逃がさないスズカと逃げるマヤと逃げられないトレーナー   作:エアジャガーる

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後悔は先に立たず、されど次の機が来る

「はぁー……アタシ達モブは相手にもなりません、ってかぁ……」

 

「まっ、ここに弥生賞のサイレンススズカがいたら掲示板が全員1個繰り下がってたんじゃ?って言われたら反論出来ないしな!ハッハッハ!」

 

 机にべたーんと突っ伏して伸びているナイスネイチャと、その隣で何がツボに入ったのかわからないが大声で笑いまくっているヒゲでデブなトレーナーは、モニターに映っていたホオヅキのインタビューには、それぞれ対照的な態度だった。

ナイスネイチャはややジト目で、笑い飛ばしているトレーナーのほうを見る。

 

「テイオーとマヤノの最後の抜け出しからの末脚、下手しなくてもアタシより速かった……それはまぁそうなんだけど……こうやってガン無視されちゃあねぇ」

 

「今回の3着は間違いなくベストを尽くした上での結果だ。後方でフクキタルが上がるのを待って、まとめて撫で切りを仕掛ける。あれ以外の作戦を選んでいたら、もみくちゃの押しくら饅頭で勝負すら出来なかった可能性のほうが高い。それはわかるだろう?」

 

「マヤノとテイオーを絶対に直接マークするな、って言われてなかったら間違いなくそーなってたのはわかるよ?わかるけどさー……」

 

 ナイスネイチャは足を突っ込んでいるポータブルマッサージ器にあー、効くわー……と、お馴染みのコメくいてー顔をしながらぼやく。

内心の不服は、前に倒れた耳が如実に語っている。

 

「ま、最善の努力と最高の結果ってのはイコールじゃないからな。向こうさんだって最善の努力をしている。今回はあっちに風が吹いたってだけだ。明日は明日の風、って言うだろう?腐るな腐るな。ダービーで使う運を無駄に使わなかったと割り切っていこうじゃないか!ワッハッハ!」

 

「はー……で、その運が必要なダービーはどーするんです?フクキタルみたいにお宮参りでもするんですかねー?」

 

「明日はひとまずレース休養だ。そこで、はい」

 

 ヒゲのトレーナーは笑いながら葉書を3つ、机に伸びるナイスネイチャの前に出してきた。

どれかひとつ選べ、ということらしい。

テキトーにナイスネイチャは葉書を1枚選んで、ぺらりと捲るとどうやら絵葉書だったらしく、どこかの神社が写っていた。

 

「どこ?これ」

 

「伊勢神宮だねぇ」

 

「伊勢神宮」

 

「それじゃライブ終わったら急いで行こうか!ハッハッハ!」

 

「……はい?行くってどこに?」

 

 こうして事前にトレーナーの手で外出届が提出済みの何も知らないナイスネイチャは皐月賞のあと、道中で笑いっぱなしのトレーナーにそのまま車で伊勢神宮への弾丸ツアーに連れていかれることになった。

そして、絵葉書の残り2枚が成田山新勝寺と神田明神のものだったことを知るのは、伊勢神宮に着いてからのことだったと、後に3年間を振り返るインタビュー企画でナイスネイチャが苦笑しながら話すのはまだまだ遥か先のことである。

 

 

 

 

 

 

 

「あの、何を見てるんですか?」

 

「今日のレースの内、芝戦の全部だ。パトロールビデオが出揃ったからね」

 

 最終レースのあと、観客席から人が離れ始めた頃に4コーナーがよく見えるところまで来て、フユミがターフと交互に見ているタブレットには、ブラウザを大量に開いて今日のレースの4コーナーからのシーンを一斉に流している。

スペシャルウィークもつられてターフとタブレットを交互に見比べてしまう。

フユミが何を見比べているのかわからない。

ただ、フユミが少し不機嫌なのはスペシャルウィークにもわかった。

サイレンススズカが言うよりも、表情がわかりやすい人だとスペシャルウィークは思う。

 

「あの、何か気付いたんですか?」

 

「……50早く仕掛けていたらマヤが勝っていた……なんて言っても、負け惜しみにしかならないけど」

 

 スペシャルウィークの問いに、フユミは結論だけを言う。

当然ながらスペシャルウィークには、まるで意味がわからない。

ただ、フユミがそのことに気付けなかったことを悔しんでいるのはわかる。

 

「どういうことですか?」

 

「スペシャルウィーク、視力は?」

 

「ちょっとだけですけど、普通の人よりはいいです!」

 

「なら4コーナーから登り坂まで、ゆっくりとターフを見渡してみなさい」

 

 フユミが言うように、スペシャルウィークは観客席の手すりから少し身を乗り出して、視線を右から左に流していく。

芝生がズタズタになって捲れた土で葉が汚れている場所が4コーナーの内ラチから線を引いているように見える。

その線が段々と外に膨らんで、登り坂の手前まで来た頃にはコースの真ん中に広がっていた。

 

「……4コーナーから50くらいまでは内ラチがズブズブに荒れているが、そこから先は内より外のほうが、いつもより荒れていたんだ。他のレースでコーナー終わりの荒れた内ラチを嫌がったウマ娘が大量に外へ膨らんでいったのが、パトロールビデオにも映っている。そこから先は、内のほうが伸びやすかったんだ」

 

 まぁ、後からどんな原因がわかろうが僕の指示ミスで負けたことには変わらないのだけど。

フユミはそれだけ言うと、タブレットの画面から次々に窓を消していく。

そしてウマッターを開いて、とんとんと画面を指で叩いて文章を書いていく。

 

「……スズカ以外には、負けたくなかったな」

 

「スズカさん以外に、ですか?」

 

 フユミがポツリと呟いた言葉に、スペシャルウィークは首をかしげる。

スズカさんは自分の担当のハズなのに、変なことを言うなぁ。

スペシャルウィークはそう思ったのだ。

 

「……ま、いろいろあるんだ。大したことじゃあないよ」

 

「そう、ですか」

 

 フユミからその“いろいろ”を聞き出せそうにない。

それより、サイレンススズカから聞いたほうが絶対に早い。

そう判断したスペシャルウィークはそこで話を流すことにした。

このトレーナーには、いろいろと噂がある。

もちろん根も葉もないデマもあるが、割と根も葉もある話もあるのが、このトレーナーだ。

 

 自分の部屋に小さな女の子を上げていたとか、サイレンススズカより前にいた三人の担当が全員、デビューすることなくトレセン学園を去ることになったとか、もともと不良グループの一人でトレーナーになる前はケンカに明け暮れていたとか、いろいろと。

そんな感じの悪い噂が耳に入ったサイレンススズカが少し苦笑気味に、あるいは少しムッとして、たまに落ち込み気味に、話しながら慕っているトレーナーを一方的に悪い人だと思うのは間違いだと思い、トレーニングに割り込んだりレースに付いてきたりして、自分で見定めることにした。

そして改めて思う。

 

 ちょっと怖くて、言うことも難しくて、あと笑いかたが怖くて、マヤちゃんを膝に乗せたりしてるけど、たぶん悪い人じゃないんだろうなとスペシャルウィークは思う。

でなければ、サイレンススズカが誤解を解こうとあれだけいっぱいお話しようとは、思わないだろうから。

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