逃がさないスズカと逃げるマヤと逃げられないトレーナー 作:エアジャガーる
「ぅうっ……ご飯、入らないよぅ……」
「ノォー……身体が重いデス……」
トレーニングを終えて風呂に入ったあと、マヤノトップガンとタイキシャトルが食堂のテーブルでグッタリと伸びている。
ゴールドシチーをとことん追い込むトレーニングに付き合った結果、ゴールドシチーと違ってずっと走っていたわけではないのに、夕食を放棄してグッタリとするほどのトレーニングになってしまった。
タイキシャトルはスプリングステークス直後だったのもあって参加するのは控えめにしていたにも拘わらず、それでもダウン気味だ。
それに対して、当のゴールドシチーは隣のサイレンススズカと並んで黙々と定食を食べている。
「スズカもシチーもすごいデス……よくディナーが入りマスネ……」
「だって食べておかないと、明日も気持ちよく走れないから……」
「キチンと三食、決まった時に食べるのは基本中の基本だからね」
サイレンススズカはなんら変わらず、普段通りに夕食に箸を進めているが、ゴールドシチーはごはん物を選ばずにうどんにしている辺り、態度とは裏腹に食欲そのものは落ちているらしい。
はっきりと言えば、サイレンススズカ以外は疲労困憊で死屍累々の状態だ。
「食わないのは論外だが、無理に食っても戻すか腹を壊すだけだ。軽くでも、少しは胃に何かしら放り込んでおけ」
「……トレーナーさんだって、食べてないデス」
タイキシャトルが言う通り、別席のフユミの前にも、ごはんと味噌汁しか置いていない。
いちおう小皿の漬物もあるが、それを数に加えるのは無理がある。
「面白い話をしよう。君達につられて飯がつい進んだトレーナーがどうなるか知ってるか?」
フユミからの問いに、タイキシャトルとマヤノトップガンが横に首を振る。
「健康診断に引っ掛かって、担当ウマ娘と一緒にターフを走らされることになるんだ。後ろから竹刀をブンブン振り回す理事長に追い回されてな」
フユミはそれだけ言って味噌汁をズーッ、と啜る。
タイキシャトルとマヤノトップガンは言われた様子をイメージする。
『節制ッ!運動も忘れずになッ!!!』
なぜかロングスカートなのに肥満のトレーナーをウマ娘ごと平気で追い回しながら竹刀を振り回す理事長が普通にイメージ出来てしまった。
ついでに横から「運動が足りてないようですね。走り込みましょう」と煽ってくるたづなさんもイメージ出来てしまった。
「……オゥ……」
「……うわぁ……」
「そんなことあるわけないでしょ。小さい女の子と留学生騙すのやめなよ」
フユミが真顔で言った冗談に、レンゲで汁に浮いている天かすと大根おろしを集めて飲み込んだゴールドシチーが呆れながら突っ込む。
フユミがバレたか、と一言ぼやいて、マヤノトップガンとタイキシャトルはなんだぁ、と肩を下ろす。
隣のサイレンススズカは「それの何が困るんだろう」みたいな顔のまま黙々と箸を進めていた。
「こんな冗談が出来るくらいにはうっかり食い過ぎるトレーナーがいる、ということだ。首から上しか仕事してない僕が君達と同じペースで晩飯にしたらどうなるか、想像出来るだろう?」
そう言いながらフユミは手早く、中身を空にした茶碗と汁椀と小皿を重ねて返却口に持っていったあとに、テーブルに伸びているマヤノトップガンとタイキシャトルを追い立てて受付に向かってヨロヨロと歩かせたのを見送ってから、残っているゴールドシチーとサイレンススズカのところに立ち寄ったフユミが話し掛ける。
「晩飯のあとの腹ごなしに外で運動するなら、一人でしないように」
「そんな体力、あるわけないっしょ……」
「ならいい。食うもの食って、落ち着いたら早く寝ること。いいね?」
「ウッヒョォオオッ!ヤッベェエエエッ!!!」
日が落ちてからも自分を追い込んでいたダイワスカーレットが、シャワーを浴びてから部屋に戻ると、ベッドでタブレットを観ながらバタバタと足を暴れさせながら興奮しているウオッカが騒いでいた。
ホコリが舞うしうるさいからやめろと、ダイワスカーレットが注意するより先にウオッカがダイワスカーレットに気付いて駆け寄ってきた。
「おいスカーレット!これ観ろよこれ!」
「何よもう……」
大方、バイクか何かの動画だろうなと肩を掴まれ、タブレットの画面に再生されている動画を観ると、ウオッカらしからぬ動画が流れていた。
野道をウマ娘が走っている。
ウオッカらしからぬ動画のチョイスに首をかしげる。
ウオッカがこうやって見せてきた動画は今まで、サーキットなり山道なりをバイクが突っ走るレース動画か、バイクか車のレストア番組の動画だった。
それがいきなり、オイルの臭いがまるでしない動画をウオッカが観ていたのに驚いた。
過去に今までウオッカが見せてきた動画でマシだったランキング一位は、デブのおっさんが口八丁手八丁で値切って古い車を買ってきて、ノッポのおっさんが自宅のガレージで簡単に修理出来ることを啓蒙しながら直して最終的に転売する英国のレストア番組の動画だったのが、大きく突き放してこの時点でぶっちぎり大差で一位だ。
「これって、ラリーレース?」
「そうそう!ここからスゲーんだよ!」
赤いライダースーツを着たウマ娘がコーナーを減速して内ラチ……といっても柵があるわけではないカーブの内側を抜ける後ろから、黄色の差し色が入った青いライダースーツのウマ娘が泥だらけでぬかるんでいる上にボコボコになっているコーナーへと入ってくる。
明らかにスピードが速すぎる。
あんなスピードで突っ込んだら泥濘か道の穴に足を取られて、と想像した時点で血の気が引く。
コーナーに入った瞬間に、青いライダースーツ姿のウマ娘がおもいっきり泥を撥ね飛ばして滑ってコーナーを抜けながら、そのままのスピードで前のウマ娘を外から追い抜き駆け抜けて行った。
カメラのレンズに被った泥を拭いた頃には、その背中が小さく映るだけ。
「なーっ!?」
「なーっ!?じゃないわよ。なに、これ。足どうなってんのよ……」
そもそも頭がおかしいんじゃないか、と思う。
綺麗なターフでもあんなことやったら、足がヤバいことになる。
ダートならまだ足に負担が少ないかもしれないけど、そもそもあんなスピードをまず出せない。
下りの山道の勢いだからこそのスピードだ。
だからこそ頭のネジの紛失を疑う。
「いやー、こんな山道でバイクより速く走れるわけねーっ!って思ってたらこんな動画見つけちまってさ!スカーレットにも見せたくなってさ!」
明らかに興奮しているウオッカに、ダイワスカーレットは考え込む。
この思い付いたら勢い任せになんでもやるバカの頭のネジの不足も、ダイワスカーレットは疑っている。
妙なところで常識的なので、大事なところのネジだけは固く締めてあるとダイワスカーレットはさすがに信じているが、この動画が大事なネジで締めてある範囲の事柄とは思えない。
ほっといたら絶対に真似をしようとするに決まっている。
それに、正直に言えばいろいろと手詰まり感がある今、参考にはならなくても気分転換にはなるかもしれない。
ダイワスカーレットはなんだかんだで日頃からの面倒見の良さから、ある結論を出した。
「ウオッカ、この人の他の動画ある?」
「え?お、おう。この再生リスト、どうやらこのウマ娘のラリーレースのまとめ動画らしいけど」
「明日、これをとことん観るわよ!付き合いなさい!」
「えっ!?お、おう……」
明らかにスイッチの入ったダイワスカーレットにウオッカはたじろぎながら頷く。
ダイワスカーレットが今までしてきた反応の中でも取り分け異質な反応だから、困惑は当然だ。
ウオッカは盛り上がってはいたが、自分もやろうとはさすがに考えていなかった。
なんならネタ動画の部類として見せたつもりだったので、ダイワスカーレットがマジでこれを全部見ると言い出すとは思っていなかったのだ。
下手をしたらさっきまでのウオッカより興奮しているんじゃないかというダイワスカーレットに、ウオッカはポツリと呟いた。
「オレ、もしかしてなんかマズいの見せたか……」
なんでB決勝に地固めダッシュキメたスズカさんに追い付いてくる水着マルゼンなんかいるんですか……