逃がさないスズカと逃げるマヤと逃げられないトレーナー   作:エアジャガーる

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世間は秋華賞だというのに桜花賞です。おかしいな、書き始めた時はまだ大阪杯だったのにね。


仁川、動乱の予感

「今日は人が多いなぁ」

 

「これ、ほんまに桜花賞か?宝塚よか集まっとるんちゃうか?」

 

 阪神レース場へと入っていく群衆。

大阪杯に勝るとも劣らない観客が集まっている桜花賞は、異例中の異例だ。

群衆の中には、焼きそばの入ったパックを手にしている観客もいる。

 

「外に屋台まで出てるなんて、今までの桜花賞にはなかった盛り上がりだぜ」

 

「やってたのは東京モンみたいやけど、この焼きそばはウマそうや」

 

 中にはパックがいくつか入ったビニール袋を提げている観客もいる。

そのビニール袋にはデフォルメされたウマ娘が舌を出してウィンクしながらピースしているロゴまで入っている。

マヤノトップガンがウマスタグラムでその屋台の話を見つけて、フユミを引っ張って連れ出してきたのだが、屋台のテントに描かれているロゴにはしゃぐマヤノトップガンの後ろでフユミはその店主の姿を見た瞬間に顔がわずかに引き攣った。

 

「……なにしてんだ?」

 

「ピスピース!鳩の兄ちゃん、久しぶりー!とりあえず焼きそば10人前買ってかね?」

 

 話し掛けてきた長身のウマ娘は白い髪をパイナップルにまとめて、鉄板の上の焼きそばをヘラでワッシャワッシャと混ぜたり引っくり返したりしているのを見て、話し掛けられたフユミは軽く頭を抱える。

その隣でニット帽のウマ娘は、串に刺したさつま揚げやらハムやらを焼いている。

 

「トレーナーちゃん、知り合いなの?」

 

「……なんで、こんなとこにいるんだ?お前ら」

 

 マヤノトップガンに引っ張られて屋台を見に来たのを、フユミは後悔した。

いつぞかの観音山でサイレンススズカにバトルを吹っ掛けてきた頭のおかしな走りをする芦毛が、なんで阪神レース場で屋台を出しているのか。

 

「あんなキレたコーナリングでダウンヒルかますイカれた栗毛のウマ娘が桜花賞に出るなんて聞いちゃ黙ってらんねぇぜ!このゴルシ様に勝ったウマ娘が中央じゃどこら辺の位置にいるのか、見ておきてーじゃん?だろだろぉ?」

 

 ゴールドシップはそう言って後ろの壁に貼られているサイレンススズカのポスターを指差す。

その隣でマヤノトップガンはナカヤマフェスタからケチャップでハートを描いた焼きハムを貰って喜んでいる。

100円か……

財布から小銭を出して、ナカヤマフェスタに渡す。

 

「……まぁ、いいか。今回の桜花賞は、それなりに見応えがあるレースのハズだ。誰が勝つとは言わないが、今回のレースを直接観られるのは間違いなく幸運の部類だ。よく見ておくことだな」

 

「オッケー、ゴルシちゃんアイでバシッと記録しちゃうぜ!だが……その前に売り上げ勝負だ……!フェスタ!焼きそばvs串焼きの売り上げ対決だ!そこのカワイコちゃん!焼きそばも食わねぇか?」

 

「えっ、マヤのことカワイイって……?しょうがないなぁ。ねぇ、トレーナーちゃん!」

 

「わかったわかった。焼きそばひとつ……いや、3つだ。それと……中央、来れたんだな。おめでとう」

 

「へへーん、チョロかったぜ。編入試験!なんかオラつく奴をバトルでぶち抜いてゴールしたあとに前からラリアットかましたら一発合格したぜ!」

 

「バトルって言うな。バトルって……トレセンに入ったなら、レースと言え。それと……ラリアットかまされた奴は無事なのか?それ……」

 

 ゴールドシップとナカヤマフェスタの格好がエプロンの下がトレセン学園の制服ということに、フユミは気付いていた。

だからこそ頭を抱えていたわけだが。

学園から離れていた、たった2週間の間に起きたことに、阪神から府中に帰るのが嫌になりそうだ。

 

「……フユミトレーナー、賭けは私の勝ちだ。さ、勝った分の報酬に何をくれるんだ?」

 

 ナカヤマフェスタが不敵な笑みを浮かべながら、右手を差し出してくる。

そういえばトレセンに入れるかどうか、賭けていたことをフユミは思い出した。

頭痛の種は本当にあちこちにある。

賭けに負けた以上は今のナカヤマフェスタにとって、一番価値のあるものを渡すしかあるまい。

 

「はぁ……4コーナー抜けてホームストレッチ、登り坂が始まるゴール前200mだ。桜花賞観るつもりならそこの真横に行け。4コーナー前からそこに至るまでが、今日の勝負のキーポイントだ。あと、さつま揚げ一枚」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「スズカ、焼きそばを買ってきた。ライブ前に摘まむのに、ちょうどいいハズだ」

 

「はい……焼きそば?」

 

 控え室で椅子に座り、勝負服のタイを締めていたサイレンススズカは、パックの入ったビニール袋を手に戸を開いて入ってきたフユミに首を傾げる。

フユミは焼きそばどころか、ソースとかの濃い味があまり好きではないハズだ。

街にお出かけした時も、味の濃い食べ物ばかりが並んでいて辟易としていた様子だった。

受け取ったタイキシャトルが尻尾をバタバタさせている辺り、どうやら匂いからして美味しそうらしい。

つまり、フユミにとってはあまり好きではないものだと思う。

尚更、買ってきた理由がわからない。

 

「ねぇ、トレーナーちゃん。屋台のあの人は誰ー?だーれーなーのー?」

 

 そのフユミの背中にくっついて頬を膨らませるマヤノトップガンに、フユミは頭を撫でる。

手には串に刺した厚切りのハムの食べかけを持っている。

 

「観音山にいたあの芦毛、トレセンに来たみたいだぞ。なぜか表で屋台やってた」

 

「…………あぁ、あの。でも、どうして屋台?」

 

「さぁ?」

 

「むーっ!観音山って何ー?」

 

 サイレンススズカは観音山のことを思い出す。

下り坂のコーナーに最高速で突っ込みながら、身体を傾けて曲がっていく感覚。

自然と脚が前に出て、どんどん加速していく感覚。

あの日から、何か変わったのはわかる。

何が変わったのか、言葉にするのは難しいけど。

 

「トレーナーさん、私は今日……全部出して、勝ちます」

 

「相手は、スズカにどうすれば勝てるか……それをずっと考えていたハズだ。手強いぞ、きっと」

 

「わかってます。スカーレットはきっと、全てを賭けてここに来ます。だからこそ、私は負けられない」

 

「そうだな、まずは靴を履こう。脚を出してもらえるか?」




次回は脚回、じゃないよ

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