逃がさないスズカと逃げるマヤと逃げられないトレーナー   作:エアジャガーる

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一里塚

「あ、あのー……これはどういう……?」

 

 スペシャルウィークが言い出しにくそうに困り顔で口を開いた。

控え室に戻ってから、かれこれ10分ほど。

部屋の壁際にある長椅子でサイレンススズカとタイキシャトルに挟まれて並んで座ってから、ずっと誰も口を開かないでいることに、スペシャルウィークは我慢が出来なくなったのだ。

静寂の原因は、控え室の奥にある。

少しうつむき気味に目を閉じてマヤノトップガンを抱き締めながら椅子に座って、そのまま動かないフユミと、抱っこされたままずっとしがみついて顔も見せないマヤノトップガン。

二人がずっと座ったまま微動だにもしないせいで、他の三人もどうにも身動きするキッカケがない。

タイキシャトルは沈黙に我慢出来ず、肘に手を置いて固まったまま尻尾をずっとバタバタ振っている。

かといって、場の空気を変えるようなキッカケもない。

皐月賞で負けたショックが、相応に大きいのだろうか。

マヤノトップガンは耳がもう立っているので機嫌は戻ったことを察するが、フユミのほうは人間なので今の機嫌が外からはわかりにくい。

フユミにウマ耳と尻尾が付いていたら少しはわかりやすいのに、とサイレンススズカは小さくため息を吐いた。

 

「トレーナーさん、マヤちゃん、そろそろライブの準備をしないと……」

 

 マヤノトップガンはピクリと反応したが、フユミは聴こえてないのか、まるで反応しない。

マヤノトップガンが耳元に小さな声で呼び掛けながら肩を軽く叩いて、ようやく気付いたフユミはマヤノトップガンを抱き締めていた腕を解いた。

 

「トレーナーさん、大丈夫ですか?」

 

「……大丈夫だ。ちょっと、考え込んだだけだよ」

 

 フユミは自分は席を立って、抱えていたマヤノトップガンを椅子に座らせてから頭を撫でる。

頭を撫でられているマヤノトップガンの目許は、いつもと変わらぬ様子だ。

てっきりしがみついている間、ずっと泣いていたのかと思っていたが、そうでもなかったのだろうか。

だとしたらしがみついて顔を隠していたのは、何故?

 

「今日のレースで脚にどうのこうの、というのはないと思うけど……ちゃんと診ておこう。次は、ダービーだ」

 

「うん」

 

 フユミとマヤノトップガンはそれだけしか話さない。

そっとマヤノトップガンの足から靴とベルトで留められていたオーバーニーソを脱がして、片足ずつ爪先から手で撫でていく。

膝のところまで何も引っ掛からずに順調に撫でていたのに、膝の裏で彼の手が止まった。

 

「…………痛かったんだな」

 

「えっ」

 

 フユミがポツリと言った一言に、マヤノトップガンは口を噤むが明らかに尻尾が暴れている。

マヤノトップガンの膝が、なんなのだろうか。

少なくとも、マヤノトップガン本人にはわかっていることらしい。

 

「スズカ、バッグをこっちに」

 

「あ、はい」

 

 フユミが指差したバッグを取って渡すと、中からタオルと急冷材を何本か出して膝下と足首の裏に巻き付けていく。

それなりに冷たいのか眉尻を下げたマヤノトップガンが、その感触に肩を少し強張らせる。

 

「低速域から一気に抜け出しにかかる時、何故かそこで膝に痛みが出て自分が思っているより伸ばせなかった。そうだろう?」

 

「…………うん」

 

「いろんな理由はあるが、間が悪かった。いつものスズカを追うハイペースのレース展開なら出なかった痛みだろう。低速域から直線でのいつも以上の急加速、筋肉が要求する力の触れ幅に靭帯とかが警告音を出した……そんなところだとは思う。医者に診てもらったら、より確実だけど」

 

 最後に大事そうにマヤノトップガンの膝を撫でてから、しばらく動かさないように言い付ける。

そこまでしてから、フユミは時計を見て困った顔をする。

 

「スズカ、タイキ、マヤを今の内に上だけでもライブ衣装に着替えさせてくれ。アイシングが済んでから全着替えだと時間が足りない」

 

「はい」

 

「オーケー!」

 

「すまない。じゃあ、頼む」

 

 サイレンススズカ達の返事を聞いたフユミは、控え室から出る。

出ていく時に見えた横顔は、少しホッとしたような顔をしていた。

彼が安堵したような顔をした時は、どうしても心配になる。

かといって、マヤノトップガンの着替えを任された手前、自分達が付いていく訳にはいかない。

 

「スペシャルウィークさん、トレーナーさんに付いていって」

 

「えっ?」

 

「お願い」

 

「は、はい」

 

 サイレンススズカは咄嗟にとりあえずそこにいた、手持ち無沙汰なスペシャルウィークに付いていってもらうことにした。

フユミに付いていかせるのがスペシャルウィークというのが、そこまでアテにはならないが、フユミを一人にするよりはまだ安心できる。

本当なら自分で、と思うがマヤノトップガンの着替えをタイキシャトル1人に押し付けることになるし、マヤノトップガンに問い質すこともあるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

「トウカイテイオーさん、皐月賞勝利!おめでとうございます!今の気持ちを一言!」

 

「ヘヘーン!次のダービーと菊花賞もこのまま獲っちゃうからね!ホントはここまで無敗で来たかったけど、ここから勝ち続けてカイチョーにも負けないくらいカッコいい三冠ウマ娘になるんだ!」

 

 カメラの前で並んだホオヅキとトウカイテイオーは集まった記者からのインタビューに答える。

人差し指を立てた右手を前に突き出してカメラに撮れ高を提供するトウカイテイオーに対して、ホオヅキは腕を組んだままレンズの大きな丸メガネをフラッシュの反射で白くしながら眩しさに嫌そうにしていた。

 

「ありがとうございます!次は弥生賞から担当となったホオヅキトレーナーの感想を!」

 

「……私の?……そうですね……担当がこの子でなければ今頃、両手を挙げて万歳三唱くらいはしたでしょうが……テイオーの目標を、そして同時期のデビューとなった他のウマ娘のことを考えれば……まだ喜ぶような段階ではないかと……皐月賞のゴール板はまだ一里塚……この子の求める物は……振り返るほどの旅路を歩んでからしか得られません……それに……あなた方が心の底からこの子の実力を認めるには……倒すべき相手がまだまだいる……そうでは、ありませんか?」

 

 ホオヅキの言葉に、記者達がわずかにどよめく。

地方から移ってきていきなりのGⅠ制覇を果たしたトレーナーから得たかったコメントとは程遠い、ホオヅキの返答に戸惑った。

 

「……今回の皐月賞のタイムは弥生賞より遅かった……どうせ二週間もあればそれをネタに当て擦りするでしょう?……私達はまだ、チャンピオンを気取れはしません……だから、ここで宣言させてもらいます……」

 

「宣言、ですか?」

 

「……今年のダービー、オークス、菊花、秋華、エリ女、ジャパカ、有……私達“スプートニク”が、この全てを獲ります……申請中のチーム名で名乗り挙げるのは絞まりませんけど……」

 

 前に出した手でタイトルを指折り数えながら、ホオヅキはゆっくりと言っていく。

その口調とは釣り合わないほど、その宣言は過激極まるものだった。

 

「ホオヅキトレーナー!それはつまり、主要GⅠを秋の天皇賞以外は全て勝つということでしょうか?」

 

「……秋天はどう足掻いてもスケジュールが噛み合わないのと、マイル以下の距離とダートは適性がないので割り切りましたが……サイレンススズカとダイワスカーレット……この6つを押さえれば、彼女達とどこかしらで直接対決の場を得られる……そう考えています……絶対評価と相対評価……私達には、そのどちらも必要でしょうから……」

 

 そう締め括ったホオヅキは、わざとらしく歯を見せて笑う。

ぎこちないながらも、不敵なホオヅキの笑顔をカメラは次々にフィルムに刻んでいく。

ある程度の枚数、写真が撮られてからインタビュー終了を職員からアナウンスされるまで、ホオヅキはその笑顔を維持していた。




メイケイエールはチョコブルボンとチョコフラッシュを連れてきてくれました。次は高松宮記念だ……
仕事に埋もれるアタシに勝ち馬券でエールをくれ……
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