逃がさないスズカと逃げるマヤと逃げられないトレーナー 作:エアジャガーる
『変わらず先頭はサイレンススズカ、3コーナーを抜け悠々と駆けていく。後続に3バ身……いや、ここでダイワスカーレット再び前に!二番手にダイワスカーレットが食い込みサイレンススズカを追う!』
サイレンススズカとリシャーデンポートの間にダイワスカーレットが外から割って入る。
3コーナー入ってすぐ、ここで前に出るのは周りからしたら無理攻めだ。
観客席にもどよめきが広がる中、ダイワスカーレットはただサイレンススズカの動きだけをすぐ後ろから観察する。
サイレンススズカが3コーナーを出て徐々に外に身体を戻しつつ、巡航ペースになっていくここではない。
残り800m、大おにぎりの一番の膨らみどころ。
サイレンススズカがコーナーを流すために内ラチに意識を向けるその寸前、ダイワスカーレットは踏み出す。
サイレンススズカが4コーナーの内ラチに向かって重心を傾けつつコーナリングしながら流す、ターンインの入りにクセで僅かに左右に振れる尻尾の先。
それが左に向かって振られる瞬間に、先を右肘に僅かに掠めながら距離を詰めてサイレンススズカの真横へと向かう。
反応したサイレンススズカが僅かにリズムを崩して咄嗟に振り向く。
ほんの一瞬、その瞬間にダイワスカーレットはサイレンススズカの横に捩じ込んでいく。
『ダイワスカーレット、サイレンススズカの外に並ぶ!レースは残り800m!サイレンススズカに仕掛けてそのまま並んでいくか!?サイレンススズカも退かずに走る!どちらも退くに退けないデスマッチだ!3バ身後ろにリシャーデンポートが先頭の中団が追走!』
サイレンススズカがコーナーに合わせて身体を傾けていく横に、ダイワスカーレットもハナ差で同じように攻め込んでいく。
サイレンススズカの肩をダイワスカーレットのはためくツインテールが掠めるほど真横を、ダイワスカーレットは並んだまま4コーナーを併走していく。
残り600m、4コーナー出口のホームストレッチが迫ってくるのが見える。
「こっ、こぉっ!」
ダイワスカーレットが踏み込み、一気に前に出る。
4コーナー出口まで50m、コーナーでの立ち上がりを考えれば無謀な加速。
しかしサイレンススズカに勝つために必要で、ダイワスカーレットが自分ならやれると判断した強引な仕掛け。
ダイワスカーレットは無意識に息を大きく吸いながら、4コーナー出口を睨みながら走り込む。
『ダイワスカーレット!ダイワスカーレットが前に出る!サイレンススズカの前に出る!4コーナーはすぐそこに!このまま大外に飛び出す覚悟でコーナーを突っ切るのか!?』
「ダイワスカーレットが突っ込むぞ!」
「バカな!コーナー出たら目の前に下り坂だぞ!?」
「下手したらずっこけるぞ!」
コーナー出口10手前、そこを決着の場所に決めてダイワスカーレットは突っ込んでいく。
サイレンススズカより前に出て、明確に差しに行くならここしかない。
コーナーの内に僅かに身体を向け、左足を振り出して踏み込む。
荷重が身体の左側へと向かうのをターフを踏み締め食い込ませた左足で捩じ伏せながら、前に踏み出して左足の足裏でターフが千切れて滑るより前に身体を内に向けて倒して、身体が倒れる勢いを乗せた右足で踏み込んで、左足を引き抜き前への一歩を踏み出す。
勢いのまま内ラチの柵にそのまま肩から突っ込みそうになるのを右足で踏み留まりながら身体を起こし、姿勢を戻して下り坂へと頭から突っ込んでいく。
「っしっ!スカーレット!そのまま行けぇーっ!」
ハルヤマは4コーナーのダイワスカーレットの捩じ込みを見ながら叫ぶ。
細い勝ち筋かつ、今を以てしても勝ちきったとは言えない作戦もあとはストレートを全力で駆け抜けるだけの段階。
観ているハルヤマの手が握り込まれるのも、当たり前のことだった。
サイレンススズカは、コーナー出口へと向かうあのタイミングでは内ラチを減速せずに息を入れながら抜けてくる。
弥生賞で追われていたマヤノトップガンは息を入れるかサイレンススズカから逃げるか判断に悩む間に、コーナーワークの差で内に付け入られたことで敗北した。
ダイワスカーレットとハルヤマが考えた作戦はその逆だ。
つまり、サイレンススズカに逃げるか息を入れるのかの二択を4コーナーで強いる。
4コーナーでのターンイン直前に後続を意識させられれば、あの綱渡りをするようなバランス感覚で走るだろうコーナリングは集中力を欠かされた状態では精度を落とすに決まっている。
それが1つ目の弱点だ。
もう1つの弱点は、あくまでもロスが少ないからこそ出来る速いコーナリングであって、あくまでもロスなく息を入れるのが主目的である以上はそこで差しに来たら競り合えないということ。
サイレンススズカがダイワスカーレットの外からの差しに対抗するには、あの重心移動でのロスの少ないコーナリングを捨ててでも競り合わなければならない。
あくまでも息を入れるコーナリングを徹するなら、強引にアタマを押さえてそのまま差し切って残りのストレートでのスタミナ勝負に持ち込む。
どちらにしても基本はサイレンススズカとのスタミナ勝負。
単純なスタミナ勝負なら、ダイワスカーレットのほうが有利だ。
サイレンススズカにラストの上がり2ハロン、限られたタイミングだがその間の加速度はダイワスカーレットが勝っている。
そこに目を付けて、この4コーナー差しからの速攻を選んだ。
あとは残りの2ハロン、サイレンススズカのアタマを押さえて逃げ切る。
それだけのハズだった。
『ダイワスカーレットの外からの強襲!サイレンススズカの前に、前に?いや、サイレンススズカがダイワスカーレットの後ろを外に出た!?外にサイレンススズカ!ダイワスカーレット外!サイレンススズカが逆襲!』
アタマ差でダイワスカーレットの斜め後ろ、ピタリとサイレンススズカが付いている。
4コーナー入り口でのダイワスカーレットとサイレンススズカの位置をそっくり替えただけの立ち位置。
コーナー出口からの下り坂で、サイレンススズカはダイワスカーレットの真横に並ぶ。
『ダイワスカーレットとサイレンススズカ!横一線!並んでそのまま突っ込んでいく!3バ身後ろクロノステイシスが大外から回っ!ウオッカ!その内をウオッカ猛追!サイレンススズカとダイワスカーレットが並んだまま!サイレンススズカが差しっ差し返っまたっ!仁川の舞台最後の登り坂はそこ!残り350!ウオッカ追う!スズカの外!スカーレット!スズカ!その外からウオッカ伸びる!』
「突っ込み勝負だーっ!」
「このまま下り坂を突っ込んだら最後の登り坂に脚が残らねぇぞ!?」
「ここでアタマ取って逃げ切れーっ!」
ギャラリーの前をダイワスカーレットとサイレンススズカが肩を並べて突っ切っていく。
ハナ差もあるかどうかの2人の後ろを、ウオッカがクロノステイシスとリシャーデンポートを引き連れた状態で外から差しに追走する。
桜花賞の結末まで、残り300mしかない。