逃がさないスズカと逃げるマヤと逃げられないトレーナー   作:エアジャガーる

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吟遊詩人は朝靄の中

「次のメイクデビュー戦だが、どうにも花形に欠けるなぁ……」

 

「フツーに考えりゃ、フツーにマチカネフクキタルが走って、フツーにまとめて差して、フツーに勝っておしまいっすからね……」

 

月刊トゥインクル編集部、そこで頭頂部はツルツルテンで耳の上から後頭部まではモジャモジャもっさもさのアフロにペグシルが花魁飾りの簪の如く七色に刺さるパンクな土星ヘアーの編集長と、相変わらず毎朝これをどうやって仕上げてくるのかわからない金色の針山地獄を頭に載せてくるパンクな髪型の若手は次のメイクデビュー戦の予想記事の方針に悩んでいた。

 

「マチカネフクキタルによる招き猫屋14人串刺し事件の再現が起きるかどうか、くらいしか見所ないっすよ。どうするんすか?」

 

「いちおう、乙名史が今日の模擬レースを追ってはいるが実際、そこで最後の一枠が決まっても情勢に変化無し、と見ていいからな……」

 

正直、今回の花形の少ないメイクデビュー戦選考は2つ前でようやく盛り上がる要素を見せた。

そのレースにゲートの枠ギリギリ収まるかどうかのバカでかい招き猫を背負い、あちこちにデコトラの運転席ばりにお守りをぶら下げたトンチキな格好のウマ娘が突然現れ、最後方から走り出したかと思ったら、バ群が固まって動かないダンゴ状態のまま牽制し合う遅めのレース展開となり、最終コーナー前でバ群の中に突撃したかと思えば、コーナーの最中にバ群の中を招き猫がズンズンと前に進み、最終コーナーを先頭で飛び出して、ラストのストレートをぶっちぎって勝つというトンチキな勝ちかたで圧勝した。

それが後に『招き猫屋14人串刺し事件』と関係者を少しざわつかせた、2つ前の模擬レースでのマチカネフクキタルの勝利だった。

 

「今回のメイクデビュー戦はイロモノ枠っすね、こりゃ。背中に招き猫背負った奴が圧勝とかどんだけ真面目に書いても絵面が面白くなっちゃうっすよ」

 

「それを真面目に解説するのが月刊トゥインクルだ。レースの実力を色眼鏡無しで捉えた記事を届けるウチの方針を招き猫程度で揺るがす訳にはいかん」

 

腕を組んでふんす、と鼻息を鳴らす編集長に若手は肩を竦める。

 

「でも招き猫っすよ?」

 

「……招き猫なんだよなぁ……」

 

 

 

 

 

 

 

「おはようございます」

 

「ああ、おはよう」

 

前日にみんなで街を回った後、トレーナーがサイレンススズカに約束したことがある。

 

今日、早めに起きて朝飯より前にチームルームに来るように。

 

その約束通りに少し朝早めに起きて、チームルームに来たサイレンススズカをトレーナーは奥のデスクで出迎えた。

部屋の中心の長テーブルに、水筒と弁当箱が置いてある。

 

「これは、トレーナーさんの……?」

 

「レースの開始時間は10:35、今からざっくり四時間後だ。お腹の調子は?」

 

「え、お腹?」

 

「壊してないなら、朝飯に食べなさい。デザートは最後にするように」

 

「え、はい。ありがとうございます」

 

サイレンススズカは、少しだけ驚いた。

まずトレーナーに、料理の心得があったこと。

そして、わざわざ自分に作ってきたこと。

トレーナーはなんというか、首から下をあまり動かさない人だと思っていた。

 

「いただきます」

 

小さく切られた野菜の煮物の多い具材と、塩むすびおにぎりがふたつ。

箸を取り、ひとつずつ摘まんでいく。

懐かしさというか、地味さというか、作ってきた内容もまた、トレーナーらしさがあまりない。

味も薄め、口当たりも柔らかめ、質素で霞を固めて料理にしました、と言われてもなんだか納得してしまいそうな料理だ。

 

「トレーナーさん、料理するんですね」

 

「必要な範囲の料理なら、それなりに。変な期待はしないでくれ。家庭科の成績は3止まりだった。ボトルの中身のスープは振って回してから開けたらいい」

 

なんとも微妙な成績に、反応に困りつつ、言われた通りに水筒の蓋を開けてみる。

こちらもまた、コンソメスープにもやしが少しだけ浮いているすごく地味なもの。

それと、細かいニンジンがスープの中を舞っていた。

中身をマグカップに注いで、口を付ける。

黙々と食べ進めて、弁当箱を空にしたところで、小さなタッパーがあったことに気付く。

開けると、中にはきなこをまぶした小さなお餅が4つ。

 

「地味なデザートで悪いが」

 

これを作っているトレーナーの姿を想像して、サイレンススズカは少しだけくすりと笑う。

 

「いえ、なんだか……かわいいです」

 

 

 

 

 

 

 

「今日の模擬レース、なんだか盛り上がりに欠けるなぁ」

 

「前評判で目立つスターウマ娘候補はあらかたメイクデビュー戦待ちだからな。消化試合みたいなもんだろ」

 

「これから雨も降ってくる予報だろ?仕事じゃなきゃ帰ってるぜ」

 

今回の模擬レースがいまいち盛り上がらないのを、たづなさんは肌で感じていた。

もっとも、メイクデビュー戦ギリギリの模擬レースが盛り上がることなど、ほぼないのだが。

いくらこれからスターウマ娘になり得る候補を集めても、数には限りがある。

模擬レースの時点でターフを去るウマ娘だっている。

そんな中で、メイクデビュー戦前の模擬レースの時点で観客席を盛り上げるようなウマ娘と言われると、その数はかなり絞られる。

 

「憤慨ッ!全ての者が輝くために力を惜しまぬハズが手の届き切らぬこのトレセン学園の不甲斐なさッ!このままでよいハズがないッ!」

 

理事長は横で両手の握り拳を震えさせ、生のレモンでも齧ったかのような顔で憤っている。

 

「しかしッ!今回の模擬レースッ!此度はレースを終えたあとに、皆が驚愕の感情を持ち帰ることを信じるッ!」




バクシンが……バクシンが出来ない……っ!
次回のレースのバ場状態は稍重発表となります。

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