逃がさないスズカと逃げるマヤと逃げられないトレーナー 作:エアジャガーる
「中央コースだって!?」
「今日、遊びに行かなくてよかったー!」
「急げ急げ!」
桜花賞用のポスターに使う勝負服姿の写真を撮ったあと、コースのほうが少し賑やかになっているのを見て、ダイワスカーレットは着替える前にコースに寄り道した。
コースから走り去るウマ娘がたまにいるが、けっこうな人数のウマ娘があわてて、あるいは楽しげに、コースのあるグラウンドへと小走りで向かっているのが気になったのだ。
ギャラリーの隙間からコースを観ると、そこにはランニングをしているのだろう他のウマ娘達を次々にかわして進む、長い栗毛に白い勝負服のウマ娘。
いくらトレーニングであってレースではないとしても、ランニング中の他のウマ娘がノロノロ走っている訳がない。
それなのに、他のウマ娘を追い抜くどころかひどいと周回遅れにまでさせているのだ。
気付いた他のウマ娘達がいくら逃げ出すように加速しても、アッサリと内から抜いたり外から捲ったり、次々に追い抜かれて、煽られて、逆に追走していったウマ娘も、コーナーひとつで振り切られ、ストレートでちぎられ、コースの外に離脱していく。
そんなことをするウマ娘が、残念なことだがダイワスカーレットの交遊関係の中にいる。
サイレンススズカ。
走ることが大好き……というより、走ることに対して偏執的な、元チームメイトの先輩。
桜花賞を舞台とした挑戦状を叩き付けた時よりも、明らかに速くなっている。
本人はきっと、久しぶりに勝負服を着てウズウズしたのを発散しているだけだ。
だから、タイムとかペースとかそんなことはたぶん考えていない。
というより、そんなことを考えて的確な走りが出来るウマ娘なら“元チームメイト”にはなっていない。
コースの外で制服姿のマヤノトップガンがサイレンススズカを呼び止めるが、まるで聴こえていないのかマヤノトップガンの前を走り去ってしまう。
何度か回ってくる度にマヤノトップガンが呼んでサイレンススズカが無視して走り抜けるのを繰り返したあと、焦れたマヤノトップガンが制服姿のままコースに入る。
そして最後の呼び掛けも聞かなかったサイレンススズカがマヤノトップガンの横を抜けた瞬間に、マヤノトップガンが追い掛け始めた。
走り出したのはゴール板のざっくり300m後ろ。
奇しくも、芝2400mのスタート地点。
ダービー、オークスとほぼ同じ距離とコース。
ゲートがあるならサイレンススズカは1枠のラインを走り、マヤノトップガンは7枠辺りからスタートしたことになる。
「マヤノ!?あれ、スズカを追走する気じゃない!?」
「まさか弥生賞のリベンジ!?」
「ちょっと!マヤノが追い掛け始めた位置って!」
「クラシックディスタンス!誰かタイム!タイム測ってる!?」
他のギャラリーも気付いたらしい。
マヤノトップガンが追走を始めたのに気付いたのか、サイレンススズカが楽しく走っていた状態より明らかに前傾姿勢で走り出した。
図らずも本気で府中を攻めるサイレンススズカの姿を観る絶好の機会を得た。
「うわっ!あれほとんど柵から離れてなくない!?」
「なんであんなスピードで内ラチを曲がれるのよ!」
「マヤノが突っ込みで負けてる!あれじゃ差が詰まらない!」
サイレンススズカはストレートで明らかなオーバースピードなのに、コーナーで内ラチをスイスイと曲がって突っ走っていく。
その後ろをマヤノトップガンが追い掛けるが、明らかにマヤノトップガンのほうがラインが膨らんでいる。
違う。
マヤノトップガンはスピードで考えれば、ちゃんと理想のラインで走っている。
サイレンススズカのラインが、スピード以上に内ラチ過ぎるのだ。
コーナーで身体が外に出るのを頑張って抑え込んでも、遠心力に勝ちきるのは不可能だ。
自分のスピードと、身体を外に引っ張る遠心力と、身体を内に押し込むパワーのバランスをどれだけ高いところで取るかが、コーナーを抜ける鍵だ。
マヤノトップガンはうまくコーナーを最速で抜けるスピードで突入していると思う。
それ以上のスピードで内ラチスレスレを抜けていくサイレンススズカが不条理なのだ。
物理法則に喧嘩を売っていると言ってもいい。
「ストレートの立ち上がりでもまた差が開いてる!」
「いや、ストレートは食い付いていってる!次のコーナーからは登り坂だ!坂を上るパワー勝負ならまだチャンスはある!」
制服姿でとても走りやすいとは言えない状態にしては、マヤノトップガンは食い下がっている。
むしろ、今の制服姿のマヤノトップガンでも、ここにギャラリーしている生徒の大半がアッサリとちぎられるだろう。
しかし、相手は何故かテンションが最高潮な勝負服姿でガチの全力大逃げをかましているサイレンススズカだ。
勝負は、目に見えている。
「あぁ、やっぱダメかぁ?!」
「制服で勝負服着たスズカ相手はやっぱキツいかぁ」
サイレンススズカが4コーナーを立ち上がり、最後のストレートに来た頃には既に6バ身差が付き、マヤノトップガンはスピードを落とした。
確かにここから巻き返すには、マヤノトップガンにはあまりに不利な状態で、サイレンススズカにはあまりに有利な状態だ。
最初から勝敗はわかりきっていた。
今度は自分が、そう思ってダイワスカーレットがターフに向かおうとしたところを、隣から前に手を出されて止められる。
手を出されたほうを見れば、顔の右側を隠すように手で抑えて、前髪越しに睨んですら見える眼でこちらを見るエアグルーヴの姿。
「なんですか、エアグルーヴ先輩」
「やめておけ、ダイワスカーレット。というより、やめろ」
「……どうしてですか?」
「……外出届上では、スズカはもうとっくに学園から出ている予定だったハズだ。その時間を過ぎている」
その後、コースをもう一周してきたサイレンススズカがコースの外側で待っていたマヤノトップガンに気付いたのか、ようやく足を止めた。
その後、時間がどうのこうのとマヤノトップガンに怒られながらサイレンススズカは連れていかれる。
さっきまでターフを無自覚に蹂躙していたサイレンススズカと、マヤノトップガンに手を掴まれておろおろと引っ張られているサイレンススズカが同じウマ娘に見えない。
でも、それがサイレンススズカというウマ娘だ。
「…………こほん。あれが、サイレンススズカだ」
咳払いしたエアグルーヴが言うまでもなく、そんなことはわかっている。
サイレンススズカは、元チームメイトなのだ。
当時から、レースをしようとすると伸びきらないし遅かったのに、好き勝手に走っている時はやたらと速かった。
トレーナーがいつも、そのギャップを埋めるのに苦心していたし、自分だって伸び悩む理由もわからず不振が続くチームメイトにやきもきしていた。
それが、気付けば誰も影を踏めないターフ上の理不尽を擬人化したような怪物になっていた。
あの胡散臭い態度のトレーナーがシニアクラスで勝負だと言っていたのも、今ならわかる。
ただ、それでも。
「桜花賞、勝てそうか?」
エアグルーヴの問いに、ダイワスカーレットは目を細める。
今更、答えなどこれ以外に考えられない。
「阪神からアタシが帰ってきた時、こう呼ばれているハズです」
桜花賞ウマ娘、ダイワスカーレット。
エアグルーヴにそれだけを言って、ターフに背を向けて歩き出す。
桜花賞までの時間を、一秒たりとも無駄には出来ない。
自分の全てを賭して、桜花賞を獲りに行く。
桜花賞で勝たなければいけない理由は、自分の願望だけではないのだから。
確定ガチャはオペラオー2枚抜きをやらかしました。で、ナリブーはどこですか?