逃がさないスズカと逃げるマヤと逃げられないトレーナー   作:エアジャガーる

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敗者のエンドロール

「ここから、なら!」

 

 アンセストリコールを大きく外から差して前に出たキリノドルゲーザの外に、尚もセブンスナナは追走する。

後ろから迫るマヤノトップガンとトウカイテイオーのことは、内のレンアンドシックスもきっとわかっている。

だからこそキリノドルゲーザの両翼を並ぶように走っているのだ。

コーナーを抜け出した今、大外にブン回して行けるタイミングは、もうない。

内は沈んでいくアンセストリコールが壁になっている。

ナイスネイチャとマチカネフクキタルは大外を回らなければ前には来れず、あとはこのままマヤノトップガンとトウカイテイオーに蓋をして引っ張り、ゴール板の前でちょっとだけハナを出せば勝ち。

言葉にしてしまえば、やることそのものはシンプルだが、実際には後ろからのプレッシャーがキツい。

低速のままダラダラと走っていた1600mから残り400mの立ち上がり勝負、その切り替わりも難しい。

前には中山の強烈な登り坂が切り立つ。

この坂をこのまま登り切らなければならないが、スピードが乗り切ってない状態で急加速で登ることがどれだけの負担か。

それでも、この展開以上に勝ち目のあるレース展開は望めないだろう。

偶然に近いが、トウカイテイオーとマヤノトップガンにブロックして先行出来る展開など、望んで出来ることではない。

だから、無理にでも走るしかない。

一生一度の機会に、手を伸ばせば届くところに、栄光はそこにあるのだ。

ここで脚を全部、吐き出してやる!

脚だけで足りないなら、なんだって吐き出してやる!

その決意と共に登り坂への第一歩を踏み出した脚と同時に、後ろからズドンッと響く足音がセブンスナナの耳に聴こえた。

いや、聴こえたのはそれだけではない!

 

「シィイイイイラァアアアアアォオオオオオオキィイイイイィ様ァアアアアアアアアアアッッッ!!!」

 

 思わず外ラチ側の後ろを、セブンスナナは振り返る。

そこには目を見開いて口を開き、牙を剥くマチカネフクキタル。

ほぼ最後尾から大外を回してきたとしたら、並ぶのが速すぎる。

無警戒だったわけじゃない。

それでも、外から来るマチカネフクキタルに気を取られた。

ほんの一瞬でも外に気を取られたのが、セブンスナナの破綻するキッカケだった。

 

「しゅーっだうんっ!」

 

 内からの声に、セブンスナナははたと気付く。

ほんの一瞬、外に意識を持っていかれたことで僅かに外にヨレた。

そう、マヤノトップガンなら自身の内と前にいるキリノドルゲーザの外を抜けられる程度の隙を生むほどに。

戻しながら押し込もうにも、マヤノトップガンがそのハナ面を差し込むほうが早かった。

 

 ここで終わるのか?

皐月賞のゴール板はまだ残り200m先のハズなのに、ここでもう終わるのか?

チラリと最内には垂れるアンセストリコールが大きく脱落したのか、上手く交わしたのか、トウカイテイオーが伸びてくるのが見える。

このまま皐月賞も添え物で終わるのか?

 

 そんなの、冗談じゃない!

 

「ヨレてるよ、キミ」

 

 囁かれてようやく気付くほど、自分の走りを見失った?

坂の上の地平線がガタガタと揺れる?

スピードに乗り切れてない?

脚が繋がらない!?

立て直せない!?

 

「おい!フクキタルの後ろ!」

 

「ネイチャだ!ネイチャがピタリと付けてる!フクキタルを差すつもりだ!」

 

「テイオー行けー!」

 

「ぶっこ抜けー!ネイチャー!」

 

『セブンスナナ!ヨレて伸びない!立て直せない!中山の坂がバ群をすりおろすように!4コーナー前の密集は跡形もなく崩れ散る!少しでも伸びに欠いたウマ娘を次々と交わして伸びてくる!内からトウカイテイオー!マヤノトップガン!解れ出したバ群を抜けて大外からマチカネフクキタルが撫で切りにするのか!?ナイスネイチャもセブンスナナの外を抜けて!残り僅か400mから始まった電撃戦は荒れに荒れる!トウカイテイオーが伸びる!伸びるか!?外を回したマチカネフクキタルと中から割って出たマヤノトップガンが追走!』

 

 登り坂でアンセストリコールがヨレて垂れ、それを外に膨らんで離れたレンアンドシックスの内を、トウカイテイオーが交わしてグイグイと伸びる。

その様子に、フユミは歯噛みしたあと溜め息を吐く。

勝敗がもう、見えてしまった。

4コーナーまでは完全に読み通り、マヤノトップガンに示した作戦はシンプルにひとつだけ。

 

 4コーナー出口までトウカイテイオーの外にベタ付けして鍔迫り合いをしろ。

 

 マヤノトップガンとトウカイテイオーどちらにもマークが付くだろうことと、4コーナーの内ラチの荒れたターフを見越しての指示だったが、トウカイテイオーはそのターフを軽い足取りで垂れウマも上手く避けて内ラチを抜けてきた。

そして、マヤノトップガンは前を交わしていくのにトウカイテイオーより距離のロスが大きい。

キリノドルゲーザと外に僅かにヨレたセブンスナナの間を強引に差し込まなければ、前に抜け出すこともままならなかった。

マチカネフクキタルは大外をブン回して来たが、マヤノトップガンの末脚なら差し返せる。

しかし、トウカイテイオーはそのマヤノトップガンよりも伸びがいい。

いや、一歩一歩の踏み込みをかなり強めている。

一歩の踏み出してから次の踏み込みまで、足が地面に触れていない瞬間が、観客席からでもわかるほど。

弥生賞どころか追い切りですら見せたことのないトウカイテイオーの脚。

皐月賞という大舞台が、トウカイテイオーの才覚を目覚めさせたのだろうか。

モチベーションを軽んじていたわけじゃない。

それでも、土壇場でここまでトウカイテイオーが伸びてくることまでは想像していなかった。

 

 乱戦になればマヤノトップガンのカンのよさなら切り抜けられる。

そしてサイレンススズカと競り合える脚がある。

マヤノトップガンより他のウマ娘が伸びることはない、と踏んでの作戦指示。

それは結果的には失敗だった。

 

 あともう1ハロン。

勝負の展開が早かったら、距離があったら、こちらが勝っていた。

そんなたらればが意味のないことくらい、わかっている。

 

『トウカイテイオー!トウカイテイオーが前だ!マヤノトップガンが追い縋るが届かないか!?ゴール板が迫る!マヤノトップガン追い付かない!詰めていくが!詰め切る前にゴール板!トウカイテイオー!半バ身差を守り切りました!3着争いはマチカネフクキタルの後ろから飛び出したナイスネイチャ!』


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