逃がさないスズカと逃げるマヤと逃げられないトレーナー   作:エアジャガーる

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ギア鳴り

「トレーナーさん、用事が出来たので今日はこれを置いたらもう休んでもいいですか?」

 

「今日、トレーニングするつもりだったの?」

 

 たづなさんを社交辞令的に適切な対応でチームルームから追い返したあと、入れ替わるように入ってきたサイレンススズカが段ボール1つ分もない自分の荷物を運んできてから、今日は用事が出来たからトレーニングを休みたいと言ってきた。

 

 そもそもダイワスカーレットとの桜花賞での死闘から、新幹線でトレセン学園に帰ってきたのが夜も更けて月も遥か高くなったような頃合いだった。

それなのに昨日の今日で日も経たずに学業に復帰して、更に用事がなければトレーニングまでしようとサイレンススズカが思っていたことにフユミは少し戸惑った。

フユミは今朝の連絡を『今日は新しいチームルームに引っ越すから荷物を運び出すように』としか送っていない。

どうやらサイレンススズカはそのあとにトレーニングの予定があると思っていたらしい。

 

「スズカ、そもそもレース明けだから明日までお休みでいいんだよ。ところで、用事って?」

 

「そう、でしたか……その、転入生さんが私と同室になるらしくて……部屋のお片付けをしたかったんです」

 

「そうか、スズカは今まで一人部屋だったな」

 

 なんでもフユミ達が仁川にロングステイしている間に、件の転入生が来て部屋割りの都合とかなんとかでサイレンススズカとの同室が決まったものの、サイレンススズカ不在で勝手に部屋に入る訳にもいかないと、転入生は昨日まで寮長のフジキセキの部屋に泊まっていたため、そろそろ部屋に入れてあげてほしいとのことだった。

しかし、ここで疑問がある。

 

「そういえばスズカの部屋……もしかしてかなり困った物があったりする?」

 

「あっ、それなんですけど……ちょっと、大き過ぎる物が……」

 

 いちおう言っておくが、別にサイレンススズカが片付けが下手で部屋が汚いとかそういうことはない。

むしろ、私物が最初から少ないミニマムな生活をしているほうだ。

証拠に、新しいチームルームにサイレンススズカはそんなに大きくない段ボールひとつに荷物を半分ほどしか入れていない。

問題なのはここで耳を垂らしてしょんぼりしているサイレンススズカ本人ではなく、その友人である。

 

「フクキタルからもらったよくわからないものが多くて、その……一人部屋だったので……」

 

「いつぞやの金の魚の時にも部屋にはあんなのが他にもあるみたいな口振りだったな、そういえば」

 

 だいたいの元凶は例の招き猫背負ってる例のアイツである。

サイレンススズカの性格的に、友人からもらったお守りを称するトンチキな贈り物を捨てるのはさすがに躊躇われたのだろう。

そして過去に巨大な金の魚を宅配テロしてきた辺り、間違いなく余罪はまだまだある。

 

「とりあえず空いているハズの部屋の半分を埋めてるのは、どんな代物なんだ?」

 

「えっと、小物はどうにでもなったんですが……ものすごく大きなムササビのぬいぐるみが……」

 

「ムササビ」

 

 そんなものをサイレンススズカの部屋に持ち込んだマチカネフクキタルは、そもそもどこにそんなものを隠し持っていたんだろうか?

いったいそんなムササビのぬいぐるみをどこが作ったというのか?

というよりどうしてムササビなんだろうか?

ムササビもモモンガもあまり変わらないだろうに、なんのこだわりがあってのムササビなのだろうか。

そしてサイレンススズカはそんなものを運び込まれて、よくパーソナルスペースを確保出来ていたものだと思う。

 

「とりあえず、処分するにも一時的に置き場が必要だろう。ここに持っておいで。どうするかはそのあと決めよう」

 

 どうやら広いチームルームがさっそく役に立つらしい。

このままだとチームルームというより、倉庫になりそうだが。

そういえば模擬レースの時にも、こうやって同じように頭を抱えたような気がする。

 

「あの、ごめんなさい。せっかくの新しいチームルームなのに……」

 

「別にチームで使うんだったらその用途は何でもいいだろう。テーブルとか退けておくから、手伝いが必要ならマヤとタイキにも手伝ってもらうようにね」

 

「はい」

 

 ここまでのやり取りをして、フユミは少しだけ笑えてくる。

巨大な金の魚に頭を抱えたあの頃から、ここまで長かった気もするし、あっという間だった気もする。

 

「懐かしいな……あの金の魚がもう半年は前になるか」

 

「……そう、ですね」

 

 サイレンススズカは口許を押さえて小さく笑う。

あの時はマトモに話も出来なかったし、今もちゃんと話せてるかはわからない。

少しは、アテになるトレーナーでいられてるだろうか。

正直に言えば、自信がない。

そのことがバレないように、出来るだけ笑うようにしている。

トレーナーが迷っていては、担当がまっすぐ走れるハズもないのだから。

 

「ではトレーナーさん、行ってきますね」

 

 パタパタと小走りでチームルームを走り去るサイレンススズカの背中を見送ってから、折り畳みのテーブルを引っくり返して脚を畳む。

前の部屋より2倍は広く、隣に別室まであるのだ。

本当ならあと2人くらいはスカウトしていないと、外への体裁を保てないという理事会側の本音もわかる。

ただ、3人すらこれから勝たせ続けることが出来るかわからないのだ。

 

 桜花賞は本当に危なかった。

ダイワスカーレットがフィジカル面で食らい付いてくるのはわかっていた。

そもそもサイレンススズカがあの大逃げを打てるだけのフィジカルを持たせたのは、ハルヤマだ。

そのハルヤマがキッチリと仕上げてきたダイワスカーレットがサイレンススズカに劣る点などあるハズもなく。

対して、こちらが出来たことはコースを先回りしてとことん走り込み、最後に少しだけ小細工染みた悪足掻きみたいなアドバイスをしただけだ。

そのせいで、サイレンススズカに危険な博打を打たせてしまった。

トレーナーが僕でなければ、あんな無茶な博打を打たせるようなことにはならなかったハズだ。

 

 そんなトレーナーが、まだ担当を増やす?

 

 いったい、なんの冗談だと言うのか。

そもそも、僕にスカウトされたがるウマ娘などいるわけがない。

少し、自惚れが過ぎる。

今の僕には、サイレンススズカ達を預かることも、本来なら身に余るような立場だろうと言うのに。

 

 

 

 

 

 

 

「うぅ……やっぱり大きい……」

 

 ドアの枠よりも明らかに大きなぬいぐるみをめり込ませたり押し込んだりして、なんとか廊下に押し出したあとに大きさに対してあまり重くない代わりにしっかりと形を保ってくれないぬいぐるみに四苦八苦しながら背負って運ぶ。

これを持って走って追ってきたマチカネフクキタルは本当になんなんだろう。

何かのお守りとして渡された気がするが、そういえば何のお守りだったんだっけ?

デビューどころか模擬レースすら覚束ない結果しか出せなかった頃にもらったのは覚えている。

あの頃の自分だったら、きっと転入生との同室と言われても嫌がったと思う。

走ることしか得意じゃないのに、走ることでも勝てなくて、どうすればいいのかわからなかった。

グシャグシャな気持ちをどうしようもなくて寮から飛び出したあの日、トレーナーさんが捕まえてくれなかったら、今の私はきっとどこにもない。

 

 トレーナーさんはたぶん、私達にかなり心を砕いていると思う。

きっと、マチカネフクキタルが持ってきた金のたい焼きで困っていた時の提案も、なげやりな態度の裏で気遣ってくれたのだろう。

あの時からずっと、彼は私達を心配して、心を砕いている。

実際に桜花賞でダイワスカーレットと引き分けた時、青ざめた顔で駆け付けた彼が真っ先に口にしたのは、私の脚への心配だった。

ウイナーズサークルでのインタビューと記念撮影が終わった瞬間に抱え上げられて、そのまま控え室に運び込まれて靴を脱がされるまでの間、お姫様抱っこされてることへの恥ずかしさや強引とも取れる勢いへの怖さとかで頭の中がぐるぐる渦巻いて咄嗟に足を引っ込めた時、明らかに焦りで血の気の引いた顔色のトレーナーさんの表情を見て、初めて自分が結構な無茶をしたらしいことに気付いた。

 

 引き分けたとは言っても、いちおう勝利したハズなのにあんな顔をさせたことが、胸に痛い。

そもそも彼は、勝ったあとに褒めてくれることはあっても、勝ったことを喜んだことはあっただろうか。

彼は、私達のワガママやお願いを優しく聞いてくれるし、かなり気を遣ってくれている。

今、背中に担いでいるコレのこともこちらから言い出すよりも前に、いつもと変わらないささやかな笑顔で引き受けてくれた。

仁川にいた時のゴールドシチーのことも、元を正せば彼女のワガママで、彼はそれを受け止めただけ。

振り返るほど、彼が自分からしたことというのが思い浮かばない。

負担ばかりを、彼に強いているのではないか。

今の私が彼の思い描いていた未来の私に辿り着いた時、彼は喜ぶのだろうか?

宝塚記念、そこでちゃんと勝ったらわかるかもしれない。

 

 寮から出てぬいぐるみの足や尻尾が地面を擦らないように背負い直して、チームルーム棟へと歩いていく。

これを担いで走って追いかけてきたマチカネフクキタルはいったいなんなんだろう。

そう思いながらチームルーム棟に入って廊下を進み、新しく移った広いチームルームの扉を開ける。

チームルームの中では、トレーナーさんがデスクでパソコンの画面を見て顔をしかめていた。

 

 何か、あったのだろうか?

 

「あぁ、持ってきたのか。でかいな、それ……」

 

 気付いてすぐにしかめっ面を薄笑い顔に変えたトレーナーさんがこちらに来る。

トレーナーさんの笑顔が、なんだか嫌いだ。

笑っている時はいつも、何かを隠しているか何かを誤魔化している。

 

「はい、これ……どうしましょう?」

 

 それでも、彼の笑顔を嫌だと言ったらどうなるかわからなくて、言い出せないでいる。

きっと、この笑顔も彼なりの気遣いなのだろうと思うから。

私に出来ることはきっと、彼が不安にならないくらい今よりも速く走れるようになることしかないのだろうから。




10連でシャカを引き、シャカを砕いたサポチケでサトイモを引き、次の日におはガチャでエルコンを引きました。私は元気です。
エリ女はわかりません。

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