逃がさないスズカと逃げるマヤと逃げられないトレーナー 作:エアジャガーる
『集団は先頭が時折入れ替わりつつも、スタートからほぼそのままの形で向こう正面の半ばを越えました!膠着状態のまま3コーナーへと差し掛かります!誰が最初に仕掛けるのか!?どこまで動かないのか!?』
「おいおい……こりゃねぇだろ!」
「ガチガチの押しくら饅頭のまま終わる気かよ!」
そりゃ動けるなら動くに決まってるじゃん、とナイスネイチャは団子と化している中団を見て思う。
まさか自分にもマークが付いているのはビックリしたけど、とナイスネイチャは前と外にいる2人を見て心の内で肩を竦める。
マヤノトップガンをマークするか、トウカイテイオーをマークするか、他のウマ娘は決断にかなり苦慮しただろう。
ナイスネイチャだって、そこは悩みに悩んでトウカイテイオーにマークすることを選んだのだ。
マヤノトップガンは開幕1ハロンで、それをまるごと台無しにした。
思いっきりスタートで飛び出したかと思ったら、トウカイテイオーの真横でペースをピタリと合わせて寄せて並び、自分とトウカイテイオーへのマークをまるごと混ぜっ返しにしたのだ。
しかもグラウンドで前以てサイレンススズカを相手に逃げ切ったり差している姿を見せ付けておいて、だ。
そのせいで逃げウマも強気に逃げを打てず、団子のままみんな仲良くランニングという泥沼のような展開になってしまった。
下手に飛び出したら、この膠着した均衡が崩れてマヤノトップガンとトウカイテイオーに好きに走らせてしまうだろう。
これじゃ、どっちがどっちをマークしているのか、わかったものじゃない。
ナイスネイチャにとって一番の誤算は、自分にも少なからずマークが付いていることだ。
これじゃ仕掛けに行くタイミングもかなりシビアなものになるだろう。
外に出ようとしても、自分の後ろにも外からしれっと追走が付いている。
これは最後方から追い込み一気に掛けるほうがよかったかもしれない。
そうは思っても、レースは既に緩やかなペースではあるが半分以上の距離を失っているし、そもそも最後方からぶっこ抜きが出来るような脚は持ち合わせていないのだが。
今回の皐月賞がどういう勝負か、ナイスネイチャにはハッキリとした。
4角での立ち上がりの位置取りと、僅か310mのゼロヨン勝負だ。
そして、3角をもう抜けただろうサイレンススズカの影をどれだけシカト出来るか。
「まったく……わざとらしいなぁ……」
ナイスネイチャは思わずぼやいてしまう。
応援に来た観客席にいる商店街のおっちゃん達の姿を見たところに、サイレンススズカが最前列でこちらを見ていたのだ。
あの姿を見たら、否が応でも弥生賞のことを思い出すに決まっている。
タイキシャトルまで一緒だったのは、同じチームだから当たり前だろうけど、スプリングステークス組にしても嫌なものを見た気分になるだろう。
スローペースだったからきっと、自分以外にもあの2人の姿を見ているウマ娘がいると思う。
だとしたら、誰かしらがサイレンススズカやタイキシャトルを気にしてどこかで焦って走り、この膠着に綻びを生むハズだ。
何しろ、これで弥生賞よりタイムが悪ければ、ここで勝ったとしてもサイレンススズカより遅い皐月賞ウマ娘だ。
自分はサイレンススズカより速いなんて思わないからある程度は割り切れるけど、主人公しちゃってる他のウマ娘はそれに耐えられるとは思えない。
気付かされたらきっと、冷静でなんかいられない。
誰かしらが冷静さを完全に欠く、その瞬間こそが勝負のタイミングだ。
だから今は、じっと堪える。
タイミングを見極めて、しっかりと差しに行く。
サイレンススズカのことは、ここにいる17人に勝ってから考えればいい。
今は、勝つことからだ。
勝ちもしない内に勝ったあとのことなんて考えても負けるだけだろう。
『レースはじっくりと、じっくりと進んでいます。まだ出ない、まだ出ない!4コーナーへと進むが!まだ動かない!牽制しあったまま全員じっくりと行きます!』
『例年よりかなりのスローペースみたいですが、仕掛けどころをギリギリまで見極めたい状態なのでしょう。難しい皐月賞になりました』
はてさて、出走前に占えど占えど、どうにもコレという結果が見えないままここまで来てしまいましたが、よもやここまでのギチギチなスローペースになるとは。
ここまでのギッチリと固まったスローペースなレース展開、なまじっかなタイミングで仕掛けたら逆に差し返しを受けかねません。
いつ仕掛けに行ったものか、難しいレースになってしまいました。
やはりシラオキ様、シラオキ様の導きが最後に必要です。
シラオキ様、どうかこの私に路を示してくだされ!
ナイスネイチャより更に後方、ほとんど追い込みのような位置。
そこでマチカネフクキタルはいつも通りに心中で神頼みをする。
客観的に観れば、神頼みなどするまでもない。
4角で外に出て310mの直線で全員を撫で切りにする。
他の選択肢など、最初からないのだ。
では、この神頼みにはあまり意味はないのではないか?
いや、その意味はあった。
マチカネフクキタルの背中で揺れる招き猫の眼が妖しく朱く光る。
それを見て気付いた最後方のウマ娘はビクリと震えて、ペースを崩してしまった。
同時に、マチカネフクキタルの身体はゆらりと揺れた。
そう、その瞬間、マチカネフクキタルの目にはハッキリと見えたのだ。
ターフにうっすらと見える光の路が、まっすぐに。
マチカネフクキタルはその行き先に一瞬だけ躊躇った。
ここを走れということですか!?
まっすぐに行った先は思いっきり塞がってますが!?
いや!そのまま光っててください!
点滅しないでください、シラオキ様ァッ!
もう仕方ありません!
こうなれば導きの流れに乗ると信じてピンと来たら思いっきり走るしかありません!
おや?もしかして4コーナーが近付いてきてだんだんと集団が解れて来てます?
もしかして来てます?
来てます?
来てますね?
来てますよね?
さっきまでネイチャさんに付いていたマークも外れてきて、その外に見えるのは!?
これですね?
これですよね?
行くしかありませんね!?
そうですよね?シラオキ様ァアアアアアアアアアアアッ!!!!!」
『4コーナーに差し掛かってついに集団が動き始めたか?アンセストリコールに向かってキリノドルゲーザが詰めていく!その後ろ、外めにレンアンドシックスが控えるか?!動き出した先行集団に後ろから上がってきましたマチカネフクキタル!突っ込んでいく!』
4コーナー前、パラダイスバードが少しずつだが、明らかに先頭のアンセストリコールの後ろから脱落を始めたタイミング。
それを合図に、後続のキリノドルゲーザが外から入れ替わる形でアンセストリコールに向かって徐々に距離を詰め始めた。
それを見た内のレンアンドシックスがファングマルコとほぼ同時に仕掛けたのに引っ張られる形で、かなりの数のウマ娘が4コーナーの真っ只中で踏み込んだ。
出口での立ち上がり勝負を待てなかったが故に、密集していたバ群は外に膨らんで解れ始めるその間隙に向かって、マチカネフクキタルはその背に背負う招き猫をガタガタと揺さぶり奇声を挙げながら突っ込んだ。
『残り500mを割った4コーナー中間から勝負は大きく動きます!固まっていた集団がはらはらと外へ崩れ、その集団の真ん中をマチカネフクキタル!マチカネフクキタルが上がっていく!前のほうはセブンスナナがネクロポーテンスを内から交わして前に出始めその後ろに追走する形でトウカイテイオー続く!隣にはマヤノトップガン!依然ピタリとマヤノトップガン!ネクロポーテンスの内をセブンスナナ!続いてテイオー!その外からはマヤノ!いっぱいいっぱいファングマルコ内に躱してマヤノトップガンとトウカイテイオー並んだまま!』
その前ではトウカイテイオーとマヤノトップガンが伸びの悪い先行を内に外にと交わして、僅かな隙間を掻い潜るように抜け出し始める。
伸びきらないファングマルコの内もマヤノトップガンはアッサリと抜け、引っ掛かったセカンドサンライズを振り切りつつ、前にレンアンドシックスとセブンスナナを見る。
『アンリコ懸命に逃げる!逃げるが!伸びない!コーナー出口!キリノドルゲーザに捕まった!残り300mで勝負は大きく動いている!キリノドルゲーザが前に出るが後続はすぐそこまで迫る!レンアンドシックスにセブンスナナ!その後ろから次々と前を交わしたトウカイテイオーとマヤノトップガンが続く!』