逃がさないスズカと逃げるマヤと逃げられないトレーナー   作:エアジャガーる

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タイラントパレード

「あれ、あの髪色……」

 

「んー、どうした?」

 

 ダイワスカーレットとウオッカがグラウンドに向かって歩く途中、ダイワスカーレットが立ち止まった。

ウオッカがダイワスカーレットの見ている方向を見ると、たづなさんが蒼髪のウマ娘を連れて歩いている。

マルゼンスキーとどっこいか、それ以上の歳に見えるそのウマ娘の姿は二人の記憶に新しい存在だった。

 

「追うわよ!」

 

「おっ!おいっ!待てって!」

 

 ダイワスカーレットが一言言ったかと思ったら走り出したので、ウオッカも慌てて追い掛ける。

見間違いでなければ、あのウマ娘は動画で散々見ている。

 

“スカイズプレアデス”

 

 経歴不詳、正体不明のラリーウマ娘。

走っているウマ娘にとって致命的なミスであるスリップをカバーする技術であるスライドよりも更に一段階鋭く、速く走るためのドリフトという技にまで昇華させた峠の王者。

そんなウマ娘がなぜここにいるのかはわからないが、その姿を見たダイワスカーレットが黙って見過ごすハズもない。

勝つためなら、可能性があるならどんな走りも追究しようとする常識外れな生真面目さと、そうまでしてでも負けたくないという天井知らずの負けん気がガッチリと噛み合ってしまっている今のダイワスカーレットは、ウオッカにはあまり止められない。

こうなったダイワスカーレットに対してウオッカが出来ることは、ダイワスカーレットがやり過ぎないようにほどほどに誘導することとハルヤマトレーナーを呼んで止めさせることしかない。

 

「応接室に入ったわね」

 

「応接室……ってことは学園の客ってことか?」

 

 スカイズプレアデスが応接室に入ったあと、外の廊下でたづなさんが電話をしている。

しばらく電話をしたあとにたづなさんも入り、話を始めたようだ。

 

「入りましょ」

 

「オイオイ、待てよ。仕事の話をしてたりしたらどうすんだよ」

 

「もしかしたら、親戚の子とかが学園にいて様子を見に来ただけかもしれないわ」

 

「だとしても結局ダメだろ!」

 

 ウオッカはダイワスカーレットの腕を掴んでなんとか宥めながら引き返そうとするが、ダイワスカーレットは応接室に向かおうとウオッカごと引っ張ろうとする。

もしかしたら講演会とかを企画していて、ゲストに招いているのだとしたら失礼になるかもしれない。

それで講演会がポシャるようなことがあったら、と考えたウオッカは青ざめる。

そうでなくともプライベートで様子を見に来たなら、気分を害してしまうかもしれない。

少なくとも生徒の中にスカイズプレアデスの親戚を名乗るウマ娘がいないし、そのウマ娘が隠しているのだとしたらここでスカイズプレアデスがいることが騒ぎになったら問題になってしまう。

 

「もう……っ!行くわよ!」

 

「待てって!うわっ!もう知らねぇからな!」

 

 ついにダイワスカーレットに力負けして、引き摺られかけたウオッカが仕方なく続く。

ダイワスカーレットがその熱量に対して、あまりにも静かに扉をノックする。

中からたづなさんが出てくるまで少し間が空いた気がするのは、ウオッカ自身も内心では興味を惹かれているからかもしれない。

 

「あら、ダイワスカーレットさんにウオッカさん。どうかしましたか?」

 

 中から出てきたたづなさんは、中を見せないように扉を閉めてから口を開いた。

ただ、中には間違いなく鮮やかな蒼い髪のウマ娘の姿が確かに見えた。

 

「今、この中にラリーウマ娘のスカイズプレアデスさんがいらっしゃいませんか?」

 

「……いますけど、どうかしましたか?」

 

「会わせてください」

 

「……会いたい理由はなんですか?」

 

「教わりたいことがあるんです。速く走るために」

 

 気付いてないのか、気付いている上で無視しているのか、生徒にはいつも笑顔しか向けないたづなさんが珍しく険しい顔をしているのに、ダイワスカーレットはまるで怯まない。

たづなさんとしては、生徒にスカイズプレアデスを会わせたくない理由があるのだろうか。

そもそも学園側が生徒にスカイズプレアデスを会わせたかったら、たづなさんがこのように隠すようなことをするだろうか?

 

「申し訳ありませんが、その、会わせるわけには」

 

「スカーレット、やめようぜ!」

 

 たづなさんが言い切る前にウオッカはダイワスカーレットを後ろから軽く羽交い締めにして下がろうとする。

それと同時に、ガチャリと応接室の扉が開く。

 

「話は、聴いたよん?」

 

「っ!」

 

 たづなさんの後ろに立って、たづなさんの肩から覗き込むように顔を出してくる。

蒼い波打ったような髪に、薄い黄色の瞳。

そして、どこかで見覚えのある笑いかたをする口許。

 

「中央のターフに立とうというウマ娘の中のエリートが、私のようなラリー屋のファンだなんて、嬉しいことを言ってくれるじゃない。アタシゃあそう思うけど、学園側にゃあ御迷惑かなぁ?理事長秘書さん」

 

「あっ、ぁの、ですね……」

 

 たづなさんの肩に後ろから顔を出して横目で表情を見ながら、気付いたら片手をお腹に回して臍をなぞるように撫で、もう片手を胸元に置いてから首を伝って顎へと滑らせ、スカイズプレアデスは蛇が巻き付くか宿り木の蔦が絡み付くようにたづなさんに纏わり付く。

ウオッカはその光景がなんだか見てはいけないようなものに見えて、ダイワスカーレットから離れて顔を手で隠しながら、指を少しだけ広げてその隙間からチラチラと見てしまう。

 

「私の一存ではっ!決められません!」

 

 顔を赤くしたたづなさんが押し退けて逃げるように離れると、スカイズプレアデスはおどけた顔でわざとらしく残念そうに肩を竦める。

 

「だってさ、ツインテのお嬢ちゃん。悪いけど今はここではセミナーをして、やれないらしい」

 

 ダイワスカーレットより背丈が高いスカイズプレアデスは、歩み寄られても一歩も退かないダイワスカーレットの耳に口を寄せて小さく囁く。

ダイワスカーレットの近くにいたウオッカは、スカイズプレアデスが歩いてきた時点で後退りしてしまったので何を話したのか聴こえない。

何かをダイワスカーレットに伝えたあと、スカイズプレアデスは後ろ手に手を振りながら廊下を歩き出す。

 

「じゃ、私は帰るわ。理事長秘書さん、渡したヤツをちゃんと届けてネ。バイバーイ」

 

「あっ!待ってください!外まで送ります!」

 

 スカイズプレアデスとたづなさんが去ったあと、ウオッカはダイワスカーレットの側に近寄る。

ウオッカはダイワスカーレットが明らかに何かを決意したような目をしているのに気付く。

 

「スカイズプレアデスに何を言われたんだ?」

 

「……桜ヶ丘、いろは坂通り」


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