逃がさないスズカと逃げるマヤと逃げられないトレーナー 作:エアジャガーる
「まったく……マイ、お前の呼び出しはいつも急で困る」
「人生はいつも風雲急、そしてケセラセラ。ハプニング、バトル、トロフィー、この3つがピリリと効いてこそ、楽しい人生でしょう?」
すっかり日が傾いた頃、助手席で淡々と靴紐を結ぶスカイズプレアデスは、運転席にいる白髪交じりの面長な開発部長をちらりと見る。
立場上は開発部長のほうが上司ではあるものの、実際にはサポートチームを率いる身であり、実際に走るスカイズプレアデスには頭が上がらない。
「生憎、俺は平穏な人生のほうが好きでね。しかし、急に北海道バカンスから帰ってきたと思ったら新しい靴と一緒に金属蹄鉄入ったシューズを買ってきてガレージにしまってる自分の車と一緒にここに持ってこいとは、人使いが荒すぎやしないか?」
スカイズプレアデスは助手席から降りて軽くタップダンスを踊るように小さくステップを踏むと、蹄鉄がアスファルトの舗装を叩いてカツカツと鳴る。
普段履いているラリーレース用のシューズは硬質ゴムの蹄鉄を嵌めているため、こういう音は鳴らない。
スカイズプレアデスが金属蹄鉄、しかもトレセン学園の生徒御用達のトレーニング用重蹄鉄を嵌めたシューズを履くことなんて、スカイズプレアデス本人の過去にもあっただろうか。
「お陰様でのびのびと仕事させてもらってます。働き者で部下思いな上司は大好きですよ?部下として。あっ、帰りは自分で転がすから」
「そうしてくれ。猛獣みたいなコイツの運転席よりは、お前の助手席のほうがまだマシだ」
ダッシュボードを指差しながら如何にも嫌そうな顔の開発部長はボヤく。
それを見ながらスカイズプレアデスは人が悪そうにケラケラ笑う。
「ひどいなぁ。私のアネシスは世界最強にして最速、信頼性と利便性、そして凛々しさ。まるでウマ娘のかくあるべきみたいな車だよ?」
「なぁ、スカーレット!ホントにやる気かよ」
「わかんないけど、わざわざ道に呼び出したってことはそういうことでしょ。お茶のお誘いならそこら辺の喫茶店のハズじゃない」
「だからって、世界中のラリーで走ってるプロ相手にいきなり勝負なんて」
ハルヤマが走らせる車中で、後部座席のウオッカとダイワスカーレットが言い争っている。
というよりも慌てるウオッカが澄ました顔のダイワスカーレットを必死に説得している。
「スカーレット、走るからには俺にちゃんと付き合わせろ」
「わかってるわよ。ごめん、無理言って」
「構わねぇよ。俺はお前がそういう奴だと知った上でスカウトしたんだ。ただ、無理はするな。俺が止めたら絶対に止まれ。いいな?」
ハルヤマがキュッ、とブレーキを踏む。
少しだけ車内が揺れて、助手席で寝ていたサンジョーがドアウィンドウに頭をぶつけてしかめ面で起きる。
「くぁ……着いたか」
「あぁ、ここが桜ヶ丘……いろは坂だ」
急勾配が始まる前の信号のある交差点を抜けて、路肩に車を止めた。
ハルヤマの車は図体がデカいから寄せただけでは邪魔になるので、歩道の切り下げに乗り上げている。
見上げれば頂上の辺りまで見上げられるが、それでもやはり急勾配で、坂というより山を登るような道だ。
府中の近くにこんな坂路があるとは思ってもみなかった。
車から降りて頂上を見上げたウオッカは、思わず尻尾がピクリと疼く。
隣のダイワスカーレットは、頂上を見ながら何を考えているのか。
「ホントに来るとはね。保護者同伴は、なけなしの理性ってところかしら」
脇道の陰から、舗装路を蹄鉄入りのシューズで歩いた時の金属音を鳴らしながら、彼女は夜中の海のような髪を靡かせながら歩いてきた。
後ろにはカラカラとトランクケースを引っ張ってくるスーツ姿の中年というより初老に食い込みそうな歳の男を連れている。
「スカイズ……プレアデス!」
ハルヤマが険しい顔をしながら、スカイズプレアデスに向かって歩く。
並んで歩こうとしたダイワスカーレットを背にして遮るように、少しだけ片腕を広げながら口を開く。
「スカイズプレアデスさん、だな」
「ここだけなんだけど……“スカイズプレアデス”に、さん付けしないでくれる?私はブルーマイカ。マイ、って呼んでくれる?」
「じゃあ、マイさん。ウチのかわいい担当に、こんな夜のいろは坂で何を教えてくれるっていうんだ?」
後ろにいるダイワスカーレットが面食らったのも気にせず、ハルヤマは話を続ける。
「口で説明しても実感湧かないだろうけど、誤解を解いとこうと思ってね……君達、きっと勘違いしてるだろうから」
「誤解?勘違い?いったい何のことだ」
ハルヤマが聞き返すと、カンカン、とスカイズプレアデスは足元の舗装を蹄鉄で叩く。
その音でウオッカは気付いた。
峠道を走るラリーウマ娘であるスカイズプレアデスが、シューズに金属の蹄鉄を嵌めている?
調べた限りでだが、ラリーウマ娘は硬質ゴムの蹄鉄を使っているハズだ。
スカイズプレアデスだって、それは例外じゃない。
理由は簡単だ。
この舗装路を金属蹄鉄で走ったら、足音は煩いし衝撃に足裏を痛めるしグリップ出来なくて滑ってしまう。
ダイワスカーレットだって、今は外を走る用のゴム底のシューズを用意していたハズだ。
「ドリフトする私を動画辺りで観たんだろうけど、別に私は……ドリフトを絶対の武器にしてる訳じゃない。まずはそれを、わかってもらいたくてね」