逃がさないスズカと逃げるマヤと逃げられないトレーナー 作:エアジャガーる
「ようこそ、トレセン学園へ」
「はいっ!よろしくお願いします!」
緑の帽子とスーツの人が、トレセン学園の門で待っていた。
ここまでの道中は蒼い毛のお姉さんがまるで勝手知ったようにまっすぐに歩くので、一度も迷わずにここまで来た。
自分1人だとちゃんとここまで来れたか、自信がない。
「スペシャルウィークさん、あなたの荷物は既に寮に届いています。部屋割りは寮長のフジキセキさんから聞いてください」
「はいっ!」
「で、あなたは?」
「私?保護者だよ」
「スペシャルウィークさんの保護者さんの訪問は聞いていませんが」
後ろにいるお姉さんを見る緑の人の目が少し、鋭くなる。
自分が見られているわけではないのに、少し緊張してしまう。
「そりゃあ、そうだろうねぇ。アポ無しだし、そもそもアタシぁ、スペシャルくんの保護者ではないもの」
「ひっ!」
お姉さんの首が肩に載って、反対側から腕を回して顎を指先で撫でながら話してくる。
蛇に絡み付かれたような気持ち悪さと怖さに尻尾と耳が逆立って身体が固まってしまう。
横に見えるお姉さんの顔が、なんだかとっても怖い。
緑の人の右足が一歩だけ、前に出た。
「では、どのようなご用件でしょうか?出来れば口からお聞きしたいのですが」
「いやぁ、なぁに。ここに1人、冴えなくて陰気臭くて暗い屁理屈ばかり口から出てくるめんどくさい童顔な新人トレーナーがいるでしょ。ソイツに会いに来たのヨ、アタシ」
やっぱりこの人、悪い人だ!
私は直感でお姉さんを突き飛ばして、緑の人より向こうに逃げる。
お姉さんは、おもいっきり突き飛ばしたのに少しよろめいただけで、特に表情も変えずにツナギのような服のポケットに手を入れて身体を起こす。
「いい立ち上がりじゃない。その初速ならイイ線行くかなぁ」
「な、なんですか!あなたはいったい!」
お姉さんは私が見てもわかる胡散臭い笑顔を作る。
お母ちゃん、この人悪い人です!
危うく騙されるところだった!
やっぱり東京は怖いところだったよ、お母ちゃん!
「スペシャルくんのことはオマケでね。アタシの本題はここにいる1人のトレーナー、あなたさっき理事長秘書って言ってたっけ?なら知らない?フユミってトレーナーなんだけど」
「……ご関係は?」
ニィ、と笑った口から尖った牙まで見える。
この人、きっとウマ娘じゃない!ウマ娘に成り済ました悪魔か怪物だ!
きっと噛み付かれてそのまま食べられちゃうんだ!
助けてお母ちゃん!
「お、ね、え、さ、ん……だよっ!」
「ん、電話か」
電車を降りたところで電話の呼び出し音が鳴る。
発信元がたづなさんなので、きっと仕事の話だ。
仕方なく、静かなところで出る。
『あの、フユミトレーナー。つかぬことをお聞きします』
受話器の向こうから、たづなさんの真剣そうな声がする。
なにか割とヤバめなことがあるような気がして身構える。
『フユミトレーナーにご兄弟はいらっしゃいますか?』
「……そこにいるのが、僕の姉を名乗る蒼い毛のウマ娘なら、さっさと110番してください。そうでないなら赤の他人の成り済ましなので普段通りの対応してください」
口調が強まるのをなんとか抑えて、淡々と対応を求めることが出来たハズだ。
もう、あれと話すようなことは何もない。
『……わかりました』
「では」
通話を切る。
最初から壁に寄り掛かっていてよかった。
そうでないと、ふらついたり倒れたりするところだった。
「フユミ、さん?」
「大丈夫だ。たづなさんから確認の電話があっただけだ」
どうやら、トレーナーと呼ばないという今日の決まりをまだ守りたいらしく、名前で呼びながらこちらの顔を覗き込んできたサイレンススズカの頭を撫でる。
彼女の耳の良さなら、今の会話は筒抜けだろう。
しかし、その内容を察するようなヒントはないだろう。
あくまでも家族に成り済ました不審者の対応の話にしか聞こえないハズだ。
「トレーナーちゃん、どうかしたの?」
「たづなさんからの確認の電話だ。何でもないから大丈夫だよ」
自販機で買ったのだろう、りんごジュースのペットボトルを持っているマヤノトップガンの頭も撫でる。
タイキシャトルはどこに行ったんだろう。
「ここがナニワのタウン!楽しみデス!」
観光案内のパンフレットを見つけたのか、広げたパンフレットを見て盛り上がっていた。
今日は3人の大阪観光だ。
これから慌ただしくなるクラシック戦線へのモチベーションを高めてやりたい。
「どこか、行きたいところはないんですか?」
サイレンススズカは何故か僕に訊いてくる。
そんなことを訊かれても、Yの字でポーズする人の看板とか川に投げ込まれた白髪のおじさんの人形とかシャカシャカ動くカニの看板とかずっと太鼓叩いてる人形とかばかりが思い浮かんで、観光に行く場所がパッと思い付かない。
いっそ最初から四人でユニバーサルなテーマパークに行けばよかった。
「んぅ……とりあえず街を歩きませんか?」
「……みんなが、それでいいなら」
「フユミトレーナーと相当、姉弟仲が悪いんですね。警察に突き出すように言われました」
応接室に入ったたづなさんは、ソファにドカリと座ってダラダラ寛ぐ髪の蒼いウマ娘に電話の返事を伝える。
フユミと姉弟であるかはともかく、素性だけはハッキリしていたので門前払いする訳にもいかず、スペシャルウィークのことをフジキセキに任せたあと、フユミとの電話で返ってきた答えを伝える。
態度や口調はフユミと姉弟の関係とは思えないほど違うが、笑いかたと質問に対する答え方だけは似通っている。
「んー、やっぱり?まだ怒ってんのかなぁ。姉らしいこと、2つくらいしかしたことないからなぁ」
申し訳なさそうな口調だが、足を組んで座り直した態度は明らかに笑っていた。
どうにも正体というか本音がわかりにくい。
「本当に姉なんですよね。“スカイズプレアデス”さん?」
「もちもち。まぁ、義理の姉だけどね。養子だから、あの子」
スカイズプレアデスという名前で、ようやくこの蒼髪のウマ娘が経歴不詳のラリーウマ娘であることに気付いたたづなさんは注意深くその姿を見る。
首にピッチリとハメたレザーカラーのネックレスとへそ出しの黒いトップスに、明るい青色に黄色の差し色があちこちに入ったレーシングスーツを上半身だけ脱いで袖を腰に縛って巻いている。
脚はどうにも見えないが、気配が明らかに速いウマ娘のそれだ。
「養子、ですか。相当、嫌われているようですが何があったんですか?」
「おっ!保護者面談みたいでいいねぇ。一度くらいはやりたかったのよ、こういうの」
スカイズプレアデスは前のめりになって笑う。
間違いなくフユミと似ている笑いかただ。
血縁がないのに逆によくここまで似たものだと、たづなさんは思う。
このウマ娘とあのトレーナーの二人の会話の間にいたら、きっと間違いなく体調を崩す。
「アタシさ。ジジィが作ったトレーナー業のボットみたいな状態のあの子を散々連れ回した挙げ句に、有無を言わさずトレーナー養成施設にぶちこんだんだよね」
ドリフトクソ女、ついに来ちゃった……
それといつも誤字報告してくれるみなさん、ホントにありがとう。
R2BはReturn to(2) Baseだから2で大丈夫よ。