逃がさないスズカと逃げるマヤと逃げられないトレーナー   作:エアジャガーる

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サンタ・アナ

「うぅ……トレーナーさん……」

 

「はわわぁ……トレーナーちゃぁん……」

 

 四人で玄関を出る前に“今日は絶対にトレーナーとは呼びません”と決めて、フユミを名前でずっと呼びながら宿舎を出たサイレンススズカはわずか半刻と持たずに両手で顔を隠して呼んでしまった。

そして面白い遊びだと思ったのか一緒になって名前で呼んでいたマヤノトップガンも同時に沈没した。

サイレンススズカが自分から始めたこのゲームは、残念なことにまだ駅に着いた段階で、早くも二人揃ってゲームオーバーである。

原因はハッキリ言ってしまえば自爆だ。

 

「オゥ、オーカショーだけじゃなくてサツキショーのポスターも飾られてマース。マヤのポスターもステキデスネー」

 

 タイキシャトルが「ファミリーにも見せてあげたいデース」と写メを撮るのは、壁に飾られているポスターだ。

桜花賞のサイレンススズカのポスターが貼られている隣に、皐月賞のマヤノトップガンのポスターも貼られている。

事前の確認で、ある程度の出来栄えを知っているフユミは「もう皐月賞のも貼り出しが始まったのかぁ」と呑気に見ていたところ、隣で当の本人であるサイレンススズカとマヤノトップガンが恥ずかしさに悶えていた。

 

「トレーナーちゃん、たすけてぇ……」

 

「助けて、と言われてもなぁ……」

 

 マヤノトップガンのポスターは、まるで化粧品のポスターみたいに下からパンした顔のアップで口許に指を添えているポーズだ。

少しだけリップを塗ったのかいつもより鮮やかな色の唇と後ろの壁にスプレーで書かれた「38」という数字の落書きだけがカラーで、あとは色彩を落としてモノクロに近付けている。

わざわざフォントも拘ったのか、あるいはそのデザインを作ったのか、リップで直に書いたような筆記体の英語が書いてある。

フユミは英語があまり得意ではないので、筆記体だと何を書いてあるのかまるで読めない。

筆記体でなければ読めたのか、というのはさておき。

 

「“to Robin . R2B”デスカ?hmm……」

 

「タイキさん読まないでぇ!」

 

「……アールツービー……って、なんだ?」

 

 タイキシャトルが筆記体の英語を読んだが、意味はイマイチわからない。

ロビンへ、と言われてもマヤノトップガンの交遊関係でそんな名前のウマ娘の話は聞いたことがないし、アールティービーの意味もよくわからない。

マヤノトップガンが抱き着いて顔を隠したままで意味を説明しようとしないから、答えもわからない。

 

 もしかしたら年頃の女の子の間の流行なのかもしれない。

わざわざリップで書いている辺り、きっとそうなのだろう。

そういうのに興味が薄いというか、関心があまりないサイレンススズカが反応しないし、日本に来てまだ数ヵ月のタイキシャトルがわからないみたいだし、たぶんそうなのだろう。

 

 もしくはマヤノトップガンが大好きだというパイロットの父親から教わったものなのかもしれない。

どちらにしても、フユミの知識や見識が及ぶ範囲にないもののようだ。

 

「うぅ……カッコいいポスターにしたかったけど……マヤ、恥ずかしいよぅ……」

 

「……なんだかわからないけど、ノリと勢いって怖いね」

 

 友達と集まって相談している内に、どんどん盛り上がっていろんなものを盛り込んだのだろう。

収拾がつかないような要素だらけのポスターにならなかったのは、マヤノトップガンの希望を削ぎ過ぎずに体裁を整えた広報部の手腕だろう。

腰に抱き着くマヤノトップガンの頭を撫でながら、フユミはサイレンススズカのほうを見る。

てっきり、出来たポスターを見てもさらっと流してしまうとばかり思っていたので、サイレンススズカの反応は少し予想外だった。

 

「このポスター、もしかして町のあちこちに貼られてます……?」

 

「少なくとも、関西にはいっぱい貼ってあるだろうね」

 

 桜花賞の舞台は阪神レース場だ。

阪神レース場のレース開催が、地元の黄色と黒の縞々模様のプロ野球チームのホームグラウンドでの試合より開催頻度は少なく、しかもGⅠレースに至っては年内にあるのは、あとは初夏の宝塚記念と年末の阪神JF、朝日杯FSしかないのだ。

積極的な広告活動が行われるのは、間違いない。

 

「…………あ、あの……これ……みんな、私の顔を知ってるってこと……ですよね?」

 

「ピンときたら110番!みたいな写真より、ずっと見映えがいいし、間違いなく知ってるだろうね」

 

「……嘘でしょ……」

 

 サイレンススズカは両手で顔を押さえたまま、左回りを始めてしまうくらいには恥ずかしかったらしい。

どうやらポスターそのものより、ポスターで周りが自分のことを知って注目することが恥ずかしいらしい。

 

 取材は月刊トゥインクルのみ、他のメディア露出はほぼシャットアウトしているとは言え、桜花賞が近付くにつれて、サイレンススズカはコアなファンのみならず一般的な認知度も上がってきている。

少なくともまだこの広告が出ていない先週の時点でも、サイレンススズカはショッピングモールの中でパンチパーマのおばちゃん達に代わる代わる喉飴とかをもらっているのだ。

サイレンススズカ本人は「なんだかいろんな方からお菓子をいっぱいもらいました」と温和な笑顔でいたが、どうやら自分が有名になりつつある自覚はなかったらしい。

 

 あとでショップとかで自分のピンナップとか見つけたらパニックになって走って逃げたりしないだろうか。

少し、通り道を考えて歩く必要がありそうだ。

 

 サイレンススズカとマヤノトップガンを宥めながら、駅のホームに向かう。

とりあえず繁華街に着いたら、サイレンススズカ達が少しでも目立たないように帽子を買って被せることにしよう。

パーカーのフードを被りながら、フユミは財布の勘定とサイレンススズカ達の格好に合う帽子を考えることにした。




ヴァルゴ杯の話、ですか?
シチーさんが暴れると勝ちます。決勝はグループBに落ちましたけど!
とりあえずわかりやすいように章分けしました。
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