逃がさないスズカと逃げるマヤと逃げられないトレーナー   作:エアジャガーる

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ファーストインプレッション

「やぁやぁやぁ!無敵のテイオー様の登場だぞー!」

 

 それは、サイレンススズカを寮まで送ろうとチームルームを出て扉の鍵をかけたところだった。

ニッシッシッ!とわざとらしいふんぞり返った笑い方をしながら、その態度に対して体格のちっさいウマ娘ことトウカイテイオーは廊下を歩いてきた。

後ろには見慣れないウマ娘が一人。

なんか今まで悪い人にあったことがなさそうな純朴な丸顔に鹿毛に大きな白メッシュの前髪、あとしっかりとしたいかり肩でなんか四角い感じの体格。

ざっくりと見た印象はそんな感じ。

 

 そのウマ娘をなぜトウカイテイオーが連れているのか、そしてわざわざこのチームルームに来たのか、イマイチ理由がわからない。

 

「あぁっ!本当にあのウマ娘さんだ!」

 

 丸顔のウマ娘がサイレンススズカに駆け寄って一歩退こうとしたサイレンススズカに迫って右手を両手で取って握る。

押しの強い熱心なファンだろうか?

 

「あの!私、スペシャルウィークって言います!ここに来れば同室になるサイレンススズカさんがいるって聞いて来ました!よろしくお願いします!」

 

 スペシャルウィークと名乗るウマ娘の勢いと押しの強さに狼狽えながら生返事をするサイレンススズカではなく、その2人の後ろのトウカイテイオーのほうを見る。

手を腰に当ててふんぞり返るトウカイテイオーが、ここになんの用があって来たのか。

少なくともこの田舎娘を案内するだけが目的ではないハズだ。

 

「……なぁに?ボクをじっと見てさぁ」

 

「トウカイテイオー。君は他の用があって、ここに来たんだろう?わざわざ皐月賞でマヤと当たる君が、引っ越し当日の僕のチームルームに来た。ただのお使いやお節介で、ここに来たなんてわけがない。マヤに用なら寮で待てばいい。つまり僕に用がある。例えば、君の新しいトレーナーから僕への伝言。あるいはエアグルーヴからの伝言……いや、この線は薄いな。彼女の性格を考えたら、他人を介した伝言ではなく自分の口から話しに来るか」

 

「ま、待ってよー!ボクはさっき、スペちゃんから頼まれたんだよ!まだ同室になるウマ娘と挨拶どころか顔も見てないから引き合わせてって!その同室の相手が誰か聞いたらスズカだって言うからさ!」

 

「……それだけ?それだけで、ここに?」

 

「ホントにそれだけだよー!」

 

 トウカイテイオーの慌てぶりから察するに、どうやらスペシャルウィークの案内を頼まれただけらしい。

少し、疑いすぎただろうか。

だとしたら、悪いことをしてしまった。

 

「そうか、疑って悪かったね」

 

「ぁ、うん、えっへん!ボクはカンダイなテイオー様だから怒らないぞ!へへんっ!」

 

 ふんぞり返って堂々としているが、尻尾をバタバタさせているトウカイテイオーをさておき、サイレンススズカにぐいぐいと距離を詰めに行くように話しかけるスペシャルウィークを改めて見る。

肩肘張った体格に脚はしっかりとした軸を通している強さがある。

間違いなく、走れるウマ娘だと思う。

それに、このトレセン学園に来る前からしっかりと走り方を仕込まれていると見える。

その割にはちょっと余分な肉が付いてそうだが。

あと、尻尾をバタバタさせていて少し落ち着きがない。

トレセンに来たばかりで興奮している?

まぁ、トレセンに来たばかりならこんなものか。

 

「あ、あの……スズカさん……ところで、この人は?」

 

 不躾にじろじろと見過ぎたか、視線に気付いたスペシャルウィークが少し怯えたようにサイレンススズカに問う。

対するサイレンススズカはようやく会話の主導権を取り戻して、ふぅと一息吐いてから口を開く。

 

「この人は私のトレーナーさん。私を、走らせてくれる人よ」

 

「ほぉぉぉ……トレーナーさん!よろしくお願いします!」

 

 サイレンススズカに紹介されて、少しは警戒を解いたのか大きい身振りで頭を下げてきた。

これから同室になる子に嫌われたら、サイレンススズカに不都合があるだろう。

そう思い、握手のつもりでスペシャルウィークの前に右手を出す。

 

「僕はフユミ、いちおうトレーナーだ。よろしく」

 

「はいっ!よろひっ!」

 

 スペシャルウィークが頭を上げてこちらを見た瞬間に短く悲鳴を上げた。

尻尾が根本から爆発したように毛足が膨らんで逆立っている。

明らかに脅えている様子のスペシャルウィークは、その様子に困惑するサイレンススズカより後ろに下がる。

 

「あ、あ、あっあなたもっ悪い人ですか!?」

 

 

 

 

 

 

 

「うぅ、すみません……スズカさんのトレーナーさんなのに……」

 

「大丈夫よ。トレーナーさんの笑顔、怖かったのね」

 

 寮に向かって歩く途中、しょんぼりした様子のスペシャルウィークが謝ってきた。

あのあとフユミは、脅えたままのスペシャルウィークを連れて寮に戻るようにサイレンススズカに伝えて押し出すように送り出した。

一人でないなら僕が送る必要もないか、とフユミは付いて来なかったがその実は、脅えるスペシャルウィークに気遣ったのだろう。

 

 トレーナーさんのあの胡散臭い笑顔じゃ仕方ないか、という気持ちはあるけど、ちょっとなんだかモヤモヤした気持ちもあるのはなんでだろう。

そう思いつつもスペシャルウィークと今日から同じ部屋になることに、サイレンススズカは少し不安がある。

サイレンススズカは、自分のトレーナーが他の生徒にはあまり評判がよくないことを知っている。

たまにトレーナーさんの陰口は聴こえてくるし、直接、他のウマ娘からトレーナーさんのことで探りを入れられたりする時もある。

他のウマ娘にとってトレーナーさんは、3人をデビュー前に擂り潰し、他のチームからウマ娘を引き抜き、めちゃくちゃなローテで同世代を引っ掻き回す悪徳トレーナーらしい。

ただ、そのせいで自身の心配されていることはわかっていても、自分のトレーナーが悪し様に言われているのはあまり気分が良くない。

スペシャルウィークにとっても、同じなのだろうか。

スペシャルウィークがトレーナーさんをそう言っていたら、なんか嫌だなと思ってしまう。

 

「スズカさん、東京の大人の人ってみんなあんな怖い笑い方するんですか?」

 

「みんながみんな……そうではないと思うけど……あなたは他にも見たことがあるの?」

 

 というより、フユミ以外があの笑い方をするだろうか?

サイレンススズカは答えに自信がない。

彼の胡散臭い笑顔は間違いなく作り笑いだ。

他にあんな笑い方をする人を、サイレンススズカは知らないが、スペシャルウィークは見たことがあるらしい。

 

「その……私がトレセン学園に来る時に付き合ってくれたウマ娘のお姉さんがいたんですけど……その人、学園に来た時に緑の服着た人に向かってまるっきりそっくりな、あんな笑い方してて……その、すごく怖かったんです!」

 

 思い出しただけでもわずかに脅えるほど、スペシャルウィークにとっては恐怖を覚えることだったのだろう。

ただ、その経験を理由に関係ないフユミが怖がられることに、サイレンススズカは少しだけ嫌な気持ちになる。

初対面こそ失敗だったが、むやみに嫌われるのはきっと彼だって本意じゃないと思う。

 

「私はその人の笑い方を見てないけど……トレーナーさんのあの笑顔は作り笑いだから、その人とはたぶん違うわ」

 

「作り笑い……ですか?」

 

「私、トレーナーさんが自然に笑ってるのをほとんど見たことがないの。その時の笑顔といつもの笑顔、雰囲気が違うから見ればわかるけど……」

 

 スペシャルウィークはしばらくサイレンススズカの表情を覗き込むように窺ったあとに、改めて口を開いた。

これから同じ部屋で過ごすことになる相手のことを知りたいし、出来れば仲良くなりたい。

物静かで口数少なそうな様子のサイレンススズカが多くを話しそうな話題はきっと“トレーナーさん”のことだ。

 

「スズカさん、あのトレーナーさんってどんな人なんですか?」




忙しいのいやぁ……スコーピオ杯もいやぁ……ショータイムレベル5でトン死するのもいやぁ……

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