逃がさないスズカと逃げるマヤと逃げられないトレーナー 作:エアジャガーる
「いるんだなー……信じらんねぇことするヤツって……」
「……これが、中央のGⅠレース……」
茫然とするゴールドシップの隣で、ナカヤマフェスタは不敵に笑う。
2人がいたのは下り坂と登り坂の折り目、まさにサイレンススズカが跳んだ真横。
同時に登り坂の一番始めをダイワスカーレットが飛び出すように登って下からサイレンススズカに食らい付くところまでをしっかりと見届けた。
レースは終わり、掲示板は1ー同着ー18を表示している。
「シビレたぜ……クラゲに刺されたみてーにな……」
「ハイペースな突っ込み勝負をしていた下り坂から登り坂にそのまま突っ込んでいくのは、相当な勇気がいる……ましてや、あそこで跳ぶか……くはは……これが、これが中央か……」
ナカヤマフェスタはゴールドシップの首に腕を回して寄せる。
ぎらつく瞳と歪む口許が、ナカヤマフェスタの心情を顕にしている。
「ゴールドシップ、ここでならヒリつくような勝負が出来そうじゃないか?」
「オメーと奇遇か……どうやら見つけちまったみてぇだな……」
「私はここで大きな勝負をしたい。神経がヒリつき手に汗握り、血が沸き目が眩むようなガチな勝負だ……そして……勝つ……!お前も付き合え。お前が求めてるのも、同じだろう?」
ゴールドシップの返事は、ナカヤマフェスタの首に回した腕だ。
「フェスタ、お前が求めてるモンは確かにわかったぜ……ただ、半分しか手に入らねぇよ?」
「……半分?」
「その勝負に勝つのはこのアタシ、ゴルシ様だからな……!」
だんだんと狂暴な気配のする高笑いを上げる2人の周りから、他の観客が足早に退いていく。
ウイナーズサークルに立つウマ娘を見るために移動しているだけで、怪しいウマ娘2人から逃げているわけではない。
断じて、そのようなことはない。
「……同着……?同着で……1位?」
ダイワスカーレットの目が、なんとも言い難い現実を示している掲示板をしっかりと映してくる。
ウイナーズサークルに来ても尚、勝った実感がどうにも湧かないのは当たり前だ。
掲示板は、一着を1と表示している。
その下に18、斜め下に同着。
そして、ウオッカの9とアタマの文字が続く。
よりにもよって、クラシッククラスGⅠの初戦で、この割り切れない決着。
自分の番号が一番上にない、その上で自分が勝ちとされる。
これが、負ける以上に悔しいものとは思わなかった。
本当に、自分はサイレンススズカに届いたのだろうか。
次に目を閉じて開いた時、同着の文字が別の文字に変わったりしていないだろうか。
勝ってないのに勝った、届いたというより追い縋った。
ゴール板があと5m先にあったら、きっと同着の文字はなかった。
「……引き分けね、スカーレット」
胸元に手を置いて少しだけ肩を上下させるサイレンススズカが苦笑する。
苦笑して誤魔化そうとしているが、眼には明らかに不満が見える。
あぁ、この人も同じなんだ。
同着でよしとするような人だったら、ここにはきっといない。
だからこそ、今はこの決着の不満を口にしている時じゃない。
だからこその仕切り直しを、再戦の機会を願うべきだと思う。
「スズカ先輩……決着は、オークスで……っ!」
「スカーレット!」
ダイワスカーレットは視界がくらくらして、背中から倒れそうになったのを抱えられる。
誰に抱えられたのか、確かめようと見上げるとそこには明らかに狼狽えているハルヤマの顔。
もともと3コーナーを出てからのロングスパート、多少の無理は織込み済みだったとはいえ、弥生賞ではサイレンススズカと最後まで競り合っていたマヤノトップガンが倒れたのだ。
内心では不安があったに違いない。
「ごめん、ちょっとクラッとしただけ。自分で立てるから起こしてくれない?」
「あ、あぁ」
ハルヤマの支えでダイワスカーレットは姿勢を正して、もう一度サイレンススズカに向き直る。
そこには、隣に慌てて駆け寄ってきたいつもの胡散臭い笑顔がどこかに行ったらしいフユミに脚の具合とかを根掘り葉掘り訊かれているサイレンススズカが、苦笑しながら無事を訴えている。
どうやらあそこで跳んだのは、本当に土壇場でやったことらしい。
フユミを手で制して、サイレンススズカはダイワスカーレットのほうに歩み寄る。
「スカーレット、オークスだけど……ごめんなさい。私は、オークスには出ないわ」
「えっ……どうして……?どうして!?」
同着という形とはいえ桜花賞で勝ったのに、そこからオークスには出ないと今の時点で公言する理由がわからない。
普通に考えたら、このままトリプルティアラを狙うものではないのか。
ダイワスカーレットは思わず、サイレンススズカに詰め寄ってしまう。
サイレンススズカは周囲をキョロキョロと見回して、フユミのほうを見て頷くと、右手を前にスッと伸ばして、ターフのある1ヶ所を指差す。
「私、次のレースはあそこを走るつもり。だから、オークスは出ないわ」
サイレンススズカが珍しく少し大きめの声で言い切る。
ダイワスカーレットはサイレンススズカが指差すほうに振り返る。
そこにあるのは芝2200のスタート位置があるポケット。
その意味にすぐ気付いたダイワスカーレットは、目を丸くした。
あんなところからスタートするレースなんて、パッと思い付くのはひとつしかない。
あり得ない、信じられない、訳がわからない。
ただ、彼女ならやりかねない。
彼女はきっと、普通なんかじゃない。
それより普通じゃないのは、彼女の隣にいるトレーナーだけど。
「……わかりました。スズカ先輩、次にやる時は………トリプルティアラのウマ娘、ダイワスカーレットとして挑みます」
「……うん、待ってるわ。グランプリウマ娘として」
いくら考えても、どちらかを勝たせたシナリオを実際に書いても、ペンが走らず先が続かずで、この決着しかなかった……