逃がさないスズカと逃げるマヤと逃げられないトレーナー   作:エアジャガーる

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ガスッ!ガスッ!ガスッ!

「な、なんだってんだ……これ」

 

 後ろから見ているウオッカはスカイズプレアデスとダイワスカーレットの両方の走りを並べて見ることが出来る立ち位置にいる。

だからこそ気付いたことがあるし、気付いたことに対する反応は絶句だった。

 

 ダイワスカーレットは競り合いを仕掛けているから気付かないだろうが、スカイズプレアデスは足元からほとんど金属の音がしない。

スカイズプレアデスがストライドで坂を登ってることに、最初は単なるパワーアベレージの違いしか感じなかった。

しかし、走る足音があまりにも静か過ぎることに気付いて違和感を覚えた。

爪先にある蹄鉄の金属部分が接地した時の音が明らかに小さすぎるのだ。

隣でダイワスカーレットが少しでも力んで踏み出せば聞こえなくなる程に。

 

 だからこそウオッカは下がった位置のままスカイズプレアデスとダイワスカーレットが並んでからずっと見比べている。

ダイワスカーレットは坂道を短い歩幅で走るピッチ、対するスカイズプレアデスは一歩の幅が大きいストライド。

ターフの上ならいざ知らず、坂の上を見上げるような傾斜なら間違いなくピッチで走るダイワスカーレットのほうが有利なハズだ。

ましてやそこにヘアピンコーナーまである以上、ラインの修正は歩幅が小さいほうがしやすい。

そのハズなのに、スカイズプレアデスはストライドで豪快かつ静かにコーナーをクリアしていく。

そこでようやく気付いたのだ。

スカイズプレアデスは踵から路面にアプローチしてから、爪先に向かって踏み締めていく。

踏み込みの力はもちろん入っている。

路面の標識がしっかりと蹄鉄で刻み込んだのだろう切れ込みで抉れている。

音の小ささを考えれば、深い傷が入っているだろう。

 

 蹄鉄でアスファルトを叩く音が小さいのは、足裏の着地の瞬間には爪先に力が入っていないから?

踏み出す時にだけ、爪先に力を入れて踏み込んでいる?

今のスピードで走りながら、一歩一歩踏み込む度に足裏の力をコントロールしきっている?

目の前でされていることが意味がわからない。

気が変になりそうだが、実際に目の前で起きていることは現実だ。

 

 3つ目のヘアピンコーナーをダイワスカーレットとスカイズプレアデスが並んだまま抜けて、ストレートの次は右への緩やかな登り坂のコーナー。

ダイワスカーレットがセンターライン寄りを曲がる、その外から蹄鉄の擦れる音を僅かに大きく鳴らしながら一気に加速したスカイズプレアデスが被せていく。

確かここから先は長い道なりまっすぐの下り坂だ。

コーナーを抜けて下り坂に突入したスカイズプレアデスは、露骨にペースを上げ始めた。

 

「くっ!」

 

 前からダイワスカーレットの声が聞こえた。

スカイズプレアデスに突き放されまいと、ほとんどつんのめるように下り坂に飛び込んでいく。

下り坂を同じスピードで追っていくことにウオッカは恐怖を覚えるが、ここで突き放されるわけにはいかない。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほーぅ?」

 

 思っていたよりツインテのほうが食らい付いてくる。

中央にいるようなウマ娘が「速く走りたい」等と言うのが笑えてきて、からかい半分でいろは坂に呼んでみたが、思っていたよりもガチなようだ。

このウマ娘に「速く走りたい」なんて言わせる理由はひとつしかない。

きっとターフの常識から外れた何か、本物の化け物を相手に戦うのだろう。

だとしたら、彼女は今から残酷な問い掛けをされることになるだろう。

 

 彼女は化け物の相手足りえるか?

 

 その問い掛けをされるのは疲弊しきった脚で飛び込むことになる最後の下り坂高速コーナー。

そこまで付いてこられれば及第点、もしかしたら最後の下り坂高速コーナーで大化けするかもしれない。

 

 この長いストレートのダウンヒルは、普通なら怖くて飛ばせないハズだ。

それなのにツインテのほうは必死に追い掛けてくる。

むしろ後ろのツンツン頭のほうが見た目に似合わず、安全マージンを残しているようだ。

ロータリーに入る前に一段さらにキツくなる急勾配、ここをハイスピードで突入したら誤魔化しは利かない。

コーナリングが下手ならロータリーを回りきれなくてロータリーから飛び出して建物の壁に突っ込む前に別の道に逃げることになるか、真ん中の植込みに向かってダイブすることになるかのどちらかになる。

しかし、カンのいいウマ娘なら……

 

 スカイズプレアデスはここまで考えたあと、まぁいっか、と更に下り方向に急勾配になるタイミングに合わせて加速する。

ロータリーに踏み込んだ瞬間に身体をわざとらしく内に傾けながら内側の植込みのすぐ側をなぞるようにロータリーを回り、登り坂となったいろは坂通りの復路に戻る。

後ろから植込みに突っ込むような音はしなかったし、怪我はしていないだろう。

 

 スカイズプレアデスはちらりと後ろを見ると、どうやらしっかり付いて来ているらしい二人が後ろを走っている。

ツインテのほうは外に少し膨らみ、余裕を残していたツンツン頭のほうはその内側にいる。

この二人は案外、最後まで付いてこれるかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

「ほんっ……とっ!もう!」

 

 目の前でスカイズプレアデスにやられたことに、改めてダイワスカーレットは憤りすら感じる。

スカイズプレアデスは自分の身体をまるで横にコケる寸前の二輪車のように傾けて、植込みの側を掠めながらロータリーを回った。

 

 これか、これでヘアピンコーナーの内を突いてきたのか。

普通なら危険すぎて考えもしないことだ。

走っている脚で支えられるようなバランスの範囲、そのギリギリまで重心を動かしてコーナリングに使っている。

一朝一夕の技術などではない。

信じられないほどのバランス感覚と体幹の強さだ。

ドリフトが絶対の武器ではない、という言葉の意味がここでようやくわかってきた。

 

 スカイズプレアデスの真の武器は、バランス感覚と体幹の強さに支えられた大きな重心移動によるコーナリングだ。

ドリフトはきっと、このバランス感覚と体幹の強さによる姿勢制御があってこその見せ技なのだ。

オフロードでのラリーともなれば、路面はデコボコで何があるかもわからない。

そんな中でもトラクションを的確に足裏から地面に叩き込むために必要なのが、路面をしっかりと掴む足裏の感覚と、ぐらつきにしっかりと対応するバランス感覚と、それにぐらつかない体幹なんだ。

ヘアピンコーナーをまったく減速せずに内から抜けていたのは、そういうカラクリか。

 

 これを、真似できるだろうか?

それよりも、息を入れたいこのタイミングで、目では先を見通せない500mほどの道なりまっすぐの登り坂に入ることが問題だ。

脚が持つのか、息が続くのか、正直に言えば自信がない。

 

 それでも、ここがどこだろうが、相手が誰だろうが、抜かれたままなんかで、いられない!


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