逃がさないスズカと逃げるマヤと逃げられないトレーナー 作:エアジャガーる
「たわけが!あんな挑発的なインタビューがあるか!」
「……半年後に言おうが今言おうが一緒のことなのだから……一纏めに早く言ってしまったほうがいい……毎回毎回「次は?」「意気込みは?」……そんなわかりきった質問にわかりきった回答を毎度毎度繰り返す……そんな茶番は面倒です……」
インタビュー後、額に青筋立てて迫るエアグルーヴに、ホオヅキはジト目で肩を竦ませる。
扉を閉めきった控え室は多少の防音能力があるが、今のエアグルーヴの怒声を受けても耐えられるものであるかは疑問があるが、そんなことを考慮する余地は今のエアグルーヴにはない。
控え室の前をたまたま通ったウマ娘がエアグルーヴの怒声にビクリとしたことも、部屋の中の三人は当然ながら知らない。
「……這えば立て、立てば歩めと……常に後ろから迫ってきて、背中をつつき回してくるプレッシャーをどうするか……前に投げ飛ばして自分が追い掛けるほうが負担が少ない……それに近視的な目標を数ばかり並べていると、万一の事態に最終目標への修正能力を欠きます……例えばテイオーが目標の明確な具体例に挙げるシンボリルドルフ、彼女も全てが予定通りに進み皇帝足り得るウマ娘となったわけではない……彼女すら足下を掬われたことが幾度かある……それでも彼女に勝った相手が称えられても彼女自身の威光は落ちなかった……理由はわかりますか?……彼女は強さの序列の中を並ぶのではなく、序列の基準そのものとして存在することを認められたから……私はそう考えます……貴女達の目標はつまるところ、序列からの解脱……天秤の皿ではなく天秤そのものへのプロモーション……なればこそ、他のウマ娘と同じ程度の扱いでは不足がありましょう……1ヶ月やそこらの明日に一喜一憂、そんな近視眼で貴女達の目標は成せるものではない……吟われる語り事は、先は長く、果てはなく、そして華々しく、そういうものでなければならない……吟遊詩人を昂らすのに必要なのは、大きな期待感とそれ以上の成事の瞬間です……前者は私がいくらでも用意しましょう……あとは貴女達の脚でしか出来ませんが……」
「……長いよ!トレーナー!」
「貴様、もう少し話を短くする努力をしたらどうだ?」
ホオヅキの長話にトウカイテイオーは半ばまですら耐えられず完全に聞き飽き、エアグルーヴも眉尻を指で押さえて苛立ちを隠せない。
そんな2人の反応に慣れたように、ホオヅキは少し考えてから言い切る。
「…………では……注目は集めました……あとは、貴女達の脚で注目を味方にしなさい……」
「たわけ、あんなインタビューで集まる注目など、半分は謗りのための注目だろうが」
「……メジャーなマスメディアはそっちのほうが好物ですから……そうではないメディアがあるなら、あとから違うコメントを求めに来るハズです……その時には私ではなく、貴女達のキャラが必要になります……火を立てずに狼煙は上げられない……そういうのは私の役割です……貴女達が貴女達の出来ることをしていれば目指すところへと辿り着ける……その道作りが私の」
「もうよい!貴様の口は、本当に一度開くとキリがない……」
「……これでも必要な説明しかしていないのですが……」
「まったく……せめて、その必要な説明をもう少し圧縮しろ。集団トレーニングで貴様の指導を受けた生徒から「指導内容は的確だったが、話そのものが長過ぎてトレーニング時間が終わってしまった」という愚痴が投書箱に何通も放り込まれているのは、前にも言ったハズだが?」
「……誤解なく説明するには、ある程度の時間が必要なのです……」
ホオヅキが来てから、こんな感じの愚痴が投書箱にそれなりの頻度で投げ込まれるようになった。
言外にこれを読んでいるだろうエアグルーヴになんとかしてくれ、という嘆願の意も込められての投書なのだろうが、ある意味で一番の被害者が他ならぬエアグルーヴでもあるので、どうにか出来るならとっくに治っていることである。
それが未だに治らないということがどういうことなのか、最近ではエアグルーヴへの同情すら投書の内容に含まれ始めたので、ますますエアグルーヴは頭を抱えている。
今もエアグルーヴが聞き流しているだけで、ホオヅキは長々と話し込んでいる。
「ねぇ、トレーナー!とにかくボクは三冠だけじゃなくて他の大きなレースにも勝つ!それでいい?」
「……はい、それでいいです……勝てば結果が付いてきます……」
「わかった!よーし、次も勝つぞー!」
ホオヅキの長話を切って自分の聞きたいことを端的に聞き出して続く長話をうまくシャットアウトするトウカイテイオーに、エアグルーヴは少し感心してしまう。
もしかして、自分が話を真面目に聞き過ぎなのだろうか?
しかし、自分がやるならともかく、他の者に「長話になりそうなら無理矢理打ち切って逃げろ」と対策させるのはどうなのだろうか?
このあとも結局、ライブまで事あるごとに漏れ出すホオヅキの長話を耳半分に聞き流しながら、エアグルーヴは考え込むことになった。
「マヤちゃん、どうしてトレーナーさんに……しがみついてたの?」
アイシングしている足以外はライブ衣装への着替えを終わらせてから、改めてサイレンススズカはマヤノトップガンに問い質した。
彼女の行動が単なる自分のワガママや甘えでやったことだとは、ちょっと考えにくくなっていた。
負けたことに泣いていただけなら、彼女の目許はもっとダメージのある状態になっていただろう。
そもそもだが、どちらかと言えば先に負けん気が出るタイプだったハズだ。
つまり、らしくない。
普段ならともかく、負けたレース直後のマヤノトップガンがこういうことをするとは、少し考えにくかった。
「トレーナーちゃんがね、寒そうだったから」
サイレンススズカから問い質されて、ちょっとだけ考えたマヤノトップガンから返ってきた答えは、予想外なものだった。
確かに外は陽が傾いてきて、ほんの少し冷たい風も吹いてくる頃だ。
しかし、ここは空調の効いた部屋の中。
大の大人が寒がるようなほど、気温は下がっていない。
それに、寒いからという理由だけでずっとマヤノトップガンを抱き締めるような人だろうか。
しかし、何か別の理由があることを誤魔化しているような態度でもない。
マヤノトップガンの言う「寒そうだった」は、きっと正解なんだと思う。
しかし、サイレンススズカには、その意味がわからない。
それはきっと、マヤノトップガン自身もだと思う。
寒そうだったから、という答えがわかっていても、その答えに至る理由への理解をマヤノトップガン自身も飛ばしてしまっているのだ。
だから、答えたマヤノトップガン自身も悩ましげな顔で頬に人差し指を当てて首をかしげたままなのだ。
「寒そう……コールド?……hmm……オーケー、スズカ。チョット出ていきマスネ」
「タイキ、どこに行くの?」
「こういう時はドントシンク、フィール!らしいデスヨ」
マヤノトップガンの頭を撫でてから控え室を出ていくタイキシャトルに、サイレンススズカが引き留めようと伸ばした手は届かず、ドアを開けたタイキシャトルは振り返った横顔と後ろ手に振って外へと行ってしまった。
あまりにも迷いなく、呆気なく、何処かに向かってしまったタイキシャトルに取り残されたサイレンススズカは、落ち込んでいるにしては目付きがしっかりしているけど元気な割には静かなマヤノトップガンと控え室の留守番をするしかない。
「……ねぇ、マヤちゃん。トレーナーさんが寒そう、ってどういうこと?」
「わかんない。でもね、大丈夫だったみたい」
「えっと……どうして、そう思うの?」
「トレーナーちゃんが次はダービー、って言ってたから。まだトレーナーちゃんはマヤを勝たせたいって思ってるのがわかったから」
マヤノトップガンは、既に次のレースに気持ちを切り替えていた。
たぶんそれは、フユミも同じなのだろう。
きっとあの時間は、次のレースへの気持ちを作るのに必要だったのだと思う。
だとしたら、フユミへの認識を少し改めないといけないかもしれない。
サイレンススズカは、机の上に置かれた彼の荷物の中に、いつも持ち歩いているタブレットがないことに気付いた。
彼がタブレットの画面を睨み付けている時は、何を考えているのか。
そのくらいは、サイレンススズカもわかっている。
フユミはまだ、マヤノトップガンを勝たせることを諦めたりしていない。
スペシャルウィークに付き添わせなくても、彼はここを去ったりなんかしない。
それに気付かず、彼を信じていなかった。
マヤノトップガンの言う通りならきっと、しばらくすればいつもの様子の彼が部屋に戻ってくるハズだ。
ガチャリとドアノブが回り、振り返ったサイレンススズカが見たのは、タブレットを手に持って部屋に入る、いつも通りの様子の彼だった。
「マヤの着替えは済んだな?ライブの時間はすぐだ」
部屋に入ってきたのはフユミとスペシャルウィークの2人。
つまり、1人足りない。
「あの、タイキとは会いませんでした?迎えに行ったと思うんですが……」
「え、いや……見掛けなかったが」
そのあと、迷子になるほどわかりにくいような作りの建物ではないのに、なかなか合流しなかったタイキシャトルが合流したのは、ライブ開始直前の観客席でのことだった。