逃がさないスズカと逃げるマヤと逃げられないトレーナー 作:エアジャガーる
「トレーナーさんがいらない?ドウシテ?」
「簡単なことだ。トロフィーに刻まれた担当の名前が僕になっていた理由は、彼女がそのあと新たなトレーナーを得ていないから。つまり、彼女は他のウマ娘達を担当のトレーナー不在の独学の状態で下して勝利をもぎ取ってきた。しかもシーズン外れの条件戦とかじゃない、他の有力なウマ娘がいくらでもいるだろうビッグタイトルで、彼女は勝ったんだ」
普通ならまず起こり得ないことだ。
重賞の中でもとりわけビッグタイトルなものとなれば、普通ならトレーナーが選りすぐって鍛え抜いただろう優駿を送り込むハズだ。
トレーナーも付かないようなウマ娘が、制度上の保証だけで出場をなんとか叶えたところで、ゲートを出て2ハロンもあれば勝負の場から置き去りになるだろう。
それを覆して、彼女は勝利した。
おそらくは前人未到、前代未聞、空前絶後、と言える成果だろう。
そして勝ち取ったトロフィーに、今や繋がりのない昔のトレーナーの名前を書くことで、彼女はトレーナーに頼らず勝ったことを明確に示したのだ。
トレーナーに鍛えられ自身の勝利に自信を持って出場しただろう他のウマ娘を全員まとめて下すことで、彼女は自身の蹄跡でメッセージを突き付けたのだ。
「あのトロフィーに僕の名前を刻んだのは……今の彼女は、誰の支えもなくここにいる、というアリバイ証明のためだろう。“トレーナーはいらない”。それが、彼女があのトロフィーに籠めたのだろうメッセージだ」
間違いなく快挙のハズの勝利が、国外ではまるで耳にも入らないほど小さい扱いになったのは、現地の者達が彼女のメッセージに気付き、口を閉ざし、封じ込めたのだろう。
ウマ娘とトレーナーの信頼関係を是とするレース関係者にとっては、認めがたい主張だろうし、それを前提としたモノも全て否定されるのだ。
まるでリバーシの黒白をまるごと引っくり返すような、常識の根幹を揺るがされただろう動揺は、察して余りある。
このメッセージを広めてはならない、そう思ったのだろう。
そして、その封じ込めは間違いなく成功した。
おそらく日本で彼女のメッセージに触れたのは、届けられた自分と、届けたミスタークラウンだけで収まっただろうと言えるほどには、小さく収まったハズだ。
「ノー!そんなコト、そんなコトありマセン!きっと、間違いデス!」
「もちろん、違うかもしれない。所詮は僕の感じたイメージでしかない。なんの確証もない」
そう、所詮はなんの証拠もない勝手な推察だ。
穿った目で見ていて、本当はなんの意味もないのかもしれない。
推察が甘くて、本当に込められた辛辣なメッセージに気付けていないのかもしれない。
どちらにせよ、瑕疵があるとしたら、それは自分の読解力のほうだ。
「ハッキリしているのは、どっちにしても今は答え合わせが出来ないことと、彼女の次の行き先だけだよ」
彼女の旅路がそこで終わることは、決してない。
むしろ、きっと、彼女の旅は始まったばかりなのだ。
彼女の目指す次なる巡礼地は、一握の砂に無数の砕けた夢の欠片が埋もれる砂原の決戦場。
奇しくもそのレースは、タイキシャトルのNHKマイルと同じ日に行われる。
「彼女の次のレースは、地上最も偉大な二分間……ケンタッキーダービーだ」
「今日の出走リスト見たか?スペシャルウィークって……」
「あぁ。最近、転入してきたって子だろ?トレセンに来てまだ日も浅い内から模擬レースに出てくるなんて、気が早いんじゃないか?」
「それなんだけど、どうやらさ……」
「……マジかよ。だったら尚更……」
時は少し遡り、その日の昼過ぎのこと。
定期的に開催される学園内の模擬レースには、生徒やトレーナーはもちろん、割と物好きな記者や出走予定のウマ娘の親類とかも来たりする。
それでも普段ならすぐ近くの東京レース場に比べたらまぁまぁ賑やか、という程度のギャラリーしか集まらないハズなのだが、この日はやたらと盛況だった。
「うぅん……」
騒がしいのが苦手なサイレンススズカにとっては、観客席側というのはどうにも居心地が悪い。
ましてや最近では外で走ってる最中に横から車に乗ったまま並走してインタビューしてこようとする記者までいたのだ。
普段でもそんな状態なのに、観客席にそれなりの人数がいるだろうメディア関係者に自身の存在がバレたらどうなるか。
簡単に想像出来てしまい、尚更逃げ出したくなる。
しかし、今日は同室の後輩であるスペシャルウィークの模擬レースで、スペシャルウィークからも「バッチリ走ってきますから見ててください!」と言われてしまったので、ここから逃げ出すわけにもいかない。
仕方なく、サイレンススズカは今日のラッキーアイテムを手に出来るだけ隅っこのほうに逃げながら観戦にちょうどいい場所を探していたところに、自分の知人の中でも指折りの騒がしい存在とバッタリしてしまった。
「おや!スズカさムギャッ!むっ!?むーっ!?」
サイレンススズカはウマッターで今日のラッキーアイテムと言われたバクダン柏餅を、ラッキーアイテムだと言った張本人の口にそのままぶちこんだ。
記者たちに気付かれて囲い込まれたらどうする、と思っていたところにちょうどよく口を塞ぐ手段があってよかった。
どうやらラッキーアイテムは当たりだったらしい。
「フクキタル、静かにして。記者さん達に見つかっちゃうと嫌だから……」
「むごっ、むっ、ん゛っ゛!」
「わわわわっ、大丈夫ですかー?」
サイレンススズカの言葉に頷きながらなんとか口に思いっきりぶちこまれたバクダン柏餅を飲み込もうとして喉に詰まらせかけたのか、悶絶するマチカネフクキタルの背中を垂れ目でションボリ前屈み猫背気味なウマ娘が慌てて擦っている。
どうやらサイレンススズカのラッキーアイテムは、マチカネフクキタルのアンラッキーアイテムだったらしい。
「げふっ!ふぅーっ……向こうから慌てた顔で走ってくるお姉ちゃんの姿がチラッと見えてしまいました……ヒドイですよ、スズカさん!ラッキーアイテムは大事にしてください!」
「ご、ごめんなさい」
詰まりかけたバクダン柏餅をどうにか飲み込んだマチカネフクキタルの怒りは、ラッキーアイテムの使い方に起因していた。
どうやら人に食わせてどうのこうのという使い方ではなかったらしい。
そっちに怒るんだ……とか、食べ物を大事にするってつまり早く食べることなのでは?とか、サイレンススズカにもいろいろ思うところがあるが、マチカネフクキタルの勢いの前には何も言えずに生返事のように謝ってしまった。
「しかし珍しいですね。スズカさんが一人で他人のレースを観に来るとは」
「今日は同室の子が初めて模擬レースに出るから応援に来たのだけど……観客席は騒がしくて……」
「むむむっ、では応援しやすいベストポジションを占いましょう!ほんにゃらふんにゃろー!ちちんぷいぷいキェーイッ!!!」
どこから出したのかわからない水晶玉を手に怪しい呪文をほんにゃかほんにゃかし始めたマチカネフクキタルと、その様子を覗き込んでいるオドオドしているウマ娘を尻目にサイレンススズカはコースを見る。
ゴール板から既に300mは離れてしまったし、なんなら最終コーナーの出口に程近い。
ここでは応援していると言うには、ゴール板から少し離れ過ぎだろう。
本当ならゴールの直前まで競り合って、勝っているところを観てほしいハズだ。
「おや?スズカさん、どうやらここがスズカさんのラッキースポットみたいですよ?」
「……ウソでしょ?」
当たってるんだか当たってないんだかよくわからないまま終わることが多いマチカネフクキタルの占いだが、さすがにその結果には耳を疑う。
騒々しい観客席から離れつつレースの山場を観られる所、なんて場所がそもそも限られているのに、ここがラッキースポットと言われても都合がよすぎる。
いや、都合よく考えるかわけのわからないことを考えるのがマチカネフクキタルの占いなので、きっと都合がいいのは当たり前なのだ。
「ところで同室の子というのはどちら様で?」
「次のレースに出るわ。3番の子よ」