逃がさないスズカと逃げるマヤと逃げられないトレーナー   作:エアジャガーる

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乙名史記者インタビュー回のようなもの、二回くらいになるよ!


【3/28 フユミトレーナー 大阪杯と桜花賞】

「すみませんね、こんな時間にわざわざ外で待ち合わせるなんて」

 

 ファミレスの一番奥のボックス席で、フユミトレーナーのインタビューを始める。

時間は19時30分。

閉店は23時00分。

彼は取材の終わりの時間を設けたことがない。

 

「いえいえ、時間を作ってまでインタビューを受けてくれるのはフユミトレーナーくらいですから」

 

「そうですか?」

 

 実際のところ、他のトレーナーはあまりインタビューを受けたがらないことが多い。

よくても『この時間からこの時間なら空いてます』という形でしかアポが取れないことがほとんどだ。

対して、フユミトレーナーは『このあとの予定を空けます』とスケジュールを動かしてまで取材を受けてくれる上に普段から訊かれればだいたいのことは答えてくれるし、未定なものは未定と言うし、答えられないものは答えられそうな時期を言ってくるので取材しやすい。

もっとも、その代わりに答えがいちいち遠回しだったりするので解読する必要があるのだが。

 

「今回、ゴールドシチーさんのトレーニングを担当していますが、チームアルコルにゴールドシチーさんが移籍するということですか?」

 

「もしそうなら、とっくに彼女はチームアルコルのゴールドシチーになっているでしょうね」

 

 こんな感じだ。

つまり、ゴールドシチーのチームアルコル勧誘の予定は一切ないということ。

もちろん、フユミにその気がないだけ、という可能性もあるのでゴールドシチーからそれとなく裏を取る必要もあるが。

 

 なにしろ、このトレーナーは押しに弱い。

下手なことを言ってゴールドシチーをその気にさせたら、きっと断りきれない。

今回のトレーニングだって、押しきられてのことなのは間違いないのだ。

 

「では、ゴールドシチーさんにかなり熱を入れたトレーニングをしていた理由は?」

 

「彼女に焦りが見えたからです。クタクタになって一歩も歩きたくないというほど追い込まないと、焦りから隠れて過剰な自主トレをしがちです。特に目標が大きいほど。そうさせないためには、焦る必要がないほど自信を付けるか、そんなことを考える余裕もないほど追い込むしかありません。こういうトレーニングは僕の主義には反しますが、ベッドに縛り付けて部屋の中に閉じ込める訳にもいかないですからね」

 

 苦笑交じりの冗談を交える時はだいたい、自分でも無茶苦茶をしていると思っている時だ。

弥生賞にサイレンススズカとマヤノトップガンを同時に出すと言った時も、理由を言いながらやはり苦笑していた。

 

「ゴールドシチーさんの大阪杯、ずばり勝てる見込みはありますか?」

 

「ゴールドシチーは阪神JFを勝ってます。内回り2000と外回り1600という差はありますが、仁川の大おにぎりで一度は勝っているんです。同世代で仁川を勝ったウマ娘が他にいないというアドバンテージは無視出来ません。勝てる見込みはそこしかない」

 

「つまりコースの熟練度で一日の長があると。しかしそれを言うと今回の大阪杯では強敵がいます」

 

「わかっています。ビワハヤヒデ……よりにもよって大阪杯はBNWのBが出張ってくる。彼女、ココの出来が違うから仁川のコースにもピタリと自分のペースを合わせてくるでしょうね。しかも過去に仁川で痛い目に遭ってるから尚更、対策を徹底してくるハズです」

 

 フユミはこめかみを指でトントンと叩きながら話す。

過去にコース整備の関係で春の天皇賞が京都ではなく阪神で行われたことがある。

ビワハヤヒデはそこで4コーナーの僅かな隙をナリタタイシンに内から突かれたことで並ばれて危うく内から差し切られかけたが、競り合いの末にアタマ差でなんとかギリギリの勝ちを拾った。

足の位置がまったく同じで、頭がビワハヤヒデのほうが前に出ていての勝ちだったことから『やはりレースはアタマ』『アタマを使った勝利』『勝利の鍵はアタマ』と当時は大きな話題になった。

頭脳派でならす彼女の必死の競り合いからのごり押しはそうそう見られるものではなく、ファンは盛り上がったものの、本人も勝ちはしたが表情は複雑そうに苦笑していた。

そのビワハヤヒデが阪神芝2000内回りである大阪杯の出走を決めたのは、明らかにこの天皇賞春の4コーナーのリベンジが目的だろう。

 

「正直、理詰めで勝ちに行ける隙はどこにもないんですよ。普通にやったらゴールドシチーの勝ち筋は細過ぎて、運任せで、しかも切れやすい」

 

 注文したフライドポテトがテーブルに出され、フユミはその中の細くへなへなとした1本を選んで摘まむ。

 

「このくらいの頼りなさ、ってところですね。ゴールドシチーの勝ち筋があるとしても」

 

「細いですね……」

 

 でしょ、と言ったあとにフユミトレーナーはそのヘロヘロなポテトを折り曲げてから口に放り込む。

ポテト1本にむぐむぐと時間をかけて噛んだあとに手元の野菜ジュースと共に飲み込む。

フユミトレーナーが軽く引くほど少食というのは知っているものの、実際に目の前で見ると本当に少食だ。

仮にも成人男性のハズなのに、ここまで食が進まない人も珍しい。

 

「残念ながら、僕はこのポテトの1本1本を太くすることは出来ません。僕に出来ることは、このポテトに塩を振ってケチャップを付けてやることくらいです。オーロラソースとかも用意できればいいんですけどね」

 

「勝てるかどうか、最終的には本人次第……ということですか」

 

「ターフに送るまでのことはあらゆることを尽くしますけど、ターフに送り出してしまったら出来ることは何もありません。あとはゴール板を鼻っ面1ミリでも前に出てることを願うくらいです」


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