逃がさないスズカと逃げるマヤと逃げられないトレーナー   作:エアジャガーる

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割に合わない仕事

「月刊トゥインクル……存じてますよ。トラックレースの大手専門誌がウチのような一般向けのシューズをちょこっと売ってるだけの会社に取材とは……」

 

 フジテックスポーツ社に『スカイズプレアデスについて話を聞きたい』と取材を申し込んだところ、思った以上にアッサリとアポが取れたことに驚いた。

対応してきたのは少し面長で白髪の目立つスーツ姿の中年男性。

開発部長という肩書きを名刺から見るに、どうやらスカイズプレアデスの活躍はどうやら新商品開発の一環であるらしい。

スカイズプレアデスがこのフジテック所属なのは、勝負服に小さく刻まれていたマークから明らかだ。

 

「前置きは省きます。スカイズプレアデス……ブルーマイカ、彼女をどこで見つけました?」

 

「……なるほど、貴方はマイを追ってここに来た人か。きっかけは、マイがパンパンのごみ袋を担いでウチの会社の玄関に押し入った時のことです。「コーナー3つともたないクソみたいな出来の靴を売りやがって!責任者を出せ!」、とね。ビックリしましたよ。大方、一般向けの靴を無茶な走りで履き潰したのかと思ってたら、他社のレース仕様のハイエンドモデルまで見事にボロボロにされていた。こんな走りをやるウマ娘が在野にいる。我々の靴は、彼女達には枷にしかなっていなかった。認めがたい現実でしたけどね」

 

 ブルーマイカはやはり、大量の履き潰した靴をこの会社に持ち込んだのだ。

経歴不詳のラリーウマ娘スカイズプレアデスを生み出したのは、この会社だ。

 

「ウマ娘向けのシューズは、一般向けでも地方重賞程度なら耐えられる。それ以上のハイエンドモデルはそれこそ中央重賞で走るウマ娘くらいなら問題ない。GⅠクラスのウマ娘ともなると話は別ですが、そんなウマ娘はだいたい専用の靴を用意してもらえるし、そんなウマ娘は何人もいるわけではない。シェアを理由に目を瞑ってきた現実を突き付けられた訳です」

 

「そこで、ブルーマイカの脚をもとに新たな靴を開発し始めた。そのデータ取りに、ブルーマイカのスポンサーとしてラリーレースに出場させている、と?」

 

「それでもまだまだ試作品の段階です。相変わらず、マイが本気で走ったら次のレースには使えない状態になる。値段だって安く上がるものではない。まだまだ、何一つマイの要求する目標には届かない粗悪品です」

 

 どうやらブルーマイカの走りに耐えられる靴を作る、という無理難題を克服するために日夜、試行錯誤を繰り返しているらしい。

現状では大手町から芦ノ湖の間を1足では踏破出来ないどころか10足履き潰すだの、材質を強くし過ぎたら今度はマイの足の裏が摩擦で火傷してキレたブルーマイカに蹴られただの、苦労がかなり多いらしい。

まぁ、それは本題ではない。

技術的な突っ込んだ話などをいくらか聞いたあと、本題に入る。

 

「ところでブルーマイカが初めてここに来た時、同行していた青年がいたハズです。この写真の、後ろのほうに写るシルバーに髪を染めている彼。何か知ってることはありませんか?」

 

 開発部長はわざとらしく、目を凝らして写真を見入ったあとに写真を返してくる。

 

「いえ、知りませんね」

 

 いや、絶対に知っている。

むしろ、知っていることを言えない、とこちらにわざとらしく教えているまである。

明かせない関係なのか、明かせない関係だったのか、そこまではわからない。

 

「そうですか。今度はブルーマイカ本人にインタビューしたいのですが、彼女へのアポはどこから取ればいいでしょうか?受付の窓口がどこにもないもので」

 

「取材の希望はこちらから彼女に伝えておきましょう。彼女が受けたくなったら連絡します。なにしろ彼女は今、バカンスの真っ最中でね」

 

「バカンス?」

 

 問い直すと、開発部長は肩を竦めて力なく笑う。

どうやら、この開発部長は普段からスカイズプレアデスに振り回されているらしい。

 

「日本に帰ってくるなり突然、毛ガニを食いに行く……と。ついでだからそのまま気が遠くなるくらい長い直線を思いっきり走って靴がどれだけ耐えられるかテストしてくる、と試作品をいくつかカバンに放り込んでそのまま……普通ならウマ娘本人の脚が先にヘバる距離なんですがね」

 

 

 

 

 

 

 

 

「立ち上がりが遅い!外に振れるな!」

 

 喉が痛い。

朝からずっと大声を出しているせいだ。

 

「下り坂にビビるな!ビビると却ってバランスを崩す!下り坂での加速を掴め!スピードに乗れ!」

 

 熱血的かつ怒鳴り付けるような指導はガラじゃないし、普段なら非効率と思っている。

そんなことはわかっているが、今は強引さが必要だ。

他の手段を選ぶには、時間があまりにも足りな過ぎる。

 

「登りきった時点でゴールなんだ!ヘバるな!ヨレるな!坂の先を考えるな!」

 

 叫びきったあと、荒れ始めた喉元をとんとんと叩く。

久しぶりに大声を出すのは、喉によろしくない。

しかし、自分の喉よりも過酷な状態になっている相手の前で弱音は言えない。

 

「ゴール板を抜けたらクールダウンしながらそのままテキパキスタート地点に歩く!クールダウンでダラダラ歩かない!歩く姿勢が崩れると逆に疲れが出る!姿勢はちゃんと正せ!」

 

 彼女の目には困惑と疲労が見えるが、まだそれだけだ。

ここで半端なことをしたら、勝手に知らないところで自主練を始めたりしかねない。

風呂入って飯食って寝る以外のことが出来ないくらい削らないと、逆に危ないだろう。

知らないところで勝手に怪我されるくらいなら、自分の前で怪我をするほうがいくらかマシだ。

 

 たった3日でちょっと走るだけのウマ娘をGⅠウマ娘に仕上げろというなら、相応の無茶は必要だ。

それは本人も織り込み済みで頼んできたのだから、むしろ勝手な遠慮や過剰な心配は却って不満を抱かせかねない。

あとは、自分がどこまで冷静に限界を見極められるかだ。

 

 まったくもって貧乏クジだが、賭けに大負けした以上は仕方ない。

正直に言えば、彼女を過小評価していた。

あれだけ言われて阪神に顔を出すどころか、頭を下げてくるようなことが出来るウマ娘だとは思わなかったし、そのまま僕に頼み込んでくるとは思わなかった。

おかげで方便だったハズの理由が、本当にやらなきゃいけないことに変わって大誤算だ。

遠目にもわかる金色の髪が、スタート地点に着いたのが見える。

 

「2000のスタート地点に着いたら30秒で準備してスタートだ!わかったな、ゴールドシチー!」


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