハナを突っ込んであとは直線の伸びでの地力での競り合いに持ち込んでしまえば、タイキシャトルが勝てる。
その隙間が出来るのも、その隙間に食い込めるかも、運任せなことが問題だ。
運任せにしないなら、脚の残りを信じるか無理をしてでも大外から仕掛けに行く。
タイキシャトルの脚に、それが出来る猶予はあるだろうか。
外から見守るしかない僕には判断が付かないし、判断出来たところで走っているのはタイキシャトルだ。
僕に出来ることは、タイキシャトルを信じることしかない。
『サクラバクシンオーか!?セブンスナナか!?4コーナーはすぐそこだ!後ろにはまだレンアンドシックスが!そしてタイキシャトルが迫っている!』
ネクストバクシンヒント『バ場発表』