逃がさないスズカと逃げるマヤと逃げられないトレーナー   作:エアジャガーる

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Bダッシュ!!!

「ふ、ふっ、ふっ!ふふっ!」

 

 楽しい。

楽しくてたまらない。

いつもの見慣れたコースなのに、外を気ままに走っている時より楽しい。

たまにいる他のウマ娘をかわしながら、ターフを駆け抜ける。

脚が軽くて軽くて、コーナーの際を抜けたり、前を逃げるウマ娘の内を突いて抜いてみたり、大外から追い越したり、誰もいないストレートで思いっきり加速したり、本当に楽しい。

さっきまで暑くて、重くて、鬱陶しかった空気はターフに来たら全部吹き飛んで、本当に気持ちいい。

次のコーナーはどう抜けよう、次のストレートはどこまで速く走れるだろう、風が気持ちいい、空が綺麗、前のウマ娘が邪魔だから追い抜こう、そんなことを考えながら、ターフを走っていたら後ろから近付いてくる足音が聴こえてきた。

 

 追い掛けられてる?

 

 そう思った瞬間に、サイレンススズカの考えることはたったひとつになった。

 

「……逃げなきゃ」

 

 この時のサイレンススズカは、いつもより短絡的だった。

勝負服を着ている時点で、少し浮かれているのもあった。

陽射しが少し強く、ターフが綺麗に見えていたのも少しある。

撮影で身体をじっとしていなければならず、我慢の反動もあった。

そんな感じで解放感に包まれていた気分のところに、後ろからの追手が来たのだ。

サイレンススズカにとって後ろからの足音は小さくなるものであって、大きくなるものではない。

 

 つまるところ、サイレンススズカは気持ちよく走っていてご機嫌だった気分をちょっと悪くした。

もっと分かりやすく言うなら、サイレンススズカが抱いた感情はたった一言だ。

 

 イラッときた。

 

 コーナーを抜けた先のストレートを出た立ち上がり。

楽しんで走っていた時よりも、ガクンッと頭を下げて踏み脚も思いっきり伸ばして加速した。

 

 ストレートで突き放す、というだけではない。

次のコーナーで決定的に差を広げて、次にこのコーナーに来た時には後ろから追い抜いてやる。

そんな気分になったくらいには、サイレンススズカの神経が苛立ったのだ。

 

「あっ!ちょっと!」

 

 仕掛けてきたのは向こうなのに、スタートした瞬間に後ろから慌てた声がする。

そして、遅れて後ろも追い掛けてきた。

ストレートで思いっきり加速しているのに、後ろの足音があまり小さくならない。

ストレート半ばまで来てもなかなか小さくならない足音に、サイレンススズカは少し驚かされた。

 

 そして、サイレンススズカは本気になった。

 

 ストレートを抜けた先の下り坂のコーナー。

そこに身体を僅かに傾けながら内ラチスレスレを掠めてトップスピードで突入する。

下り坂にそのまま頭から突入するように踏み込んで、身体を内ラチへと傾けスレスレを滑り落ちるように走る。

足を少し速く出して軽く置き続けるような感じ。

それだけでスピードを落とさずに走れる。

下り坂コーナーを内ラチ側で出て、ストレートに出た瞬間に踏み込んで即座に立ち上がる。

 

 コーナーを抜けてもなお、足音は思ったよりそこまで小さくならない。

後ろをそこまで振り切ってないことに、サイレンススズカはちょっと悔しくなった。

同時に、とことん走ろうと思った。

 

 絶対に後ろから追い抜いてやる。

 

 この時のサイレンススズカは、いつもより遥かに衝動的で、好戦的だった。

ちなみにサイレンススズカ本人は知る由がないが、コースの外に他の生徒がギャラリーに集まるほど、この時の外から見たサイレンススズカの様子はかなりキレていたらしく、「ランニングしている他のウマ娘をターフで追い回してぶち抜いてくる勝負服に取り憑かれたサイレンススズカがいるからどうにかしてほしい」と通報を受けたエアグルーヴが様子を見て事態を察して頭を抱えたらしい。

 

 ストレート前半に待ち受けるちょっとした山を越え、長い下り坂を一気に踏み込む。

下り坂の谷底から始まる登り坂コーナーを思いっきり足を伸ばして、爪先を上げて踵からしっかりと踏んで加速する。

焦れる登り坂コーナーを飛び出して、ストレートのゴール板2ハロン前の坂を駆け上がり、そのままゴール板を抜ける。

後ろからの足音が、そこでようやく小さくなっていく。

 

 やった、逃げ切った。

 

 でも、まだまだ!

 

 そう思ってもう一周、ぐるりとコースを回ってきたところに、さっき後ろからの追手を振り払った辺りで制服姿のマヤノトップガンが肩で息をしながら立っていた。

そんな格好でコースの中に立っていたら危ないのに。

そう思った時、マヤノトップガンが待ち兼ねていたかのように大きな声で呼んできた。

 

「スズカちゃん!止まって!」

 

 止まってと言われても、とサイレンススズカは思いながら呼び止められたのでスピードを落として流してから、マヤノトップガンのところに戻る。

 

「マヤちゃん、どうしたの?」

 

「スズカちゃん!もう時間だよ!」

 

「えっ」

 

 マヤノトップガンが指差したターフから見える大きな時計は、見間違いでなければ夕陽に照らされて“東京駅での”待ち合わせの時間の30分前だ。

おかしい。

さっき時計を見た時は、まだスプリングステークスの出走予定時間よりも前だったハズなのに。

 

「ウソでしょ……あの時計、壊れてるわ……」

 

「ウソじゃないし時計は壊れてないよ!トレーナーちゃん達との待ち合わせに遅れちゃう!」

 

 マヤノトップガンが怒りながら、スマホの画面の時間を見せてきた。

確かに、画面に表示されている時間は時計の時間と同じだ。

 

「ウソでしょ……私、いつの間にか未来に来ちゃった……?」

 

「タイムスリップじゃないよ!早く着替えて行かないと!」

 

 サイレンススズカは自分が勝負服姿なのを思い出す。

このまま電車に乗るのはさすがにダメだ。

そもそも、走ったあとだから汗も流さないと……

勝負服も桜花賞で着るからクリーニングをお願いしないといけない……

 

「うぅ……シャワー浴びて着替えてくるね……」

 

「そんな時間ないよ!早く着替えて出るよ!」

 

 

 

 

 

 

 

「ということがありまして……」

 

 サイレンススズカは顔を赤くして両手で隠すくらい恥ずかしいらしい。

きっと、実際には本人が認識している以上の惨事が起きているに違いない。

あらましを聞いたフユミは、怒るにも怒れないし微笑ましく思うにしても重症かつ大惨事を起こしているだろうサイレンススズカの悪癖にどうしたものかと軽く頭を抱える。

サイレンススズカに勝負服を着せて走らないで我慢、なんてさせたらどうなるか想像に難くないのに、学園に任せきりにしたせいで、きっとターフは大惨事だ。

とりあえず目の付かないところでサイレンススズカが勝負服を着るようなことはさせないようにしよう。

 

「まぁいいよ。こうなるのは予想できたのに見落とした僕の責任もある。とりあえず勝負服は向こうに着き次第メンテに回すとして……」

 

 サイレンススズカの隣でむくれている不機嫌なマヤノトップガンもマヤノトップガンで、どうして不機嫌なのかを問い質したら、絶対に更に不機嫌になること間違いなしだ。

普段履きの靴じゃなくて、トレーニング用の靴を履いている原因はひとつしかない。

こういう時は余計なことを言わないのが吉だと相場が決まっている。

不機嫌でむくれているマヤノトップガンの頭を撫でる。

 

「マヤ、お疲れ様。明日、靴を買いに行こうな」

 

「むー……」

 

 ダメだ、買い物程度で直る機嫌ではないらしい。

サイレンススズカを全力で追い掛けて、普段履きの靴を履き潰したにも拘わらず、追いかけたのがマヤノトップガンだと認識すらされてないのだから当然か。

ぶっちゃければ暴走に等しい勝負服姿のサイレンススズカを相手に、マヤノトップガンは万全な準備をしたとは言い難い突然の併走でありながらもざっくり2400mを追い掛けたのだろう。

もっとも横で首をかしげているサイレンススズカは、追い掛けていたのがマヤノトップガンだと未だに気付いてないようだが。

 

 不機嫌にもなるのは当然のことだ。

 

「さて……もうすぐ席を予約した新幹線に乗る時間だ。全員揃ったことだし、阪神に行こう」

 

「はい」

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