逃がさないスズカと逃げるマヤと逃げられないトレーナー 作:エアジャガーる
「桜花賞」の……「桜花」……ってよォ~。「桜の花」ってのはわかる…… スゲーよくわかる。桜が咲いてる時期にやるからな……
だが「皐月賞」ってタイトルはどういう事だああ~っ!?皐月は5月だろうがっつーのよーーーーーーッ!
ナメやがって!このタイトルゥ!超イラつくぜぇ~~~~~~ッ!!4月にやったら卯月賞になっちまうじゃあねーか!
ということで由緒正しきクラシックGⅠのひとつ。
もっとも“はやい”ウマが勝つと言われているレースである。
昔はちゃんと5月にやってたけどオトナノジジョウによりタイトルはそのまま4月にスライドして、かれこれ半世紀以上そのまんま。
皐月賞は卯月賞に改題しないで弥生賞に余計なオマケを付ける関係各所のネーミングセンス、好きじゃないよ。
コース解説はホープフルステークスの時と同じなので以下略。
四月の中山芝2000mを征し、師走の中山芝2500mへの道の先陣を切るのは誰だ?
「テイオーには今回こそ勝ってほしいな」
「インタビューでも意気込みバッチリって感じだったからな。掲示板だってずっと逃がしてないし、弥生賞でマヤノをしっかり下してるんだ。やれるに決まってるさ!」
「ただ、弥生賞でスズカに一番迫ったのはネイチャだろ?」
「そのスズカは今回いないし、弥生賞と違って順当なレース展開になるんじゃないか?マヤノは逃げではテイオーに差されてるし、そのあと病院送りだぜ?」
「今日もネイちゃんの応援するぞー!」
「「「おーっ!!!」」」
雰囲気としてはトウカイテイオーが一番人気ではあるが、二番人気や三番人気との差はあまりなく、中山のターフはよく言えば盛り上がっている、しかし誰にもハッキリと読み切れない混沌とした様相を呈している。
トライアルレースでの勝利者の内、皐月賞に出走してきたのはリステッドである若葉ステークスを勝利したウマ娘のみ。
弥生賞はサイレンススズカが桜花賞に行き、スプリングステークスはタイキシャトルがNHKマイルに行くため、明確な本命を絞る軸がないと言ってもいい。
ホープフルステークスを勝ったマヤノトップガンを軸に、と考えても弥生賞で4着だった上に病院に緊急搬送されたことが尾を引いての三番人気。
弥生賞でサイレンススズカに追い縋ったナイスネイチャが二番人気なのは、つまるところはスター性の差と言うべきかもしれない。
シンボリルドルフが目をかけていたり一時的とはいえミスタークラウンが担当していたこと、新しい担当トレーナーが地方で既に結果を出してから中央に転籍してきた期待の新人という点などの追い風を受けて、プレス向けのパフォーマンスを欠かしていないトウカイテイオーが一番人気になった形だ。
しかし、その一番人気の実態もつまるところは「一番わかりやすいから」という消極的な理由だ。
そんな盛り上がるというより混乱しているような空気の中山レース場、その控え室でのことだ。
「どう走るかトレーナーちゃんが決めて!」
「大事なマヤのレースだ。いつものようにマヤの走りたいように走っておいで」
「やーだっ!トレーナーちゃんが決めて!マヤにどう走ってほしいの!?」
勝負服姿で椅子に座ったまま足をバタバタさせてむくれるマヤノトップガンに、フユミは少しだけ考える。
用意した作戦、それそのものはもちろんある。
だが、その作戦がマヤノトップガンにとって面白くないものだろうことは間違いなく、マヤノトップガン自身も自分で作戦を考えていたのか、ここ最近の模擬レースや併走では自分で走り方をいろいろ試しているように見えた。
マヤノトップガンは自分にとって面白いことをしていたのだと思う。
だったら、その走りをそのまま皐月賞に持ち込めばいいだろうと考えていた。
マヤノトップガン本人が楽しくないなら、作戦勝ちをしてもきっと喜ばないだろう、と考えていた作戦についてはおくびにも出さないようにしていた。
ところが、皐月賞当日になってマヤノトップガンが予想だにしていないワガママを言い出したのだ。
マヤノトップガンにフユミは今まで、作戦や走り方そのものはいくつか教えてはいるが、内容に指示をしたことは一度もない。
マヤノトップガン本人の気分屋な性格と彼女のワガママや気まぐれに付き合える彼女自身の脚を考えれば、どう走るのかは最終的にマヤノトップガン本人がその場で好きに選ぶほうがいいと考えていたのだ。
それが、ここに来て予想外なワガママを言い出した。
「トレーナーちゃんが決めて。マヤはどう走ったらいいの?」
「僕が決めても、マヤはきっと走ってて楽しくないぞ」
「いいから決めてよ!トレーナーちゃんが決めてくれないなら、ここから動かないもん!」
ぷんっ!と拗ねるマヤノトップガンに、フユミはどうしたものかと考える。
どこを取っても、マヤノトップガンらしくないワガママだと思う。
自分が思い通りにしたいとか、楽しくないとか、そういうワガママは聞いたことがあるからわかる。
楽しくないとしてもいいからこっちが決めろ、というワガママは少し毛色が違うし、言い出す意図がわからない。
ただ、何かしら思うところがあって言い出しているワガママなのだと、フユミは判断した。
「…………わかった。つまんなかったら聞かなくていい。無視して自分が走りたいように走りなさい。いいね?」
「……うん!」