逃がさないスズカと逃げるマヤと逃げられないトレーナー   作:エアジャガーる

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理事長の青写真

「うむっ!如何にもお伽噺ッ!このままでは泡沫の夢として儚くも潰えてしまうであろうッ!そうなればこのトレセン学園の損失は計り知れないッ!」

 

理事長は自分で言ったことに自分でショックを受けて上にいる猫ごと頭を抱えて愕然とする。

 

「この事態にサイレンススズカの現トレーナーも大変、憂慮しているッ!先ほど、トレーナーから彼にサイレンススズカのことを任せることを提案してきたッ!曰く『自分より彼のほうが的確にサイレンススズカの面倒を見れるだろう』と」

 

いったい何を根拠に、と思う。

本心から言っているなら、軽蔑する。

建前の裏の本音が予想出来る。

要するにサイレンススズカのことはお手上げなのだ。

たまたま機会があったのに乗じての、体のいい厄介払いということだろう。

これでサイレンススズカが埋もれれば、フユミトレーナーはトドメを刺される。

サイレンススズカとフユミトレーナーは有形無形の圧力でトレセン学園を去ることになるだろう。

まったく、この皇帝シンボリルドルフとしては許しがたい愚行を、どうやって止めるべきか。

 

そこでふと、シンボリルドルフは気付く。

サイレンススズカは既にフユミトレーナーの担当になっているのではないのか?

 

「既にサイレンススズカはフユミトレーナーの担当となったのではないのですか?」

 

「うむッ!今はあくまでも模擬レースまで一時的に、という形だ。しかし、私は見たッ!昨日、ターフを駆けるサイレンススズカの姿に、確かに光を見たッ!!!」

 

「それは……単にサイレンススズカの才気では……」

 

「否ッ!断じて、否ッ!!サイレンススズカの才気をあそこまで引き出したのはかのトレーナーだッ!!!」

 

本当だろうか?

自分が直接見た訳ではない以上、真に受ける訳にはいかない。

しかしながら、優秀なウマ娘のトレーナーは優秀なトレーナーであればよいというわけではないことは、他ならぬシンボリルドルフ自身が体現しているのだ。

反論するほど、自分とトレーナーの栄誉を曇らせることになる。

これ以上のトレーナーへの背任はない。

それよりも、だ。

 

「それで、私は何故呼び出されたのか、未だにわからないですが……」

 

「うむっ!本題ッ!フユミトレーナーとサイレンススズカのトレーナー契約を可能な限りサポートしたいッ!しかし、私が口出しする訳にはいかぬッ!」

 

持っている扇子をバッ!と開くと、そこには「提案」と筆文字で大きく書かれていた。

わざわざ用意したのだろうか……

 

「なにより本人達の意思が大事だッ!そこで、君にはサイレンススズカの意思を確かめてもらいたいッ!出来れば、フユミトレーナーの意思もッ!そして少しでも意思があるのならばッ!」

 

言いながら扇子を手のひらを叩くようにして閉じて握る。

 

「あの二人を契約させるために尽力してほしいッ!」

 

どうやら理事長は本気でこれが、サイレンススズカの未来が一番素晴らしいものになると思っているらしい。

にわかに信じがたいが、自分の時のことを言われると苦しいので伏せる。

 

「模擬レースの結果次第ということでひとまず保留させてください」

 

シンボリルドルフの言葉に、理事長は満足げな笑顔で頷く。

 

「うむっ!最高の返事であるッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

「フユミトレーナーさん」

 

「ああ、たづなさん」

 

昼過ぎにチームルームにいるトレーナーのところに顔を出してきたのは、緑の秘書さんことたづなさんだ。

しかし、なんの用だろうか?

 

「新しい備品の長テーブルを持ってきましたよ」

 

「昨日の今日とは、これはどうも……って持ってきたんですか?」

 

「はい。本当はもっと早く持ってくる予定だったのですが、いろいろと立て込んでたので……」

 

トレーナーは暇を見て必要な時に倉庫へ取りに行くつもりだったので、壊れたことの報告と別のテーブルの使用許可をもらうための申請を出したハズだが、たづなさんはまだビニール包装も解いていない新品の長テーブルを届けてきたらしい。

 

「悪いですよ、たづなさん。こんなところに新品なんて」

 

「いえ、これからいいスタートを切って頑張りたいじゃないですか。新品に入れ換えて、心機一転しましょう!」

 

「いえ、僕はそういうのは予定にないので……」

 

「椅子も新しいのはありますから!備品はどんどん入れ換えましょう!」

 

「たづなさんっ……!」

 

テキパキと長テーブルの包装を剥がして、足を立てていくたづなさんに、トレーナーは声が大きくなった。

 

「長テーブルだけで、大丈夫ですから……そもそも備え付けを壊したから申請しただけで、使う予定はありませんから……」

 

「……どうしても、ですか?」

 

「……おそらくは」

 

「……あまり、ご自分を責めないでください。貴方に責任はない、なんて言いません。ウマ娘達の将来を預かるトレーナーの責任は重大ですから。ですが」

 

がちっ、がちっ、と足をロックして天板を下にしていた長テーブルを引っくり返して立たせる。

 

「後悔ばかりを見て、今いる娘のことを見落とすようなら……軽蔑しますよ?」

 

「たづなさん、それを言いに来たんですか?」

 

「いえ、一番の用件はこれです」

 

たづなさんは、今まさに用意したテーブルの上に一枚の紙を出す。

 

「サイレンススズカさんの正式な担当契約の登録書です。あとは貴方とサイレンススズカさんのサインだけで完成です。申請日は明日。意味はわかりますね?」

 

「サイレンススズカは既に他のトレーナーと契約している。こんなものがここにあるのはおかしい」

 

「サイレンススズカの担当トレーナーは、この登録書が届け出されるならば、自身との契約は破棄すると言いました」

 

「なんだって?……冗談なら、タチが悪すぎます。冗談ではないなら……」

 

サイレンススズカを、自分から見捨てたことになる。

そんなの、納得出来るものか。

 

「冗談ではないなら、許しがたい。その紙は、破棄してください。僕は、サイレンススズカのトレーナーになるつもりはありません」




動きなさい!私の筆ーっ!なぜ動かないのですーっ!

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