逃がさないスズカと逃げるマヤと逃げられないトレーナー   作:エアジャガーる

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君はゴールデントロフィー

「トレーナーさん。それ、トロフィーですか?」

 

「おっきいトロフィーですねー!これ、なんのトロフィーなんですか?」

 

「……ミスタークラウンが届けてきた物だけど、なんのトロフィーだろうね。とりあえずここに置いてると邪魔になるし、片付けるよ」

 

 最後の模擬レースの結果に不満げで、ほっといたらまだまだ走りそうだったサイレンススズカをフユミがなんとか宥めてトレーニングを終わりにしたあと。

 

 サイレンススズカとスペシャルウィークがシャワーと着替えを済ませてからチームルームに入って目にしたのは、テーブルの上に鎮座するやたらと大きくて派手なトロフィーとウマ娘を模したのだろう金の肖像と、それを前にして、先に戻っていたマヤノトップガンを膝に抱えて椅子に座ったまま考え込んでいるフユミの姿だった。

トゥインクルシリーズでの重賞レースのトロフィーで、これだけ大きくて派手なものはなかったと思う。

そんなトロフィーを前にフユミが、自分達の入室にも気付かずに考え込んでいたことにサイレンススズカは僅かに引っ掛かりを憶えた。

 

 スペシャルウィークからの質問にも肩を竦めながらはぐらかして、いつものように笑って済ましている。

膝の上のマヤノトップガンが少し、困り顔をしたまま静かにしている。

理由はわからないけど、とにかく全体的に引っ掛かる。

まるで、騙し絵の間違い探しを見ているような、そんな引っ掛かり。

マヤノトップガンを膝から降ろして、椅子から立ち上がってテーブルから持ち上げようとトロフィーの台座に手を伸ばしたフユミの手首を、サイレンススズカは咄嗟に掴んだ。

 

「スズカ?」

 

「トレーナーさん、何を隠してますか?」

 

「……何も。コレのことは気にしなくていい」

 

 ほとんどヤマカンで一つ、問い掛ける。

ニコリと笑って返すフユミに、サイレンススズカはやはり違和感が間違いなかったことを確信した。

このトロフィーには、何かがある。

 

「このトロフィーのこと、教えてくれませんか?」

 

「何も、僕にはわからないよ」

 

「……嘘です。何かわかっているから、考え込んでいたんじゃないですか?」

 

 何もわからないトロフィーの前で考え事など、よく考えたら不自然だ。

普通に考えたら、心当たりもない正体不明な物が届いたら、それがなんなのか調べるハズだ。

その手段は届けてきた人への確認なり、届け物そのものを調べたり、いろいろあるが、少なくとも椅子に座ってその前で考え込むというのは、ある程度実際に調べたあとのことだろう。

サイレンススズカがチームルームに来るまでの間に、その段階まで行くとは考えにくい。

 

「……トレーナーちゃん、話そ?」

 

 ずっと静かにしていたマヤノトップガンは、隠しておきたかった側にいたらしい。

それがフユミに話すように促したのは、きっと隠し事にするよりはここで話したほうがいいと思ったのだろう。

マヤノトップガンの言葉に、フユミは溜め息を吐いてから椅子に座り直した。

サイレンススズカはそのフユミが座っても、彼の手首から手を離さない。

こうしていないと、またすぐにはぐらかしそうだから。

 

「そっちの肖像のようなのはアルバスタキヤのトロフィー、こっちのデカくて派手なのはUAEダービーのトロフィー。ドバイクラシック三冠、その内の2つがここにある訳だ」

 

「それ…………誰が、獲ったんですか?」

 

 それがなぜここに、と訊こうとしたのを止めて、改めて質問する。

誰が獲ったかがハッキリすれば、ここにある理由も自ずと明らかになる。

トロフィーをしげしげと見ていたスペシャルウィークも、空気を察したのか口を噤んでいる。

 

「……彫ってある名前自体は知らない名前だ。ただ、担当トレーナーをわざわざ僕の名前にしてある……こんなことを出来るウマ娘の心当たりは一人しかない。ただ、こうした理由がわからない」

 

 台座に付いているプレートを見る。

なんだかクネクネした線にしか見えない文字列の下、アルファベットで彫られているのはフユミの名前と、きっとこのトロフィーを獲ったウマ娘の名前が打刻されている。

その文字列にサイレンススズカはなんだか少しだけ、言い様のない苛立ちを憶えた。

 

 Alcor_Alicorn

 

 まったく見覚えのないその名前に、サイレンススズカはどうしても少しだけ苛立った。

苛立って仕方ないサイレンススズカの頭の上に、何かが載る。

それがフユミの手だと気付いたのは、いつからか自然と頭を撫でられるようになっていたから。

 

「とりあえず、コレのことはしまっておきたいんだ。いいかな?」

 

「…………はい」

 

 

 

 

 

 

 

「で、アタシにインタビューって何かしら?月刊トゥインクルさん」

 

 空港のエントランス、その一角のベンチでスカイズプレアデスと待ち合わせていた。

ベンチで足を組んでどかりと座り、片腕を背もたれに掛けるようにしている彼女の態度は、自分に敵も苦手なものもないと言わんばかりのふてぶてしさすら感じる。

大きなスーツケースとリュックサックが傍らに置かれていることから察するに、インタビューの時間はどうやら限られているらしい。

世間話で浪費する余裕はないだろう。

 

「単刀直入に。スカイズプレアデス、この写真のここに写っている銀髪の青年のことを教えてください」

 

 唯一の物証である写真を、スカイズプレアデスに見せる。

その写真を斜めに見て、彼女は鼻で笑う。

物凄く、くだらないものを見たかのように。

 

「オーケーオーケー、飛行機の時間はすぐに来るから前置きは全部すっ飛ばして話そうか。コレね、アタシの義理の弟。トレーナーやる以外にはなーんも出来ないポンコツだったからどうしようもなくてトレーナーの養成所にぶちこんでやったの。アタシはそっから先のことは詳しく知らないけど、まぁなんだかんだでそれなりに大きな雑誌で追われる程度のトレーナーにはなれたんでしょ?」

 

「……彼がトレーナーになった理由とかは」

 

「そんなもんないわよ。キミさぁ。息を吸ってー、吐いてー、なーんてことにイチイチ理由なんか付ける?」

 

 わざとらしく深呼吸の身振り手振りをしながら、スカイズプレアデスはさらりと言い切る。

スカイズプレアデスの言ったことが、少し飲み込みきれない。

トレーナーとしての目標や夢とかがあってなったのではない?

それどころか、トレーナーをやるのが生活の一部とでも言うのか。

 

「アタシのジジィ、昔はそれなりにやり手のトレーナーだったらしいのよ。地方のだけどね。ホントは自分の子供にトレーナー業を継がせたかったらしいけど、笑えることに子供全員に逃げられた。で、話はここから。たまたま駆け落ちした娘が男と一緒に事故で死んで残ったのが男の連れ子だった、コレ」

 

 銀髪の青年ところに指先が行くように指で摘まみながら、パタパタと写真を振る。

スカイズプレアデスはニィと歯を僅かに見せるように笑う。

 

「子供にトレーナー業やらせたかったジジィの目の前に、行き場のないガキ。まぁ、あとはくっだらない想像通りのことになるわねぇ。たまたま歳が近いアタシという教材もいたせいでジジィの思惑は大いに捗ったわよ。アタシの親も、アタシさえジジィに渡せば干渉されないことに気付いて放り出したのも都合がよかったんじゃない?んで、出来上がったのがトレーナー業務ボットみたいなコイツだったわけ。ま、それすらも出来損ないなポンコツだったけど」

 

「その祖父は今」

 

「死んだけど?その話もケッサクよー。アタシがある日マジギレしてジジィとケンカして家出した後、残してた着替えを取りに家に忍び込んだらもう仏壇に化けてやがったの。アタシが出ていったあとにアタマの血管がブツンッ!で即昇天したらしいわ。で、残ったのはぶっちゃけ赤の他人で厄ネタなコレ。仕方ないから家出したアタシの所に持ってきた、ってわけ」

 

 笑いながら話すスカイズプレアデスの話を聞いていて、ふと気が付く。

まるで、フユミトレーナーが物扱いになっていることに。

 

「当時の彼の様子とかを聞いてもいいですか?」

 

「さっきも言ったじゃない。ポンコツトレーナー業務ボット、それがこの写真の当時のコイツ。んで、しばらくして多少は人間味ー?みたいなの?そんなのが戻ってきたから、パパッと学費ごとトレーナー養成所にぶちこんでやったの。そこから先のことは、知らないけど」




メリークリスマス!

スズカさんの育成にサポのスズカさんは使えないのよ……ガクッ(遺言)

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