逃がさないスズカと逃げるマヤと逃げられないトレーナー 作:エアジャガーる
「トレーナーさん、エアグルーヴの担当って……?」
「さぁ?面識がないし名前と噂だけしか知らない相手だ。僕みたいなのと似た者扱いされるのは、件のトレーナーに失礼だと思うけどね」
ハルヤマが出ていったあと、フユミはざっくりとエアグルーヴの新しい担当について調べられる範囲で調べてみる。
それなりに有名どころな大学を出たあと、地方トレーナー資格を獲得。
そこから地方トレセン学園に所属せず、朝比奈にある実家が営んでいるレース私塾から塾生3人を川崎に送り込み、その内の一人を川崎スパーキングスプリント2着から習志野きらっとスプリント、東京盃、JBCスプリントを制覇させたことでURA中央本部の目に留まり、スカウトを受けたことから、中央トレーナー資格試験を受験。
筆記試験をまるで教本から解答を書き写したかのように失点なくアッサリと突破して中央トレーナー資格を獲得して中央入り……
どうやらこのトレーナーを中央へ喚んだ人物というのが、どうやらミスタークラウンらしいという噂があることまではわかったが、それ以上のことはわからない。
このトレーナーが自分みたいだと言われても、どうにもピンと来ない。
そもそも経歴でわかることなど、たかが知れている。
ハルヤマの口振りから察するに、どうやら件のトレーナーと面識があるらしいので、面識がある人間が似た者扱いするということは、経歴からでは読み取れないところで何かしら共通点があるらしい。
トウカイテイオーの担当は名目上はまだミスタークラウンだが、長期出張の間はずっと件のトレーナーが面倒を見ており、ミスタークラウンはURA理事に就任するという噂もあることから、そのまま担当になるのでは?という情報がチラホラとある。
もっとも、今まで担当を次々に蹴ってきたエアグルーヴの担当になるくらいだから、トウカイテイオーの担当にもなれるだろうという予想での飛ばし記事が大半だが。
とりあえず飛ばし記事を書いている出版社をリストアップしておく。
取材を断った後にあることないこと書かれたりした時、取材拒否した証拠をちゃんと残しておいて抗議する必要がある。
そう思い、リストアップした出版社を見返したら、ほとんどがすでに最低でも一度は取材拒否していた。
今、最優先ですべきことは、件のトレーナーは皐月賞でどのようにトウカイテイオーを出してくるのか、傾向を読まねばならない。
弥生賞でトウカイテイオーは冷静に仕掛け、写真判定にもつれこみつつもマヤノトップガンをハナ差で差してきた。
ナイスネイチャが上手く2着に入り込んできた弥生賞と、4着になったホープフルステークスの差は、トウカイテイオーが差してくるナイスネイチャを抑え込みにかかったかどうかの差だ。
トウカイテイオーは前にいながら後ろを差しにくる、コースと他のウマ娘の使い方が上手いウマ娘だ。
垂れる先行ウマが多いほど、それを巧く使って差しウマの道を断ちながら勝ってくる。
レースの勝ち方をアタマでよくわかっているウマ娘だと思う。
対してこちらは手札をすでに多く失っている。
後方からの奇襲作戦をホープフルステークスで使い、逃げも他ならぬサイレンススズカとの競り合いで限界値を見切られて差されてしまっている。
何より、マヤノトップガンへの注目度が高過ぎる。
今回の出走リストはホープフルステークスのそれに近い以上、差しウマの多い状態でマヤノトップガンをマークされやすい後方に置きたくない。
ここまで考えた上で、マヤノトップガンにどう走ってもらうかの大まかな方針が決まる。
正直に言えば、あまりマヤノトップガンにさせたくない戦法になってしまうし、本人も嫌がりそうな戦法だから、嫌そうなら即座に白紙にして好きに走らせるつもりだ。
「トレーナーさん、あの」
「ん、あぁ……すまない。考え込み過ぎた」
デスクでノートパソコンの画面を見ながら考え込んでいたら、サイレンススズカに話し掛けられた。
しまった、考え事を始めてからずっとほったらかしにしてしまった。
「トレーニング、明日から復帰してもいいですか?」
「……いや、明後日からにしよう。今夜から同室が増えるんだ。新しい環境に慣れなきゃいけないのは転入生だけじゃない。スズカ自身もだ」
「そう、ですか……」
少し耳を垂れさせている辺り、残念に思っているらしい。
しかし、サイレンススズカにとってこれから同室で過ごす相手が増えることが、どのように、どれだけ負担になるかはわからない。
それを考えると、しばらく重いトレーニングをさせる気になれない。
ただ、根本的に走ることが好きで趣味:走ること、特技:走ることなサイレンススズカにとっては「明日は走るな」と聞こえてしまっただろう。
それはさすがに不本意だ。
休養が却ってストレスになるようでは言語道断だ。
下手をしたら勝手に自主練をして……
「自主練とかはダメだけど、気分転換のランニングをするくらいならしていいからね。宝塚まで時間をかけて、じっくり鍛えていこう。いいね?」
嫌なことに思い至り、それを表情に出さないように伏せて、笑顔で蓋をする。
そしてデスクから席を立って、サイレンススズカの前に行き、頭をそっと撫でる。
彼女にはひとつも不安や混乱、疑念を持たせずに身軽でいてほしい。
ただ、走りたいように走れるように。
そのためには、もっとしっかりしていないといけない。
少なくとも今のように、サイレンススズカが少し不安そうな目の色にしているようでは情けない。
担当に不安を抱かせているようでは、トレーナーとしては赤点もいいところだ。
「……はい。また明日、来ます」
オリウマ娘の成績が微妙にエグいものになってたりするのは気にしないでね!