逃がさないスズカと逃げるマヤと逃げられないトレーナー   作:エアジャガーる

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メイケイエール!!!!!!


地獄より不条理な今を征く

「コーナーの立ち上がりが遅い!仕掛けが弱い!スズカに内ラチを抜かれてる時点で甘い!」

 

 二日目はひたすら模擬レースをさせている。

阪神JFで勝っているということは、他の同期とはある一人を除いて決定的に差がある部分がある。

そのアドバンテージをとことん尖らせていけば、大阪杯は獲れる目がある。

 

「立ち上がりの位置を内ラチまであと50は詰めろ!シニアクラスなら、今のスズカのラインにベタで被せろ!」

 

 幸いなのは、ここにサイレンススズカがいることだ。

そして更に幸いなことがある。

 

「くっ!」

 

 少なくともスタート地点の2ハロン先からというハンデ付きだが、コーナーをパワーで捩じ伏せて曲がれるタイキシャトルを一緒に走らせられる。

コーナーが甘いとそれだけでタイキシャトルに被せられて沈む、という状況を同時に用意出来るのは大きい。

もっとも、スプリングステークスの直後から日が経ってないので行ける時に行けるタイミングでたまに外から襲撃するだけに留めているが。

 

「トレーナーちゃん、マヤも走る」

 

「ダメ」

 

 マヤノトップガンが行こうとしたのを抱き締めて止める。

今のマヤノトップガンが行っても、あまり意味がない。

 

「なんで?シチーさんを追えばいいんでしょ?」

 

「今のマヤは、ゴールドシチーに同情して手を抜きそうだからダメ」

 

 昨日の後半、マヤノトップガンは明らかに差し足が鈍くなっていた。

あまつさえ、明らかに遅く隙だらけのゴールドシチーの後ろを同じペースで走った時まであった。

こういう追い込み役に、マヤノトップガンは向いていない。

サイレンススズカは走るまでは少し躊躇うも、走り出してしまえば遠慮なくゴールドシチーを突き放すし、タイキシャトルはわかっていて敢えてやってくれている。

それを考えると、マヤノトップガンはこういうことをさせられない。

 

「トレーナーちゃん。一度、走らせて。ちゃんとシチーさんを追い回すから」

 

「…………ズブい走りをしたら、今日はもう走らせないからね」

 

「わかった」

 

 抱き締めていた腕を解くと、マヤノトップガンが飛び出して、スタート地点に戻るゴールドシチーに合流する。

ゴールドシチーはもちろん、ずっとゴールドシチー相手に突き放しているサイレンススズカにも、そろそろ休憩させたいが、言ったことは破れない。

 

「ゴールドシチーが勝つかぶっ倒れるまで休憩無し、連続で併走する。クラシックにやっと上がった相手に、シニアクラスを走ろうというウマ娘が先にヘバることはないハズだろう?」

 

 これを最初に言ったことを軽く後悔する。

サイレンススズカが休憩になる、つまり自分が差されている、すなわち自分が負けている、ということは先頭を奪われていると条件を付けられて、意固地にならない訳がないのだ。

コーナーでの息の入れ方や突き放したリードをキープしながら走るのが上手くなっていって、一周ごとに余力をしっかり残して走ってくるのはいいことだが、ゴールドシチーが同じレベルで意固地になるせいで終わりそうにない。

ましてや、走ること自体が楽しいサイレンススズカだ。

走っていて足を止めた時は、疲れたと言うより先に楽しかったと言うし、疲れよりもそれで気持ちよく走れないことを嫌がるくらいなサイレンススズカが、疲れを理由にサボってゴールドシチーに抜かさせることは絶対にない。

今も余力を残せるように走っているのはきっと、「あっ、ここで息を入れると次に走る時の余裕が出来てたくさん走れる!やった!」とか思っているからだろう。

その隙もゴールドシチーが2バ身に迫った瞬間に消えて、すぐに全力で突き放しにかかる辺り、今のゴールドシチーの追い込み役としては完璧だ。

 

 ゴールドシチーの追い込み練習の過程で、改めてシニアクラス相手にガチで逃げるサイレンススズカの姿に確信を持てる。

クラシックでの宝塚記念は、夢物語の類いではなく現実的に狙える。

ゴールドシチーが遅いというわけではなく、サイレンススズカがガチで逃げてゴールドシチーから逃げ切っているのは時計を見ればわかる。

現にマヤノトップガンが真剣にゴールドシチーを差しに行っても、差し切れていないのだからゴールドシチーだって遅くはない。

もっとも、ゴールドシチーも後ろから仕掛けてくるマヤノトップガンに気を取られてサイレンススズカに突き放されているのだが。

 

「ゴール板を抜けたらすぐにスタート地点に戻る!スタート地点に戻るのが早い順に内枠!次!」

 

「凄く熱が入ってますね、フユミトレーナー……ですよね?」

 

 突然、後ろから話しかけられて驚いて振り向くと、困惑している乙名史記者がいた。

トレセンにいないのを探して、ここまで遥々来たのだろうか。

 

「あぁ、どうも。これは騒がしいところを」

 

「彼女はゴールドシチーさんですね?担当のオイガミトレーナーのことは……」

 

「僕は面識がありませんが、どうやら惜しむべきトレーナーだったらしいですね。乙名史記者は、面識がありますか?」

 

「はい、長年に渡ってトレーナーを続けている方でした。ミスタークラウンのような華やかな成績を残したウマ娘を担当したわけではありませんでしたが、指導者という点での功績では彼ほどの人物は他にいないでしょう」

 

 乙名史記者がまだ新人記者だった頃、何度か取材をしたことがある。

レースの結果よりもレースそのものへの熱意を問い、熱意のないレースをしたウマ娘は一着でも厳しく叱り、熱意を持って走り抜いたウマ娘のことは最下位でも褒めていたのを覚えている。

自分の記事ではないが、ゴールドシチーを担当すると決めた時のインタビューも、彼女の熱意を買ってのスカウトだったと記憶している。

 

「道理で、僕みたいなのがトレーナーを続けられるわけだ」

 

「と、言いますと?」

 

「いつも惜しむべき人物ほど先に去ることになって、人は口々にこう言う訳です。なんでアイツがのうのうと生きてて、あの人が去るんだ……まったく同意するより他にない不条理を、いつも嘆くんですよね」

 

 フユミはそれだけ言って、のど飴を出して口に放り込む。

しかめた表情が、より深くなる。

 

「オイガミトレーナーではなく自分が去ればよかったのに、と思いますか?」

 

「どちらか二択で選ぶなら、満場一致で僕でしょう……ただ、僕が去ってもゴールドシチーのトレーナーが戻りはしません。だから僕はここにいます……コーナー前の加速が甘いから後ろから被せられるんだ!もっと踏み込め!」

 

 ゴールドシチーへの檄を飛ばしたあと、フユミは溜め息を吐く。

本人は、単に一息を入れただけなのだろうが。

 

「フユミトレーナー、去るのが自分なら惜しまれなかったと思いますか?」

 

「少なくとも、惜しまれるほどのことはしていないつもりです。去らなかった未練を笑われることは、あるでしょうが」

 

「それなら、私が惜しみますよ」

 

「……それはありがたい。月クルのページを差し換える労力よりは僕に価値があるらしい」

 

 肩を竦めたフユミを、乙名史記者は改めてじっと見る。

担当ウマ娘のことを第一に置く姿勢はいつもと同じ。

そう思っている前提がもしかして間違いなのではなかろうか。

今まで、トレーナーとしての手腕を少しでも誉めると担当ウマ娘の実力だと謙遜していた。

それは、本当に謙遜していただけなのだろうか?

 

「今のサイレンススズカさんを、貴方以外のトレーナーが育てられたと思いますか?」

 

 向こう正面のストレートで、ゴールドシチーを容赦なく突き放すサイレンススズカの姿を見ながら、フユミは迷いなくハッキリと言い切る。

 

「スズカが大逃げを安定して出来るだけの基礎を作ったのは、間違いなくハルヤマです。それを桜花賞でダイワスカーレットが、証明しに来るハズです」

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